48.蜂蜜酒とチョコレート
「どうぞ」
かちゃり、とディランの私室の扉が開けられる。
ディランの部屋はゆったりと広く、落ち着いた雰囲気で大きな暖炉が明々と燃えていた。シーラの部屋や廊下とは違って、断然暖かい。
「あったかい、、」
暖かさに、シーラはふらふらと足を踏み入れた。冷えきった体には嬉しい。
そのまま暖炉に近付こうとして、部屋の奥の机に書類が広がっているのに気付く。
「こんな日まで、お仕事されてたんですか?」
「暇だったから少しだけ」
「言っていただければ、手伝ったのに」
「いや、本当に暇だったんだ。去年は必要に駆られてやっていたが、今年はシーラとナターシャのお陰で仕事も減っている。ケインも来たし、来年はもっと楽になる筈だ。礼を言いたかったんだ、ありがとう」
「いえ、とんでもないです。ケインさんはどうですか?」
そこで、少しケインの話になる。
ケインは、サッハルトの寒さには弱っているようだが、それ以外は全く問題なく馴染めそうだとディランは言い、シーラはほっとした。
「ところで、あなたはなぜ、そんな薄いガウンなんだ?」
ケインの話の後でディランが聞く。
「実家ではこれで十分だったので。寝巻きとガウンまで考えつかなくて、今年は買ってないんですよ。来年の冬にはもっと分厚い物を買います」
「とりあえず、俺のを羽織っていろ」
シーラが断る暇もなく、ディランは自分のガウンを脱ぐとふわり、とシーラに掛けた。
掛けられたガウンは、ウールの分厚いもので、シーラの綿より断然役に立ちそうだ。もう掛けられてしまったし、肩に掛かってるだけで暖かいし、シーラは断らずに着る事にする。
袖を通してみると、ぶかぶかだった。
ガウンの襟元をぎゅっと重ねて体を包み込む。ディランの体温が残っていて暖かい。
「ありがとうございます。ディラン様は寒くないですか?」
「俺は寒さに慣れてるし、平気だ」
「でも、顔が赤いですよ」
「これは、別件だ」
ディランは片手で顔を覆って、シーラから目を逸らした。そしてぶつぶつ言う。
「俺の部屋で、俺の服着てるとか、、破壊力がすごいな」
「はかい?何ですか?ぶつぶつ言われても聞こえないんですが」
「いいんだ、暖炉の側で座っていろ。完全に温まってから部屋に戻るようにしろ」
「はい、ありがとうございます」
シーラは暖炉の側の、一人掛け用のソファに腰を下ろした。
ディランは部屋の戸棚をごそごそしていたが、やがて、小さなガラスのコップに黄金色の液体を注いでシーラに差し出す。
「酒は平気か?」
「どうでしょう、ワインなら味見程度で飲んだ事はあります」
「強くはなさそうだな。蜂蜜酒だ、体が中から温まるから少しずつ飲んでみろ」
「へえ、ありがとうございます」
「少しずつにしろよ、まあまあ強いからな」
「はーい」
おやつ時は、ラム酒入りのコーヒーだったし、何かとお酒を飲んでいる1日だな、と思いながらシーラはちびちびと蜂蜜酒を飲んだ。
ディランもシーラの向かいのソファに腰を下ろす。
蜂蜜酒と言う名前と見た目からだと、甘そうなのに、甘くはない。
「甘くはないんですね、蜂蜜なのに」
「甘いのが好きなのか?チョコレートならあるが、いるか?、、、いるんだな」
“チョコレート”に反応して、ぱっと顔を上げたシーラにディランが微笑む。優しい笑顔だ。
その笑顔にちょっときゅんとしていると、ソファの横の小さな丸テーブルにチョコレートも置かれた。
さっそく、一欠片いただく。
甘い。
蜂蜜酒の程よい酔いで、体もポカポカしてきた。口の中の甘さがじんわりと眠気を誘う。
シーラはチョコレートを口の中でゆっくり溶かして味わい、蜂蜜酒をまたちびりと飲んだ。
「至れり尽くせりですね」
「俺は、あなたに、愛の告白をしたと思うんだが?好きな相手にはこうなるだろう」
ぼぼっと再び赤くなるシーラだ。
無言でチョコをもう一欠片食べて、蜂蜜酒も飲む。
「、、、、、」
何と返すのがいいのか全然分からなくて、シーラはもう一回、チョコと蜂蜜酒のセットを繰り返した。
「これだけ、聞いておきたいんだが、俺の告白は迷惑だっただろうか?」
無言のシーラにディランが、硬い声で聞いてきた。
声の硬さにシーラが驚いてディランを見ると、ディランは強張った顔をしていた。
不安そうな顔。
シーラは、この男の顔を自分の言葉1つで喜びにも、悲しみにも簡単に変えられるのだと思った。
「嬉しかったです」
意地悪をする気はなかった。
シーラはとにかく早く、ディランの不安を取り除いてあげたくて、早口にそう答える。
「え?」
「ですから、嬉しかったんです」
言いながら、恥ずかしくなってきて、シーラはくいっ、くいっと蜂蜜酒を飲む。
喉が熱い。
「本当か?」
「えーと、、、はい」
ディランがとても嬉しそうで、シーラはどんどん恥ずかしくなる。
くいっ、くいっと蜂蜜酒が進む。
「良かった、困らせているかと思ってたんだ」
「大丈夫です」
「その、なぜ、嬉しく思ってるんだ?」
「なぜ?えーと、ディラン様は、頼れる良い方ですし、尊敬も出来ます。そういう方からの好意は通常、嬉しいかと、、、」
ここでシーラは、蜂蜜酒の酔いと、先ほど頭に血が昇った反動で、急激に眠くなってきた。
「キスした事、怒ってないのか?」
「キス、、、?怒ってはないです」
キス?何の事かしら?
朦朧としてきた頭でそう考えてから、ああ、あの馬車のキスだと思い当たる。
「それは、つまり、俺の事を嫌いではない、という事でいいか?」
「うーん、はい、きらいではないれす」
シーラの呂律が少し怪しくなる。
「少しは、好き、、、だろうか?」
「すこしは」
シーラは、自分がディランの言葉を反芻しただけなのか、質問に答えたのか分からなくなってきた。
「なら、、、、春には、式も挙げるから、良ければ、もし良ければ、式を挙げたタイミングで、俺と本当の夫婦になってくれないか?俺と本当の意味で結婚してほしい」
ディランのその言葉はぼんやりと遠くから聞こえてきた。
シーラは半分目を閉じながら、でもきっぱりと答えた。
「かまいません」
「えっ?いいのか!?、、、、シーラ?、、、、さか、、、たのか?」
シーラはそこで意識を手放した。
まさか、寝たのか?
ええ、寝ました。




