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2話 シーラの事情と最低な夫と


シェラサール・ドルトン侯爵令嬢は、侯爵がメイドに手をつけて生まれた庶子だった。

侯爵はシーラを認知はしなかったが、追い出したりする事はなく、シーラはメイドの連れ子として8才まで侯爵家で普通にのびのびと育つ。


侯爵と正妻の間にはシーラよりも2つ上の男の子がいるだけで他に子はなかった。

シーラの母は黒髪に藤色の目の神秘的な美しい人で、シーラは髪色こそ侯爵譲りの銀髪だったがそれ以外は母にそっくりだった。そしてむしろ銀髪になった事で神秘的な様子は増していた。侯爵は8才のシーラのその美しさに目をつける。

この美しさは使える、となったのだ。シーラは侯爵家の令嬢として届出され、令嬢として育てられる事になる。


そこからはシーラにとっては地獄の日々だった。侯爵夫人と家庭教師による淑女教育の詰め込みは厳しく、コルセットやドレスは窮屈で泣くほど嫌だった。失敗があると手のひらを鞭で打たれた。


もちろんシーラは逃げ出したが、その責任でシーラの目の前で母が鞭打たれた。泣きながらシーラは決意する。

自分が我慢しようと。



侯爵はシーラの相手として、ライオネル第一王子を最初からターゲットにしていた。

ライオネルの好みが華奢な女の子だと言う事で、シーラは10才から食事を制限され、ドレスを着る時はコルセットをきつく締められた。


侯爵の目論見はあたり、めでたく(シーラにとっては全くめでたくなく)、11才の時に王宮のお茶会で王子は月の妖精のようなシーラを見初め、12才で婚約の運びとなった。


そこからは淑女教育が妃教育に代わり、鞭こそ無くなったがスケジュールは目が回る忙しさになり、公務まで加わったのだった。



ひどい虐待を受けていた訳ではないし、虐められた訳でもない。侯爵や侯爵夫人からの愛を感じた事はなかったが、腹違いの兄は優しかったし、サニーも居た。何よりも母が居た。

その母はシーラが12才の時に亡くなった。侯爵は葬式を出してくれた。



シーラは自分が特別不幸だったとは思わない。でも8才からずっと自由がなかった。それまではのんびり過ごしていただけに、自由がない実感はあった。

息を吸うのも決められているようながんじがらめの日々だった。空の青さや花の美しさに目を止めてる時間も余裕もなかった。



それが、今、夕日の美しさにぼんやりと見入っている。

こんなにあっさり、突然、解放されるなんて。

王命って凄いわ。万歳、権力。万歳、ライオネル王子。


幸せの粒がふつふつと音をたてる。



「ご気分でも悪いですか?」

シーラが窓を開けたので、護衛の騎士が馬を寄せて聞いてきた。

ライオネルはきちんと護衛の騎士を2人も付けてくれている。

シーラが逃げないようにという目的もあるのだろうが、辺境伯領まで10日もかかるので護衛付きはありがたい。


馬を寄せてきた騎士は見知った者だった。ライオネルの近衛騎士の1人だ。


「ドルトン侯爵令嬢にこのような仕打ち、私はあってはならない事だと思っています。どうかお気持ちを強くお持ちください」

騎士は沈痛な面持ちで慰めてくれた。ライオネルの側付きの近衛騎士や文官は、シーラがライオネルの公務までを負担して目の回る忙しさだったのを知っているのだ。


もちろん、そんなに忙しかったシーラがティアナに嫌がらせをする暇などなかった事も、シーラがそんな下らないことをするようなレディでない事も知っている。



「お心遣い感謝します。ですが大丈夫です。私は私の意思でこの処遇を受け入れたのです。貴方は気にしないでください。私のサッハルト領への護衛をしてくれてありがとう」

そう言ってシーラは儚げな笑みを騎士に向けた。


騎士は顔を赤くして「とんでもない。貴女の安全は私がお守りします」と返して、離れていく。



シーラはただ馬車に揺られ、窓からの景色を楽しむ馬車旅を10日間、満喫した。





***


10日間の馬車旅をほぼ終え、シーラは今日サッハルト領へ着いた。

何もしなくていい旅を満喫していたシーラだが、前日より1つの不安が頭をもたげている。

それは、今回のサッハルト行が結婚によるものだ、という事だ。


侯爵家からも、王宮からも解放されると喜んでいたけれど、結婚したんだったわ、、、、。


ここに来て、ライオネルが言っていた。゛粗野で野蛮で女好き゛がぐるぐると頭を回る。


乱暴な方だったらどうしよう。


結婚という事は初夜があるのだ。

妃教育で知識はある。


暴力を振るうような夫も存在する、という事も知っている。


大丈夫かしら。


そんな不安の中、サッハルトの首都に着いた。サッハルトの首都は山あいの盆地にあり、ぐるりと山に囲まれている。


山々が高い、山々が深い。

青く澄んだ空に山の輪郭がきりっと映えていて、遥か遠くの一際高い山の頂きはうっすらと雪化粧までされている。


「すごい、、、、雄大だわ、、、」

何もかも忘れてシーラは息を飲んだ。


シーラは生まれてからずっと王都から出た事がない。侯爵夫人からは、年に一度の侯爵家の避暑地への旅行に連れて行ってもらえないくらいの意地悪はされていたし(別に行きたくはなかったけど)、外へ出ていくような公務はライオネルが行っていたので、こういう大自然に触れるのは人生で初だ。


「高い、、、遠くの白いのは雪かしら」

ほうっとため息をつく。


雄大な自然に心が洗われるようだ。頭もすっきりする。


こんな大自然に抱かれている辺境伯が、ひどい人なはずはない、と楽観的な考えが浮かぶ。

少なくとも無体をするような人じゃない、きっと。


シーラはそう思って、屋敷というよりは城塞の体のサッハルト家の門をくぐったのだが、この後、ディラン・サッハルト辺境伯との面会でシーラの楽観的な考えの前半部分は打ち砕かれる事になる。




門をくぐり、シーラの出迎えに出てきたのは騎士が1人だけだった。

茶色い髪の騎士はジェラートと名乗り、シーラを辺境伯の執務室へと案内した。


出迎えが騎士1人だけなのにシーラは歓迎されていない様子を察する。

確かに歓迎される要素はない。

自分の自由だけで頭がいっぱいで、サッハルト側の事について考えていなかった。


嫌な予感の中、執務室でシーラは初めて夫となる、いやなったディラン・サッハルト辺境伯と対面した。


シーラは一瞬ディランに見惚れた。


ディランは艶やかな黒い髪に、黒に近い深い緑色の目の美丈夫だった。鍛え抜かれた逞しい体がぴったりと騎士服に覆われている。

以前婚約者だったライオネルは中性的な美青年だったので、ディランの凛々しい様子にシーラはドキッとした。

そのドキッ、をすぐ後悔する事にはなるのだが。


執務室で立たされたままのシーラに、ディランはその整った顔に嘲る笑みを浮かべながら開口一番こう言った。


「その服装、貴女はまさか花嫁として歓迎されると思ってこちらに来たのか?」


シーラはここに着く前に神殿で身にまとっていた簡素な花嫁衣装に着替えていた。結婚の輿入れで来たのだし、こちらの方が失礼がないと思ったのだ。ちゃんとベールも着けている。


かあっとシーラの顔に熱が集まる。

ディランの口調は完全にシーラを馬鹿にしていた。

どくどくと心臓が音をたてて、馬鹿にされた怒りがこみ上げる。

ベールを被っていて良かった。


「愛人でしたでしょうか」

努めて冷静にシーラは言った。


「愛人?はっ、罪人扱いの女を愛人にするほど女には不自由してない」

「罪人?」


「罪人だろう?王宮からの書簡には貴女は第一王子の婚約者に危害を加えた者だと書かれている。うちは修道院でも、監獄でもない。侯爵家令嬢とあってかなりの温情をかけられたのだろうな。体のいい厄介払いのうちは被害者だ」


第一王子の婚約者?

ティアナの事だろうか。もう正式な婚約者にしたのだろうか。


「本来ならお帰りいただく所だが、神殿の誓いも勝手にされている。だが貴女を俺の妻とは認めない、然るべき時期が来れば離縁するつもりだ。それまで放り出すわけにはいかないから使用人として置いてやる。ありがたく思うんだな」

ディランはそう言うとまた、シーラを嘲笑った。


大自然に抱かれているのに性格が悪い。


シーラはあっという間にディランを嫌いになった。さっき一瞬見惚れてしまった事もあって必要以上に嫌いになる。


おそらく自分の領地が監獄扱いされ、自分との結婚が罰の扱いをされた憤りがあるのだろうが、監獄扱いしたのはシーラではない、ライオネルだ。


罪人扱いとはいえ、身1つで馬車で10日間もかけてやって来て、健気にも花嫁衣装をまとったレディに対してはせめて旅を労って表面だけでも礼を持って接するべきではないだろうか。

少なくとも、今のところ自分は何も向こうを害してはいない。何なら名乗ってもいない。


嘲笑うとは何事か。

最低な男ね。


ぎりっとディランを睨む。ベール越しなので睨んでいるのは分からないが気配は伝わったようだ。


「使用人がそんなに嫌か?貴女は使用人も虐めていたようだし、この際彼らの苦労をしっかりと知る事だな。来い、部屋に案内してやる」


ディランは今度は苦々しげな顔で、心底嫌そうにそう言うと、シーラの荷物も持たずに部屋を出て歩き出した。

執務室まで案内してくれたジェラートは荷物を持ってくれたのにだ。

騎士としても最低だ。


シーラはむっとしながら荷物を持って、えっちらおっちらディランの後を追う。

食事制限と過労でひょろひょろな上に10日間の馬車旅で精神的には回復したが、体力的には削られている。

もちろんシーラの歩く速度など気にかけてくれないディランを追いかけるのは一苦労だった。



「ここが貴女の部屋だ、どうぞ、お姫様」

階段を降り、別棟の建物に入ってしばらく歩き、廊下に並ぶ扉の内の1つをディランが嫌味たっぷりに開けてくれた。

そこは小さな使用人用の部屋だった。


それを見た所で、別にディランが期待しているほどショックを受けたりなんかはしない。


シーラは無言で部屋に入ろうとした。


その時、ディランが何も言わずにシーラのベールを取った。


シーラは驚いてディランを見上げる。

自分の顔を見て、ディランが目を瞬いて息を呑んだのが分かった。


月の妖精のようだ、と定評のあるシーラの美貌。


ディランの息を呑んだ様子に、もしかしたら何かされるかもしれない、とシーラはぞっとする。

さっきディランは“女に不自由していない”と言っていた。ライオネルの言った女好きは本当のようだ。


会う前は初夜の覚悟もしていたが、先ほどの対面でその必要がなさそうだったので、そのつもりはすでに無くなっていた。


嫌だ。


嘲笑われた男に抱かれるなんて、ぜったい嫌だ。


シーラはディランを憎悪の眼差しで睨んだ。こうすると自分の儚げな美貌の魅力が半減する事を知っているのだ。



「夫として、妻の顔くらいは見ておいてもいいだろう」

ディランは肩を竦めてそれだけ言うと立ち去った。








お読みいただきありがとうございます。

12話くらいまで、連日更新出来ると思います。


面白そうだな、と思っていただける方、おられましたら、ブクマや評価、いいね、を貰えると、とても嬉しいです。

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