31.部屋替え
「普通に接すると約束したのに、その顔は何だ」
療養2日目、シーラの部屋を訪れたディランにシーラは嫌そうな顔をしていた。
「領主様、私の思い違いでなければ、昨日も2回、こちらに来られています、何のご用ですか?」
「昨日も言っただろう、見舞いだ。花も持参している」
フワリ、と本日は小さな白い花束が渡される。
「お花は昨日もいただきましたが」
シーラは部屋の花瓶を見る。そこには昨日、ディランからもらった水色の花が活けてある。
「いくつあってもいいだろう」
むっすりと差し出されたままの花をシーラが受け取ると、ディランは部屋を出ていった。
「本日、お見舞いは2回目ですよね」
ディランが入ってくるなり空気と化していたリリーが、空気を止めて口を開く。
「そうです。どういうつもりなんでしょうね」
「昨日も2回、来られてるんですね?」
「来てました」
シーラは適当な水差しにもらった花を活けた。
「それ、庭の花じゃないです。この時期にサッハルトの野山で咲く花です。ディラン様は、わざわざ摘みに行かれたようですね」
リリーに言われてシーラは水差しの花を見る。
確かに、庭に咲いている数少ない花の中に、この花は無かった。
「領主様は随分、気を遣ってくれてるんですね」
「気遣うというか、、、、、、これは」
「これは?」
「いえ、いいです。私の無責任な発言でいろいろ拗れては困ります」
「?はい」
シーラはその日の午後、リリーの読み書きを見てやったり刺繍をして過ごした。
***
療養3日目、すっかり元気になったシーラにメグから仕事復帰の許可が下りる。
「自室に戻る事については、ディラン様に聞くんだよ」とメグに言われたシーラは、午後にやはり花を持ってやって来たディランに自室に戻りたいと伝えてみた。
「元の部屋へはダメだ」
「なぜですが?明日より仕事も再開しますし、戻ります」
「元の部屋は、前に戻った時、入れなかっただろう?」
ディランの声色が心配そうなものになる。
「大丈夫です。前はいきなりで驚きましたが、ああなる事が分かっていれば何とかなります」
「ダメだ。1人で倒れられては困る。貴女の部屋はこちらに移すつもりだ」
「、、、どういう事ですか?」
「ここと両隣の部屋は、母の侍女達が使っていた部屋だ。母と一緒に侍女が城を出たので客間にしていた。貴女とナターシャにはこっちに移ってもらおう、とメグと話していた」
「私と、ナターシャさん?」
「ああ」
「、、、私達が、元貴族だからですか?」
「そういう訳ではない。貴女が来る前からナターシャには手紙の宛名書きやお茶の手配、来客時の案内をしてもらっていて、メイドの仕事の範疇を超えていたので、侍女に上げようかという話はあったんだ。
貴女が来てからは、城の家事に、図書室の整理もしているし、使用人とその家族に読み書きまで教えているだろう?
完全にメイドの仕事を超えている。それに見合った待遇が必要だ。メグが内々にメイド達に意見を聞いたが異論はなかった」
「でも、こんなに大きな部屋をいただく訳には」
シーラは部屋を見回す。応接セットこそないが、部屋には立派な書き物机があり、暖炉もある。
ベッドやカーテンや絨毯もなかなか良い物が使用されている。
「あなたが断るなら、ナターシャも涙を呑んでこの部屋を遠慮するらしいぞ」
「ぐっ、、、、」
ディランの言葉にシーラは怯む。
自分のせいで、せっかくのナターシャの出世まで流れるのは良くないと思う。
「涙を呑んで遠慮する、はちゃんと本人が言った言葉だが」
「、、、、、」
「どうする?シーラ」
勝ち誇った顔でディランが笑った。
「むう、断れないじゃないですか」
唇を尖らせて言うと、ディランは顔を赤くして一旦シーラから目を逸らした。
「あなたとナターシャには、メイド達も一目置いているし、メグや俺やジェラートは非常に助かっている。メグの購入リストや帳簿は本当にひどかったからな。だから、それに見合った待遇は受けて欲しい」
一旦逸らした目を、真面目な顔でシーラに向けてディランは言った。
「分かりました」
こうして、シーラは西棟の使用人部屋から、中央棟の2階の侍女達用の部屋へと引っ越しをした。お隣はナターシャだ。
引っ越しといっても、荷物はほとんど無かったのですぐに済んだ。
引っ越しはディランが手伝ってくれた。
普通に接してみると、甲斐甲斐しい領主様だ。