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6話 お休みと提案

***


翌日、朝いつものように薄暗い内から厨房でお湯を沸かしているとやって来たメグに変な顔をされた。


「何やってんだい?休みだろ?」


「えっ?」

やすみ?

ヤスミ?

や・す・み?


「確かあんたは休みだろう?」


「やすみ、とは、お休み、という事ですか?」


「そうだよ、何を、、、、、あっ、そうか、あんたは初日に寝ちまったからシフト渡してないね。そうだった、ついて来な」

メグはそう言うと厨房を出て歩き出した。

シーラは混乱する頭で後を追う。


お休み?

お休みって、あのお休み?

休日とか非番とかのあれよね?


お休みあるの?

しかも今日なの?

浮わついて足元がフワフワしてしまう。


この5年間、シーラに“お休み”はなかった。例え熱があっても仕事が溜まるくらいなら、と無理して公務をこなしたし、妃教育も普通に行われた。

文官や近衛騎士達が「明日は非番なんです」と言うのを、ぎりぎりと奥歯を噛んで心底羨ましいと思っていたのだ。顔には出さなかったけど。


そんな私についに休みが?

頬がゆるむ。


いけないわ。

そこでシーラは一度気を引き締める。


まだ私の思っているお休みかは分からないわ。

期待しすぎてはダメよ。


お休みっぽい何か、かもしれないわ。

とにかく、落ち着いて。


シーラはきゅっと唇を結ぶと、真面目にメグの後を追った。



メグは厨房を出るとそのまま2階への階段を上がった。シーラは少し警戒する。この階には領主の執務室があるのだ、ここへ来た初日にそこへ案内されたので知っている。

ディランとはもう絶対に顔を合わせたくなかった。


サッハルト城は城壁に囲まれていて、内部は大きくは3つに分かれている。真ん中の中央棟とそれを挟むようにある西棟と東棟だ。


シーラの暮らす使用人達の部屋があるのは西棟で、洗濯場や普段の水場も西棟にある。

厨房と使用人用の食堂は中央棟の1階にあり、この中央棟の2階に領主の執務室が、3階には領主の私室がある。


厨房での下準備や洗濯場では、まずディランに会うことはない。そんな所にまで領主様は来ない。


掃除の時はシーラはいつも不人気の水回りや外回りを希望して、中央棟の2階や3階、騎士団の寮などがあるらしい東棟には近付かないようにしてディランを避けているので、普段の生活では会うことはないのだ。



「あの、メグさん、どちらへ向かっていますか?」

階段を上がりながら不安げにシーラは聞いた。


「ああ、どこって私の部屋だよ。いちおう執務室をいただいているんだ」

メグがそう言ってシーラはほっとした。


階段を昇りきると廊下を少し進んで目的の部屋に着き、メグは扉を開けた。


「入んなよ、散らかってるけどね」


メグはシーラを招き入れると扉を閉めて、部屋の中央にある机の上に積んである書類の山をごそごそし出した。


部屋には中央の机の他にももう1つ執務机が置いてあって、こちらにも書類が積んである。


お仕事、溜まってるようだわ、、、。

雑然と積んである書類を見てシーラは山とあった公務を思い出す。


「あった、あった。良かった。あんたの今月のシフトだよ」

メグが嬉しそうに言って、シーラにぴらりと1ヶ月分のスケジュールを渡してくれる。


「週に1回、休みを入れるように調整してんだよ。普通はあんまり連休にならないようにしてるけど、希望があればまとめる事も出来るし、長期の休暇が必要な場合は別で考慮するから言いな。ほら、この赤丸が休みの日だよ、今日、休みだろ」



「、、、、、はい」

シーラは信じられない思いでスケジュールを見つめた。


赤丸がまばらに入っている。

お休み、非番の日、公的に大っぴらに丸1日自由に過ごせる日。

それが予め組まれている。


紙を持つ手が震える。

本当にお休みだったわ。


肌が粟だつ。


休みだー!!

心の中で叫ぶ。


お休みがあるー!!

1日中、自由!!

24時間全部自由!!


身体中の全シーラが唱和する。

や・す・み!!

や・す・み!!



「シーラ?」

「はい!ありがとうございます!」

「あ、ああ、とにかくあんたは今日休みだよ。食事は食堂でも摂れるし、外出してもいいよ」

「はい!」

そういえばいつも食事の時にぱらぱら私服のメイドが居たな、と思い出す。あれはお休みの日の人達だったのだ。


「分かったら着替えておいで、制服でうろうろしてたら仕事をもらってしまうからね」


「はい。あの、メグさん」

「なんだい?」

「お仕事、溜まってるんですか?」

ちらりと2つの机の上の書類の山を見る。


「ああー、私は書類仕事苦手なんだよねえ、特に数字はね」


「お手伝いしましょうか?」

自然な提案だった。

メグには最初から本当に良くしてもらっているし、書類の山の高さは経験上3時間くらいで捌けそうだ。

以前こなしていた公務の業務量に比べたら全然少ない。


「書類仕事は得意ですし、数字も強いです」


メグの顔が一瞬嬉しそうに輝く。

しかしすぐに、いつものきつい目付きに戻ると、きっぱり言われた。


「何言ってんだい、新人の半人前のくせに。そういう事は、洗濯の時にちゃんと腰が入って一人前になってから言いな」


「あ、ごめんなさい」


「申し入れは嬉しいけどね。あんたはまだ遅番もやってないだろう。体だってひょろひょろのままだし、そんなんで他人の仕事を手伝うなんて生意気だよ。しっかり食って肉付けて、まずはここに慣れるんだよ。気持ちだけもらっとくからね」


いつものきつい口調の中に、シーラへの愛が感じられる。

やっぱり大自然に抱かれている人々は違う。


「分かりました。早くメグさんに認められて、お手伝い出来るように頑張ります」

そう言うと、メグはぐっと黙った。

ちょっと目が潤んでいる。


「そういう、ぐっとくる事を、さらっと言うんじゃないよ!もう行きな!」

顔を赤くして、手でしっしっと追い払われる。

シーラはくすくす笑いながらメグの部屋を出た。




そうして部屋を出ると、ばったりとディランとジェラートに出くわした。


げっ、

ゼッタイアイタクナイヒト。


シーラはすぐに笑顔を引っ込めると、さっと冷気をまとって(特技だ)無言で簡単なお辞儀をして2人の事は見ずに自室へと戻った。


すぐにディランと出会ってしまった事を記憶から消す。

せっかくの休みなのだ、朝から嫌な思い出に浸りたくない。なかった事にした。




という事で本日はシーラの休日である。

綿の浅葱色のワンピースに着替えて朝食を食べに行く。


「シーラさん、お休みなの?」

隣に座ったリリーが聞いてきた。

「そうなんです」

答える顔がちょっとほころぶ。

うふふふふ、そうなんですー。


「ここに来て初じゃない。何するのか決めてるの?」

「そうですね。まずは手紙の返事を書こうかと思っています」

サッハルトにやって来たシーラを追うように、父であるドルトン侯爵と、兄のユイランと侍女サニーから手紙が届いていた。まだゆっくりと読めてもいないのだ。読んで返事を書かなくては。


「手紙?そっか、そうよね。もちろん読み書きが出来るのよね」

「?はい」

リリーの羨望の眼差しにシーラはきょとんとする。


妃教育で詰め込まれたので、何なら数ヵ国語操れる。元婚約者のライオネルは語学が苦手だったので、他国の賓客や外交官の相手をした事も、お礼状を書いた事もある。


「私も読み書き出来たらなあ、、、」

リリーがぽつりとそう言って、シーラは、あ、と思う。


そうか、メイドってほとんど平民の子達だから字が読めないんだわ。


自慢みたいになったかしら?


リリーを見てみるが、リリーはただ羨ましそうにこちらを見ている。


「お教えしましょうか?」

そろりと聞いてみると、リリーがびくっとした。

「えっ、いいよいいよ。そんなつもりじゃなかったの」

断っているけれど、後ろ髪を引かれているのがよく分かる。

学びたいようだ。


「お世話になってますし、早番の仕事終わりに少しだけとかどうですか?」


「、、、、でも」

「飴ももらってるし、その分です」

「、、、、いいの?」

「はい。今度、早番が重なった時に始めましょう」

「ありがとう、シーラさん、すごく嬉しい」

リリーの顔がぱあっと輝く。何か読み書きを習いたい理由があるようだ。

リリーの笑顔にシーラも嬉しくなる。教える事を提案してみて良かったと思う。


シーラはリリーとスケジュールを付き合わせて、読み書きのレッスンの日取りを決めてから食堂を後にした。




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