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3話 使用人ライフ初日


ディランが立ち去り、シーラはほっと安堵の息を吐いた。


良かった、神秘的な美貌は好みじゃないようだ。


扉を閉め、へなへなとベッドに座り込む。


部屋を見回してみる。さっぱりとした清潔な部屋だ。ベッドと書き物机とクローゼットが1つ。昔、母と暮らしていた部屋に似ている。


使用人かあ、、、、、。


元より、8才まで使用人の連れ子として使用人見習いとして働いていたので、そこは全然大丈夫だ。


一緒に働く人達がディランみたいに意地悪だったら嫌だな。


そこが心配だ。どうやら大自然に抱かれていても心が広くなるわけではないようだし。


心配しながらもクローゼットを開けてみると、ちゃんとお仕着せも吊られていた。

シーラは持って来た荷物をほどいて、自分の服をその横に吊る。

サニーはちゃんとシーラの好きな木綿や麻の簡単なワンピースやブラウスを入れてくれていた。大嫌いなドレスは一着もない。


「サニー」

シーラは気のおけないその名を呼んで微笑み、荷ほどきを進める。


旅の間は必要最低限の荷ほどきしかしてなかったので気づかなかったが、何を想定したのか火打石や折り畳みナイフ、携帯食まで入っている。


「サニー、、、」

さっきとは違う口調で、もう一度その名を呼ぶ。

一体、どこまでひどい所を想像していたのかしら。

これらが必要な場所で、果たして私は生きていけるかしら。


落ち着いたら手紙を書こう、とシーラは決意した。

くたくただったので、身を清めると夕飯も取らずにベッドで気を失うようにぐっすり寝た。




***


翌朝、シーラは叩き起こされて目を覚ました。


「いつまで寝てんだい?何様のつもりだい!」

きつく少し掠れた女の声だ。


シーラがびっくりして身を起こすと、ベッドの脇に中年のつり目のメイドが1人立っていた。


「あんた、訳ありの新入りだろう!昨日は挨拶にも来なかったね!おまけに寝坊かい?これだから訳ありは!」

つり目のメイドは烈火の如く怒っている。


挨拶?

挨拶するなんて聞いてない。


愕然とするシーラだが、夕方から寝てしまった自分も悪かったと思い直す。


「すみません。すぐ、すぐ、起きます」

慌ててベッドから降りる。


「すぐに着替えて厨房に来な!!!」

つり目のメイドはそう怒鳴るとバンッと扉を乱暴に閉めて出ていった。


シーラは大急ぎで顔を洗い、お仕着せを着て、廊下で出会ったメイドに厨房の場所を聞いて走って向かった。


走るのも久しぶりだ。

淑女は走らないからだ。


シーラの中で何かが切り替わる。


侯爵令嬢としてのシーラから、元のシーラに。



厨房に着いてすぐに、さっきのつり目のメイドを見つけた。

シーラはメイドの側にいくと、すぐに頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」

はっきりきっぱりと謝罪する。


反応がないので、そろりと頭をあげるとつり目のメイドは少しびっくりしているようだった。


「、、、あんた」


「シーラといいます。昨日は挨拶に行かずに失礼致しました。本日よりよろしくお願いします」

はきはきと伝えるべき事を伝えた。


「ふん。訳ありにしてはしっかりしてるね。私はメグだ、ここのメイド長だよ」

「よろしくお願いします、メグさん」


「明日は寝坊するんじゃないよ、寝坊が続くようなら罰もあるからね、心しておきな」


「、、、、鞭打ちでしょうか?」

鞭は嫌だ。

子供の時の恐怖が甦る。


「そんな事するもんかね!、、、これだから訳ありは。お給金から引くよって事だよ」


お給金?

シーラは目を瞬いた。


「、、、、お金、貰えるんですか?」


「貰えるに決まってるだろ!ここをどこだと思ってるんだい?サッハルト辺境伯様のお城だよ。私は誇りを持って働いてんだ!」


「はい、ありがとうございます!」

お給金!

シーラは喜びに打ち震える。

自分のお金が手に入るのだ。嬉しい。


侯爵令嬢だったけど、シーラにはお金が無かった。

侯爵令嬢となってから、シーラは自分のお金を持てなくなったのだ。

シーラへの予算は付いていたがそれはあくまでもシーラを飾るドレスやアクセサリー、シーラをお披露目するための茶会等の遊行費であって、シーラが使えるお金ではなかった。

侯爵夫人はシーラが自由にお金を使う事を厳しく制限していた、というか禁止していた。ドレスやアクセサリー類も厳しく管理されていて、勝手に換金は出来なかった。


8才までは少ないながらもお小遣いをもらって、たまにお菓子を買ったりする楽しみもあったのに、食事制限の中お菓子を買う事すら許されなかった。

お金が使えない事、お金を持てない事は屈辱的だったのだ。


お給金は嬉しい。

ほくほくと顔がほころぶ。


「さ、おいで。新入りの仕事は朝一番にお湯を沸かす事からだ。井戸の場所を教えるから付いてきな」

「はい、メグさん」


メグに付いて、井戸と厨房を往復して水を汲み、火にかけていく。辺りはまだ薄暗い。日中は暖かくなってきているが早朝はまだ息が白くなる肌寒さだ。

王都よりも気温が低い。


シーラは、はあっと息を吐いて白くしては楽しんだ。

朝の澄んだ空気が気持ちいい。辺りはしんとしていてまるで世界中に自分だけみたいな気持ちになる。


「何やってんだい?」

「あ、すいません。こういうの久しぶりで」

「はあ?まあ、訳ありはいつも大体こうだね」

さっきから聞こえる訳ありって何だろう、と思うが聞ける雰囲気ではないので、さっさと水汲みにいそしむ。



「メグさん、ところでこの大量の鍋は何ですか?」

厨房で大量の鍋が火にかけられてからシーラは聞いた。

「何って、騎士達の朝ごはんの用意だよ」

「えっ?こんなに?」

「こんなにって、ここは自前の騎士団に傭兵団まであるからね。騎士の宿舎は城内にある。こんなのすぐ無くなるよ。領主のディラン様は辺境の軍の総督でもあるんだよ」


「知らなかったです」

それで、昨日ディランは騎士服だったのかと納得する。

そして、そういえば王宮で見ていた各領地ごとの費用の内訳でサッハルト領は国防費が桁違いに多かった事も思い出す。


「さて、次は野菜の下ごしらえだよ。そろそろ他の子も来るから皆でやるんだ。その後は城の掃除に洗濯だ、いいね」

「はい」


「じゃあまずは、食べな」

どんっと、シーラの前にパンとスープが置かれた。


「昨日の夕飯の残りだよ。食べてないだろ。食べないとここではやっていけないからね」


「、、、ありがとうございます」

シーラはメグの優しさにじんわりしながら朝食を食べた。



「おっ、その子だな、メグが昨日心配してた新入り」

シーラがスープを飲んでいると、厨房に入ってきた小太りのコックらしき男が声をかけてきた。

人なつこい顔をしている。


「おはようございます、シーラです」


「あ、いいよ、いいよ。ゆっくり食べな。シーラちゃんかあ、俺はコック長のウェストンだ。あんた、あんまり静かに寝てるからさあ、こいつが生きてるか心配だって血相変えてやって来て、2人であんたの顔に薄布あてて息してるか確認したんだぜ」


バチン、とウィンク付きでウェストンは言った。


「え、薄布、、、、」

シーラはびっくりしてメグを見る。


「あんた、もうちょっとちゃんと息して寝な。紛らわしいったらありゃしないよ」


「素直じゃねえなあ、あんなに心配してたくせに。その朝ごはんだってわざわざ昨日取っといた分だろお」

「ウェストン、うるさいよ!」

メグが真っ赤になって怒る。


照れて怒っているメグを見て、やっぱり大自然に抱かれた人は優しいのだ、とシーラは思う。

すごいぞ、大自然。


「いやあ、しかしシーラちゃんは綺麗な子だなあ、寝顔もきれかったけど、、、。食べるのも品があるし、やっぱ、あれかい?お貴族さ、うぐうっ」

ウェストンの腹にメグのパンチが入る。


「ウェストン!余計な詮索しないよ!シーラは歴とした訳ありだよ!腫れ物に触るように大切に扱いな!」

「分かった、分かってるよ、叩くな、殴るな」

「騎士達にも言っとくんだよ!」

「騎士の奴らはそらもちろん、心得てるだろうよ」


メグとウェストンのやり取りを聞きながら、どうやら自分はここでは、「訳あり」で「腫れ物」の新入りなのだとシーラは納得する。


意地悪の1つなのか、ディランはシーラが自分の妻だとは皆に伝えていないようだ。この場合それはありがたい。こんな風に普通に接してくれる方が楽だ。

「訳あり」で「腫れ物」扱いでも。


そして「訳あり」はこのサッハルト城において何か共通の認識のあるもののようだ。

落ち着いたら誰かに「訳あり」について聞こう。


その日は朝食の準備の後、城の掃除と洗濯をした。水仕事は久しぶりだったし、サッハルトの水は冷たくて手が千切れるかと思ったのと、慣れない中腰の姿勢にすでに腰が痛いが、それ以外は何とかなった。

メグからも「へっぴり腰だけど思ったよりやるじゃないか」と褒めてもらった。

へへへ。


昼食の準備をした後は昼食をいただいて、簡単な雑用をした。そして昼過ぎにメグより「今日はこれで終いだよ」と言われる。


「え?おしまいですか?」

シーラはびっくりする。まだ昼過ぎだ。


「早番のメイドはここまでだよ。ここからは遅番がやるんだ。新入りはまず1ヶ月早番だ。明日、寝坊するんじゃないよ」

「あ、はい」


「あと、夕飯の時間になったらちゃんと食堂においでよ。こんなにひょろひょろのままじゃ倒れるよ、あんた」


「はい。、、、、あの、領主様って食堂に来たりします?」

そろりとシーラは聞いた。

朝食時も昼食時も、ディランが食堂には来たらどうしよう、とびくびくしていたのだ。


嫌味を言われそうだし、メグと上手くやってるのを見たら意地悪されるかもしれない。

どうやらあの人は、大自然の影響を受けていないのだから。


「ディラン様?来ないよ。あそこは使用人と騎士達用の食堂だよ。ディラン様はお食事はダイニングか私室で召し上がるよ」


「そうですか」

ほっとする。


「なんだい?気になるのか」

「違います。ちょっと怖そうだから苦手なんです」

絶対に誤解されたくないから食いぎみに否定した。


「怖い?イケメンだろ?まあ、きりっとしてらっしゃるからねえ。優しい方だよ。たまに食堂にも顔出すから挨拶してみるといいよ」


「、、、はい」

絶対しないぞ、とシーラは思った。





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