43.告白と可哀想なジェラート
王都からサッハルトに戻ってきて1週間が経った。
ええ、戻ってきて、1週間、経っている。
シーラ達は、国王と王妃との面会の日は王都に泊まり、その後10日かけてこちらに戻ってきたので、、、、馬車でのキスからは18日も経った。
サッハルトに戻って3日後には今年の初雪が降り、しっかりと雪に閉ざされたサッハルト領内で、シーラは今日もどんよりと働いている。
もう一度言おう、馬車でのキスからは、18日経った。
シーラはちゃんと、18日も経っている事を把握している。毎日きちきち数えているのだ。
キスをされて、シーラはとても混乱した。
何が何だか、分からなかった。これは怒るべき事のような気はしたが、怒っていいのか分からなかったし、そもそもシーラは怒ってはいなくて、そこからして、もう混乱の極みだった。
キスの後のディランはというと、無言で体を離して、その後もずっと無言。
2人は宿へ戻り、ばらばらの部屋で休み、翌日、ばらばらの馬車で帰路に就いた。
帰り道もずーっとばらばら。
そして、18日経った。
18日間、あのキスは放置である。
サッハルトに戻ってからのシーラは完全にディランを避けているせいでもある。
帰還後の2日間の休みは自室から出ないで過ごし、その後は、留守の間に溜まっていた書類仕事をする、という名目でほぼずっとメグの執務室に居た。
だから、まあ、仕方がないといえば仕方ない。
え?そうかしら?
本当に仕方ないかしら?
と、シーラは自問自答する。
ノーだ。
仕方なくなくない。
キスしといて、避けられてるからと放置?
あり得なくない?
私、ずっと悩んでるのに?
そう、都で宿にいる間からずっと、シーラは悶々と悩んでる。
あの、キス、なんだった?
と。
そう、あの、キス、だ。
あの、馬車での、キス。
あのキスは何だったんでしょうね、あの後、説明も詫びも何も無かったですよね。
何だったんですかね。
何度も反芻している問いかけを、今日も空に投げ掛ける。
よく分からないけど、詫びくらいあっても良いのでは?
空に問いかけてから、シーラは思う。
強引ではなかったけれど、一方的だったと思うのよ。
え?待って、あれ、私、ファ、ファーストキス、では?
ファーストキス奪っておいて、詫びもなし?
ファーストキス奪って、、、、
かあっと顔が熱くなる。
柔らかい唇の感触を思い出す。優しいキスだった。
国王と王妃の前でシーラの手を上から握り返してくれた、大きな手の感触も思い出す。
思わず、自分の手を見るシーラ。
大きな手だったな。
その手が、シーラを閉じ込めるように顔の横に付かれて、髪に触れて、、、キスされた。
「~~~」
いやだから、あのキス、なに!?
私の夢とかじゃないわよね?
何で、あれから何も言わないの?
どうしてキスなんてしたの?
してきたの、そっちよね?
避けてるけどね、避けてるけどさ。
18日もあったのよ?何か出来たでしょうよ。
なにか、説明は、あるべきじゃない?
「せめて接触はあるべきでしょうよ!」
「都で何かあったかい?」
思わず声を上げたシーラに、少しびびりながらメグが声をかけた。
「いえ、すみません。大丈夫です」
シーラはきっと顔を上げた。
こうなったら、私から行こう。正面から聞いてやろう。
うじうじうじうじ、悩んでいてもしょうがない。
あのキス、何だったんですかね?
聞いてやろうじゃないの。
大体、春には妻として迎えたい、という話の方もちゃんと詰めないといけないと思っていたのに、キスのせいで全く話せていないのだ。
どこまで本当の夫婦っぽくするのか、を相談しなくてはいけないのに。
人前でどれくらい仲良くするのか、とか、し、寝室どうするの、とか、いろいろ決めておく事はあるはずなのだ。
それに、もう1つ、シーラはディランに伝えておかなくてはいけない事もあったのに、伝えてられていない。
あの、馬車でのキスのせいだ。
とにかく、このモヤモヤを解決しなくては。
「メグさん、本日のディラン様のお茶は、私が淹れます!」
シーラは力強い口調で宣言する。メグは「あ、ああ、じゃあ、お願いしようかね」と言ってくれた。
午後、シーラは粗い手振りで紅茶を用意すると、ディランの執務室へと向かった。
***
すーっ、はーっ、深呼吸をしてから、ノックをしてディランの執務室へと入る。
シーラが部屋に入ると、ディランは明らかに動揺した。
バサバサと書類が飛び散る。
動揺するなら、あのキスの説明をしろ。
じとっとディランを睨むシーラ。
ワゴンを中まで入れて、シーラはディランに向き合うと、お茶の用意は後にする事にして、単刀直入に聞いた。
後回しにしては決心が鈍る。
気もそぞろで紅茶を淹れては、紅茶が渋くなる。
先手必勝だ。
「ディラン様、どうしてキス、したんですか?」
散乱した書類を集めていたディランが固まる。
そして、あろうことか、こう聞いてきた。
「、、、なぜ、拒まなかった?」
それはまるで、拒まなかったシーラが悪い、みたいな言い方だった。
「、、、、、」
シーラは頭をはたかれたようなショックを受ける。
ポロリ、と涙が零れた。
「、、、、えっ」
涙を流したシーラにディランは慌てて、すぐにオロオロとシーラの前まで来た。
「シーラ?」
「揶揄かったんですか?」
シーラは涙を流しながらディランを睨んだ。
18日間も、人を悶々とさせておいて、「なぜ、拒まなかった?」は無いだろう。
乙女の唇を奪っておいて、それは、ない。
揶揄かわれたのだ、と思った。
こんなに、思い悩んでいたのに、馬鹿みたいだ。1人で、馬鹿みたいじゃない。
「揶揄かったんですね?」
ポロポロと勝手に涙が出てくる。
ディランは、それを拭おうとしてぐっと止まると、シーラの手をそっと取った。
シーラはその手を払おうとするが、ぎゅっと掴まれる。
「離して、」
「離さない。シーラ、揶揄ってキスはしない。そもそも冗談で、嫁に来るか、とか、子供を生まないか、とは聞かない。シーラ、俺はあなたが好きなんだ」
掠れた声でディランは言った。
「、、、え?」
私を?
ディラン様が?
涙が引っ込む。
「念のために言うが、愛してる、の好きだからな」
「、、、、なぜ?」
「あなたは可愛い」
「かわ?、、、、嘘」
「嘘じゃない」
「私はずっとディラン様に冷たかったんですよ、被虐趣味がおありですか?」
「そんなものはない。この執務室から、リネンを干す空地が見えるし、声が聞こえるんだ。そこでよく歌っていただろう?」
ディランの指摘にシーラは赤くなる。
「その姿が可愛かった。くるくる歌っていて」
ますます真っ赤になるシーラ。
「好きになったのに、最初の俺の愚かな振る舞いのせいで、あなたにずっと冷たくされて辛かった」
「えぇぇ、、」
「好きなんだ、シーラ」
シーラはどうしていいか分からなくなった。
途方に暮れて、ディランを見上げる。
「、、、その、俺の自惚れかもしれないが、揶揄われたと思って、泣いたという事は、つまり、」
ディランが、狂おしい顔でそのように言葉を紡いでいる時だった。
コンコン!とノックがして、がちゃりと扉が開く。
「失礼しま、、、、」
部屋に入ってきたのはジェラートだった。シーラとディランの2人を見て固まる。
ジェラートは、しっかりと、頬を涙で濡らしたシーラを見て、その手をディランが握って何やら真剣な顔で迫っており、部屋の空気がただならぬ様子なのを確認した。
「、、、、お取り込み中でしたね」
ぽつり、とそう言うと、入ってきた姿勢のまま後退して、パタン、、、と扉を閉めた。
「いえ!ジェラートさん!待って!待って下さい!」
シーラはディランの手を力いっぱい振りほどくと、涙を拭きながらジェラートを追いかける。
「待って、大丈夫です!何ですかっ!何かご用ですよね!」
閉められた扉を開けて、ジェラートの腕を必死に掴むシーラ。
ちょっと、今のシーラにディランの告白はキャパオーバーだった。
あのまま、ディランと2人きりでは頭が爆発する。一旦落ち着く必要がある。しっかりと落ち着く必要が。
「ええっ、いや、でも無理なさらないで下さい!」
腕を掴んで引き留められて、ジェラートが慌てる。
「いえ、ほんとに、だいじょーぶです!」
「いやいやいや、私、とても間が悪かったですよね、流してください、続けてください」
「続けるって何ですか、続けません」
「シーラさん、しかし、さすがに、、、」
ちょっと泣きそうなジェラートの元に、ディランもやって来た。
「ジェラート、大丈夫だ。用件は何だ?」
「ええー、、、」
途方に暮れまくる、可哀想なジェラート。
「いいから、、、いいんだ。何だ?」
「あー、シーラさん宛でお客様がお二人、見えられています」
ジェラートは観念して、そう告げた。
お読みいただきありがとうございます!
ブクマに評価、いいね、感想、とても嬉しいです。
展開が焦れ焦れですみません。そろそろ大詰めですので、もう少しお付き合いください。




