40.噂の払拭
馬車で10日かけて、シーラとディランは王都に着いた。
取っていた宿で一息付くと、身支度をして早速王宮へと向かう。サッハルトを出る時に、早馬でこちらに付くおおよその日時は伝えてあるので、今日中に陛下にお目通り出来る筈だ。
何せ、雪で道が塞がる前にサッハルトに帰らなくてはいけないのだ、時間がない。
本来なら、兄のユイランにも会いたいし、サニーにも会い、幾つかの夜会やお茶会に顔を出して都の社交界の噂くらいは仕入れておきたいが、仕方ない。
陛下にだけ会って、本日は宿に泊まって、明日には帰る。強行軍なのだ。
さて、、、、しっかりしなくては。
久しぶりにドレスに身を包み、ヒールを履き、シーラは、ここ最近ずっとオフだった令嬢モードをオンにする。
今日、対峙するのは狸親父の国王なのだ。
油断してはならない。
もしかしたら、粘着質の宰相も一緒かもしれない。
ただのお詫びかもしれないが、何か企みがある可能性の方が高い。馬車旅で疲れている場合ではない。
ふう、と息を吐いていると、すっと手を差し出された。
「俺も居るんだが」
仏頂面のディランが居た。
「、、、、あ」
完全にその存在を忘れていたシーラは、しまったという顔になる。
「忘れるなんて、ひどくないか。エスコートくらいなら出来る、何かあれば頼れ」
「はい」
シーラはそっと手を重ねる、少し気分が軽くなった。
王宮の入り口では、近衛騎士と文官達が並んで出迎えてくれた。
「お久しぶりです。シェラサール様」
馴染みの文官が、本当に懐かしそうに挨拶してくれる。
心なしか、彼は前より窶れているように見えた。
仕事、、、回ってないのかしら?
シーラがこなしていた公務は、ライオネルとその新しい婚約者へと引き継がれているはずだ。
ライオネルはアホではないが、、、、
そう、アホではないが、、、、
うーん、回ってないかもね。
そのように納得してしまうシーラだ。
あの、うるうる瞳の婚約者も、バリバリ仕事が出来るって感じはしなかったし、、、いや、でも王妃みたいに見た目は花畑だけど意外に出来る子かもしれないし、、、、
あら?
そこでシーラは、文官や近衛騎士の中に、ディランを睨んでいる者が居るのに気付いた。その後ろの侍女達の視線も冷たい。
うん?なぜアウェー?
国防を担うサッハルト領主よね?
この冷たい雰囲気は何かしら?
、、、あ!
シーラは王都でのサッハルト辺境伯の噂が、散々だったらしい事を思い出す。
粗野で野蛮で女好き。
確か、そんな噂のはずだ。
そして、ここに居るのは、シーラと一緒に公務の苦楽を共にした文官達と、シーラと一緒に時々ライオネルの無茶に振り回された近衛騎士達に侍女達だ。シーラには好意的だった人達なのだ。
どうやら彼らは、ディランの噂だけを聞いていて、シーラの身を案じてくれているようだ。
きっとそうだわ、何だか私には、労るような視線だもの、、、、。
これは、、この誤解は出来るだけ解いておかなくては。
サッハルトのイメージが悪いのは良くない事だし、離縁後のディランへの嫁の話も無くなってしまう。
シーラの使命感に火が付く。
シーラは、すっとディランに体を寄せて、周囲に聞こえるくらいの声の大きさで囁いた。
「りょ、、ディラン様、陛下のお目通りの為に、わざわざ、こちらのドレスを用意してくださって、本当にありがとうございます」
夫を領主様と呼ぶなんて、それこそ、ディランがそう呼ばせている、みたいな憶測をされるので、ちゃんと名前で呼んだ。
「なっ、えっ?、、、なまえ、、、」
いきなりシーラから名前で呼ばれたディランが一気に狼狽えるが、構わずに続ける。
「いつも、手ずから摘んで来てくれるお花も嬉しいですが、こういったドレスもやはり嬉しいものですね」
にっこり、とシーラはディランを見上げた。
「シーラ?」
ディランの顔が真っ赤になる。
「こんな時でないと、お礼も言えませんもの、本当にいつも良くしていただいてます」
「いや、別に、、、えっ?」
ひたすら慌てるディラン。
廊下に控える侍女達が、ひそひそと、話し出す。
「ねえ、あのドレスとイヤリング、辺境伯の瞳の色よ」
「愛妻家なのかしら?」
「お花を贈られたりするのね」
「シェラサール様、王宮にいた頃よりふっくらされたわよね」
「幸せそうだわ」
「辺境伯のお顔が真っ赤よ、照れ屋なのね」
「野蛮な感じはしないわね」
「女好きというより、ウブじゃない?」
「しっかり、愛称で呼ばれてるのね!」
「ライオネル王子は、そういうの、無かったものね」
「聞いてる話と違うわ」
「仲良しみたいよね」
「おい!どうしたんだ?」
ディランが顔を近付けて、こそこそ聞いてきて、侍女達が、きゃあっと声をあげた。
「領主様の最悪な噂を払拭出来たら、と思いまして」
シーラはディランの耳に手をあてて、同じように、こそこそ返してやった。侍女達はまた、きゃあきゃあ言っている。
「ディラン様?耳が真っ赤ですよ」
「み、みみみみ、耳元で囁くからだろ!?」
慌てふためくディランに、シーラは、くすくす笑った。
今や、侍女達のみならず、文官と騎士達も、シーラとディランを生温かく見守り出した。
ふむ、上手くいったようだ。
これで少しは、「サッハルト辺境伯は、粗野で野蛮で女好き」という噂が和らぐとは思う。
シーラは自分の仕事に満足して、応接室へと入った。
***
「陛下のお成りまで、しばらくお待ちください」
そのように言われて、2人は応接室に案内された。
「いきなり、ああいう事は止めてくれ、心臓に悪い」
部屋に入るなり、ディランが抗議する。
「すみません。おそらく間違った噂のせいで、領主様への視線が冷たかったので、頑張ってしまいました」
やりきった充実感からの笑顔で説明するシーラに、「頑張ったって、、、だから、可愛いか」とディランはぶつぶつ言う。
「領主様?何ですか?」
「、、、、なあ」
「はい」
「これからは、ディラン、と名前で呼んでくれないか、その、領主様と呼ばれるのは落ち着かない」
「え?」
さっきの名前呼びを気に入ったのかしら。
「城の皆は、俺を名前で呼ぶ」
「確かに、そうですね。分かりました、ディラン様」
特に抵抗はないし、シーラは了承する。
「あ、ああ、それでいい」
ディランは嬉しそうに頬を赤らめた。
一先ず、ソファに座り、ひと息つく。
控えめなノックがあり、侍女が陛下が来られるまでは、もう少し時間がかかると告げにきた。
「馴染みの文官に、挨拶だけしてきても良いですか?」
ディランにそう伺うと、「構わない」との事だったので、シーラは一旦応接室から出て、文官達の部屋を訪ね、現状を一通り聞いた。
シーラの担っていた公務は、この半年の間、惨憺たるものになっていた。
ライオネルと新しい婚約者の男爵令嬢は、シーラが出来ていたのだから自分達でも出来る、と最初は高を括って余裕ぶっていたようだが、今では必死に頑張っても、全く追い付いていない状態らしい。
男爵令嬢は、陛下が帰国されてからは、厳しい妃教育も始まり、今は若干の鬱状態で仕事はますます進んでいない。
「まあ、、、」
自分が逃げた手前、ちょっと可哀想な気もするけれど、婚約者のいる王子に言い寄ったのだから、少しくらいはしんどい思いも必要だろう、とは思う。
あれ、しんどいのよね、、、、ま、頑張ってね。
もう顔もあんまり思い出せないけれど、シーラは心の中で男爵令嬢にエールだけ贈った。
それから馴染みの文官を労い、滞っている公務で助言出来る所は助言してあげる。
加えて、目当ての文官を見つけて、ヒソヒソと少し個人的な話もした所で、応接室へと戻る。
戻ってしばらく経つと、陛下のお成りが告げられ、扉が開いた。




