7.図書室
部屋に戻り、自分宛の手紙達をゆっくり読む。
まずは父であるドルトン侯爵。
手紙の大部分はシーラへの嘆きと叱責だ。第一王子の婚約者として居座れなかったシーラの手抜かりについて、くどくどと書かれている。
だが辺境伯の妻の座というのも、それはそれでおいしいとは思っているようで、今回についてはきちんと抜かりなくやるようにと締め括られていた。
父への返事については、さらさらと簡潔に書いた。
ご心配なくお父様。万事問題ないです。
出来た。
続いての2通。兄ユイランとサニーからだ。父からの手紙にはドルトン家の封緘が使われていたが、こちらの2通には使われていない。サッハルトでのシーラの立場が不明なので気を遣ってくれているのだと分かる。
ユイランもサニーもシーラの身を案じている内容だった。
シーラはサニーにはあるがままの状況と、それに満足している事について書き、兄には使用人として遇されている部分は伏せて、歓迎はされていないが不幸ではない、割りと幸せだという旨の手紙をしたためた。
ふう、手紙を書き終えてペンを置く。
気がつけばもうお昼だ。
シーラは慌てて食堂へお昼を食べに行った。
昼食を食べながら、昼からは何をしようかと考える。
何しようかと考える
良い響きだ。
ふふふ、私のまっさらな半日。何しようかしら。とりあえず、あと少しで読み終わってしまう推理ものを読んでしまおうかしら。
でも、あれ読んじゃうと読む本が無くなっちゃうのよね。
困ったわ。
こんな風に時間があるなら、勉強してもいいわね。趣味としての勉強。
でも勉強するのには教本が要るわね。
教本や専門書となると、通常の本より更に値が張る。メイドのお給金で買うのは難しいだろう。
夢は膨らむが、お金がない。
世知辛い使用人ライフ。
でも、こういうのもいい。国の凄い桁の予算について考えるよりずっといい。
まずは、お給金を貰ってから町を見に行ってみよう。
いろいろ視野が広がるかも。
夢と希望も広がるかも。
ふふふ、とシーラは微笑む。
とりあえず今日のお昼からは、推理小説を読んで、リリーに読み書きを教える準備でもしよう。
そう決めると上機嫌で昼食を食べ終えた。
昼食を食べ終えて自室に戻る途中、私服姿のナターシャとすれ違った。
「こんにちは」
「こんにちは、ナターシャさん」
挨拶をして、シーラはナターシャが抱えている数冊の本に気付く。
思わずじっと見てしまう。
「本に興味がおありですか?」
ナターシャがシーラの視線に気付いて聞いてくれた。
「ごめんなさい。読んだことないものなら読んでみたいな、と思ったんです。お休みの日って本を読む事くらいしか思い付かなくて」
「これは図書室の本を返しに行く所なんです」
「図書室?まあ、図書室があるんですね!」
何て事だ、すっかり失念していた。
ここは辺境伯の城なのだ。もちろん図書室はあるはずだ。
「手入れはされてませんけどね。行ってみますか?」
「はい。ご一緒させてください」
シーラは嬉々としてナターシャに付いて行った。向かった先が騎士団の設備が多い東棟なのには閉口したが、仕方ない。
大丈夫、1日に2度もディランに会ったりなんかしないだろう。
ナターシャが連れて行ってくれたのは東棟の1階にある図書室だった。サンルーム付きの広々として居心地が良さそうな場所だ。
全体的に雑然としていて、少々埃っぽい所を除けば。
本棚にはもちろん沢山の本。床や閲覧用のテーブルにも本が積んである。
「あまり機能してませんが、本を持ち出す場合はこの貸し出し簿に書いて持ち出せます」
ナターシャが誰もいない受付の机のファイルを示して言う。
「使う方が少ないのですね」
「メイドの方達は字が読めない方がほとんどですし。騎士の方も読まれる方は少ないですね。先々代の辺境伯様は本がお好きで、いろいろ集められたようですが、整理するのは苦手だったようです。ディラン様の母上、大奥様がこちらに居た時はもう少し綺麗にはしていたようですけどね」
「大奥様は今どちらに?」
「2年前に体調を崩されて、大旦那様と一緒に南の別荘に移られていると聞きました。その時にディラン様が辺境伯を継がれたようですね。それ以降は掃除も年に数回だけなので、このような状態です」
「そうだったんですね。勿体ないですね」
王宮の活気溢れる図書館を思い出す。司書達が立ち働き、資料を探す文官達。閲覧机で読み物をしている高位の侍女達。
「古くからある本は系統だてて並べられています。新しいものは平積みの中から探し出す感じですね。鍵は騎士団の朝の訓練と同時に開けられて、午後の訓練後に閉められます」
「ありがとうございます。案内していただいて助かりました。手持ちの本を読み終えてしまう所だったので」
「いえ、ついででしたし。ではごゆっくり」
ナターシャはそう言うと持ってきた本を戻し、平積みの本を検分しだした。
シーラは埃っぽい図書室をぐるりと回ってみた。本棚は空いている棚も多い。
望んでいた訳ではなかったが、8才からシーラは書物に囲まれて育ったので、こういう場所は落ち着く。
本の匂いがする。
すうーーっと鼻から息を吸う。
一巡りした後、シーラはサッハルト領の地理や歴史に関する本を借りて図書室を後にした。