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5話 子犬と訳あり


その日の仕事終わり、洗濯物がはためく城の南西の平地でシーラがぼんやり芝生に座り洗濯物を見ていると、もう1人のシーラに話しかけてくる騎士、子犬のハンスがやって来た。


あ、子犬。

シーラがハンスを見つけて目が合う。


「シーラさーん、仕事終わり?」

目が合った子犬が嬉しそうに、パタパタと尻尾を振りながら走ってくる。


走って来てるのは、もちろん本物の子犬ではない。何なら耳も尻尾もない。19才の人間の男でハンスという。

メイド達から子犬と言われているハンスは、男爵家の三男坊、背丈だってまあまああるし、騎士なので体つきだってある程度がっしりしている。


子犬と言われるのは、ふわふわの栗色の髪と童顔とその甘えた態度のせいだ。


「ええ、今日は終わりです。ハンスさんは休憩ですか?」

「うん。何してたの?」

ハンスは聞きながら当然のようにシーラの隣に座る。

通常ならこんな事をされたら、さっさと立ち去る所であるが、全然気にならない。さすが子犬だ。


「そうですね。ちょっと芝生に座ってみてました」

「シーラさんて、見かけより面白いよね」


「ありがとうございます」

「いいえ」


そこでシーラは今こそ、「訳あり」について聞く時では、と思い付いた。


「ハンスさん。教えて欲しい事があるんですが」

「えっ、シーラさんが?なに?何でもどうぞ」


「゛訳あり゛って何ですか?」

「えっ」

「゛訳あり゛です」


「えっ、いや、それは、あれ?でもシーラさんて、、、」

「はい。私は自分が、訳ありだと思っています」

「だよね。良かったあ。でもじゃあ何で?」


「いえ、私の考えている、訳ありと、こちらの皆さんが言う、訳ありが同じなのか分からないので意見の擦り合わせをしておきたいんです」


「ああー、そっかあ、まあ、確かにふんわりしてるもんね」


「そうなんです。私は゛訳あり゛とは゛何らかの事情で、身元を伏せてこちらに身を寄せている多分貴族令嬢゛だと思ってるんですが、合ってますか?」

ずばり、と核心から突いてみる。

ハンスはぽかんとした後、困ったように笑った。


「そうだよー、自分で貴族令嬢って言っちゃダメだよー。みんな、そこは触れずにいるんだからさ」


「そういう方、多いんですか?」


「うーん。多いというか、うちは込み入ってる人が多いというか、ほら、貴族でも貧乏で働きに出る令嬢は普通にいるでしょ?」


「確かに、普通にいますね」

特に低位の貴族であればそういった話は多い。王宮のメイドやお針子の中にもそういう者達は居た。


「うん、だからそれくらいを、訳ありとは言わない。サッハルトは辺境で独自の軍隊もある。自治権もある。

だからここにしか来れない人っていうのが来るんだ。お家取り潰しになって他では雇ってもらえない、とか、夫や親から逃げて来た、とか。そういう人達を゛訳あり゛って言ってると思うよ」

ハンスはちらり、とシーラを見た。


「シーラさんは、逃げてきた、だよね」

「えっ?」

嫁いで来たのですが、、、。


「一週間前に花嫁衣装で来たのがシーラさんだよね?」

「どうしてそれを、、、」

「花嫁衣装は目立つよー、これからは花嫁のまま逃げるのは止めようね。ベールかぶってたけど銀髪なんてこの辺にはいないし、すごい噂だったよ。望まない結婚から逃げてきたんだ、って皆言ってるよ。そうなんでしょう?」


「あー、いや、あのう」

望んで結婚して、来たのだ。


「いいんだよ。何も言わなくて。質の悪い親戚とか借金取りとか、意地悪で最低で執着心の強い父親とか旦那とか継母とか婚約者とかに居場所がばれたらまずいもんね。ここに来る、訳ありって大体そういう感じだもん」


「はあ」

なるほど。

思ってた「訳あり」より程度が重かった。

こうなると確かに「腫れ物」でもあるだろう。


「そういう、訳ありの人達が時々来るんだ。みんな察して何も聞かないよ。ディラン様も優しいから、真面目に働くなら追い返したりせずに、領民の1人として扱ってくださるしね」


「そうなんですね」

優しい?

ディランが優しい、というのはシーラには腑に落ちないが、ここは一旦飲み込む事にする。


「だからシーラさんも何も言わなくていいんだよ」

ハンスが慈愛に満ちた微笑みをシーラに向けてきて、シーラは罪悪感を感じた。


「あの、私はそこまで深刻ではないんですよ。ちょっとたくさんの物事を押し付けられて、ちょっとした冤罪を着せられて嫌になっただけです」

何だか申し訳なくて、ふんわり説明してみる。


「シーラさん、、、、。

大丈夫だからね。誰が追ってきても僕達が追い返すからね」

シーラの説明にハンスがうるうるとこちらを見てくる。

何かが逆効果だったようだ。

言葉が曖昧だった分、勝手にいろいろ補完されてしまったらしい。悲劇的な方向に。


「えっ?追ってくる?」


「安心して。追ってくる輩は、サッハルトだと諦める場合が多いんだ。遠いし軍隊もあるから。

たまにここまで来るのもいるけど、ちゃんと追い返すよ。1年前くらい前も一悶着したんだ」


1年前の一悶着、、、、

って何かしら?


ハンスの言葉に、シーラは自然な興味が湧いた。


「ああ、ナターシャさんの、、、」

シーラはそう相槌を打ってみる。


これは完全にはったりだった。王宮で身につけた、情報を聞き出す技だ。こういうのは染み付いてしまっているな、と相槌を打ってからちょっと自嘲する。


「もう聞いてるんだ。そう、ナターシャさんのクソ旦那が乗り込んできた時だよ」

ハンスはあっさり引っ掛かる。


「大変だったんですよね」


「そうだよ、雇った傭兵まで連れて来てたんだよ。まあ、本気で愛する妻を連れ戻しに来たんだったら、もちろん僕達も引き留めたりとかはしないんだけどさ、」


「ナターシャさんは違います」


「うん。妻にあんな暴力振るうなんて、もはや男でもないよ」

ハンスの声が低い。その顔は本気で怒っていた。


「裁判したら確実に勝てるケースだって聞いた。城の医師も証言してくれるって言ってたしね」


「でも、そういう裁判は当事者にとっては苦痛です」

シーラは公務で多くの裁判資料にも目を通してきた。夫婦間での暴力の裁判は、証言する事自体が苦痛だし、長引く事が多い。


「うん。ナターシャさんも裁判はムリだって言って、だからディラン様が無理矢理収めたんだ」


「領主様が?」


「あれ?そこ聞いてないの?一番いいとこなんだけどな。ディラン様がナターシャさんは今や自分の愛人だから、ナターシャさんをかけて決闘しろってクソ旦那に迫ったんだよ。旦那は真っ青になって離縁の証書にサインもして帰ったよ」


「決闘もできないなんて、クソ旦那ですね」


「うん、最低な男だった。、、、、はあ、僕が決闘申し込めたらもっと良かったんだけどな」

ハンスがぽつりとつぶやく。

シーラはそこは聞かなかったふりをする。


「まあ、だから、例えシーラさんを追って最低な夫が来たとしても、ディラン様が追い払ってくれるから安心してね」

ハンスはシーラに優しく微笑む。


「あー、、、はい」

やって来た花嫁を初日に冷たく突き放して、嘲笑った最低な夫はディランその人なんだけどな。

シーラは曖昧に返事をした。


でも、ナターシャの件を聞く限り、ディランは良い領主なのかもしれない。

かもしれない、だけど。まだ認めないけど。


離縁が無事に終わり、このまま使用人として置いてくれ、とお願いしたら置いてくれるだろうか?


領主としては置いてくれる気がする。


今のところ、ここは居心地がいい。

出来ればここに居たいな、とシーラは思う。

真面目に働こう。働きぶりが真面目なら置いてくれるだろう。



「それにしてもシーラさんは、順応が早いよね。凄いなあ」

「そうですか?」

「うん、ナターシャさんは最初はずいぶん辛そうだったけど、シーラさんは何でもそつなくこなすね」

「こう見えて経験豊富なんです」


「凄い事だと思うよ。訳ありの人達の中には、数日で音をあげて出ていく人も多いもん。部屋に閉じ籠っちゃう人もいたよ。働くけど口利いてくれない人も居たなあ」


「人によっては耐え難い事なんでしょうね。私は図太いので」


「あはは、その儚い容姿で図太いは面白いなあ。シーラさんてお茶目だよね」

お茶目なんて初めて言われた。

お茶目?自分からは程遠い言葉のように感じるが、甘んじて受けとる。


「ありがとうございます」




「ハンス!いつまでさぼってる!」

そこへハンスを呼びに1人の騎士がやって来た。

灰色の短髪の騎士だ。


「うわっ、エラスタスさんだ」

ハンスが慌てて立ち上がる。

シーラもすっと立ち上がった。


エラスタスは2人に近付くと、好色そうな目付きでシーラを見た。


嫌な感じの視線だ。

シーラが殊更冷たく見返してやると、エラスタスは慌てて目を逸らしハンスを睨んだ。


「休憩終わるぞ!来い!」

「はい!」

ハンスは、ごめんねー、とジェスチャーをしてエラスタスに付いて行った。



「訳あり」について正確に知れて、シーラは満足だった。


望まない結婚から逃げてきた花嫁、は大分自分の立場とは違うがしょうがない。花嫁は合ってるから半分合ってる。


妃教育と公務から逃げてきた花嫁。

ふむ、これだわ。

シーラは満足して自室に戻り、今日も存分に自由時間を過ごした。




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