23.夜番での出来事
ナターシャのささやかな誕生日祝いをしたその夜、シーラは夜番として、城の3階の宿直室に居た。
夜番に入るのはこれで二度目だ。最初にメグに説明された通り、ほぼ宿直室で仮眠するだけの当番。
仮眠、といっても部屋にはちゃんとベッドもあるし、寝巻きに着替える訳にはいかないが、お仕着せのままでも横になって眠れるので、一度目はぐっすり寝れた。
何か用がある時は、ベルが鳴るらしいのだが、あんなにぐっすり寝てて気付けるかしら?
と不安になるくらい寝た。
ちゃんと寝たのに、夜番明けは、定期のお休みとは別でしっかりお休みになるので、何だか申し訳ない。
リリーに相談してみると、「皆そうですよー、私なんか寝巻き持ち込んで、こっそり着替えて寝てます。ディラン様は、夜中にメイド呼ぶなんてまずされないので」とにこやかに慰めらた。
うーむ、でも、いいのかしらね。
本日も早くも眠たいわ、しっかり寝れそう。
もちろん、寝巻きは持ち込んでないが、すっかりお休みモードのシーラだ。
寝る前に、戸締まりの確認だけでもするか、とランプを手に廊下へと出る。
城の3階は領主家族のプライベートな空間なので、ここに居るのがディランだけの今はガランとしている。
廊下の窓を確認し、ディランの私室以外の部屋の鍵を確認する。
3階を見回った後は、2階に降りる。
同じように窓を確認して、部屋を見て回る。
ディランの執務室からは、灯りが漏れていた。
一度目の時も、そうだったな、と思う。
遅くまで仕事をしているのだろう。
お茶だしする時に、ちらりと見える資料や報告書は、かなり細かい所までディラン自らが行っていて、メグと同じようにこちらも人手が足りていないようだ。
その内、体を壊すんじゃないかしら。
心配してやる義理はないけれど、領主に体を壊されては皆が困る。
こんなに仕事して、良い領主のようだし。
今度、メグに、騎士団関連の消耗品と備品の管理をこちらでやる事を提案してみても良いかもしれないな、と思う。
シーラとメグとナターシャで城の家事をするようになってからは、こちらは結構余裕があるのだ。
そんな事を立ち止まってぼんやり考えていると、ガチャリと扉が開いて、シャツの首もとを寛げたディランが出てきた。
シーラはびっくりして固まる。
ディランも、シーラを認めて固まった。
夜、城の廊下で出くわすのは、お互いにかなり気まずい相手だ。
「、、、、、、、」
「、、、、、、、」
「、、、何をしているんだ?」
口を開いたのはディランだった。
少し疲れた声だ。
「夜番の見回りです」
「夜番まで入ってるのか?」
「はい」
はあぁ、とディランが長いため息を吐く。
「こんな日の夜に、1人でうろうろするな。危ないだろう」
「お城の中ですよ?」
「それでもだ、あなたは、、、いや、いい」
ディランの声は非難がましくなったが、一旦言うのを止めた。
「何ですか?」
非難するようだった調子に、かちんときて、低い声で聞き返す。
「、、、先週、町に1人で出て、絡まれたらしいな。町に1人で出かけるな」
かっちーん。
命令口調にむっとするシーラだ。
「なぜ、絡まれた事を知ってるんですか?」
「少し騒ぎになったからだろう」
確かに、少し騒ぎにはなった。
先週、シーラはお休みに町に出て、ガラの悪い2人組に絡まれた。
身の危険は感じなかったが、しつこくて困っていると、近くの肉屋の店主が取りなしてくれたのだが、この肉屋の店主も少々やんちゃな人で、取りなしている内に喧嘩になり、そこに肉屋の隣の金物屋の店主まで加わり、乱闘になり、騎士がやって来るまでになってしまった。
シーラは完全に巻き込まれただけで、特に被害はなかったのだが、念のために騎士団の詰所で事情は聞かれた。
その報告が上がったらしい。
「騒ぎになったのは、たまたまです」
「あなたは目立つんだ、明らかに余所者だし、のこのこ1人で居たら、絡んでくれ、と言ってるようなものだろう?」
「言っておりません」
「言ってるんだ、それとも何か?絡まれたいのか?」
「、、、、は?」
「男と手紙のやり取りもしてるらしいな」
シーラは怒りで体温がすうっと下がるのを感じた。
「私宛の手紙を開封しているんですか?」
シーラがサッハルトに来て、手紙のやり取りを続けているのは、実家の侯爵家侍女のサニーと、兄のユイランだ。男との手紙、とは兄との手紙なのだろう。
「開封はしていない、宛先の筆跡で男か女かくらいは分かる、恋人か?」
「誰でもよろしいでしょう、領主様に何の関係が?」
「書類上、あなたは辺境伯夫人なんだ。外に恋人が居るなんて、醜聞もいい所だろう」
シーラは怒りで、ぶるぶると震えた。
何なんだ、コイツは。
花嫁としては扱わないと言っておいて、貞淑さは求めるとか、潔癖か?潔癖なのか?
おまけに、シーラ宛の手紙を監視していたのだ。
何かの陰謀の疑いでもかけているんだろうか。
訳が分からない。
「どうせ、すぐに離縁するのです。私が醜聞にまみれていた方がなさりやすいでしょう?」
思いっきり冷たく、変に甘い声で言ってやる。
「隅々までご心配いただき、ありがとうございます、本当にお優しい領主様でございますね。ですが、私の事はどうぞお気遣いなく。それでは、お休みなさいませ、領主様」
ランプを持っているので、片手で嫌みたっぷりのカーテシーを決めると、シーラはくるりと踵を返す。
早足で宿直室まで戻り、ドアに鍵を掛け、布団をかぶってぐっすり寝てやった。