18.領主様とお出かけ(未遂)
「ジェラートさん、明日、城下町に出てみたいと思ってるのですが、いいですか?」
2度目のお給料を手にして少し経ったある日、シーラはそのようにジェラートに聞いてみた。
ジェラートがびっくりした顔でシーラを見てくる。
「そんなにびっくりしないで下さい。書類上は領主の妻なので、城から出るのには筋を通しておいた方がいいのでは、と思ったんです」
お給料も2ヶ月分貯まったし、貯金に回す分を引いたお小遣いを持って、散策とちょっとした買い物をしてみようかな、とシーラは町に出てみる事にしたのだ。
でも、サッハルトの城下町は、来る時に馬車で通っただけで、勝手は全く分からない。
リリーやナターシャに声をかけて、一緒に行ってもらう事も考えたが、友人と言える友人は、侍女のサニーくらいしか居なかったシーラである。
誘い方が全然分からなかった。
何て誘うのかしら?
「今度、初めて、町に行ってみようと思ってるんだけど、、」
とか?
いいえ、ダメね。思わせ振りだわ。これじゃ、不安だから一緒に来てほしいって言ってるようなものだわ。優しいリリーとナターシャさんは断れないわよね。
もっと、断りたい時は断れるように気安くしなければ。
「おはよう。今度一緒に町に行かない?」
とか?
これは、唐突過ぎない?
「おはよう。いい天気ね。いい天気と言えば外出よね?」
とか?
「あら、素敵な鳥のさえずりね。鳥達はいいわねえ、自由で。自由と言えば、今度町に、、」
とか?
、、、、、、。
ダメだわ。
全部、唐突な上に、変だわ。
絶望するシーラ。
そもそも、外出をお誘いするような仲かしら?
同僚と友人は違うわよね。
ピーン!
こうなったら、メグさんにお願いして、監督者として付いて来て、、、、、いやいやいや、名案でも何でもないわよ、シーラ。何が、ピーン!よ。お手間かけるだけじゃないの。
落ち込むシーラ。
そして、メイド仲間を誘う事を諦める。
そこで思い付いたのが、辺境伯夫人として筋を通すついでに、ジェラートに治安の良くないようなエリアがあるなら教えてもらおう、という案だった。
これなら、町へ出る許可を聞く、という至極自然な流れで、必要な情報を聞き出して、1人でさっと行って帰ってくればいい。
図書室で、机の塗り直し作業を手伝ってもらって以来、ジェラートに対して少し打ち解けてきていたシーラはえいっと、聞いてみたのだ。
「町へ?お一人でですか?」
ジェラートが目を丸くしている。
「え?はい」
「本当にお一人で?あの、でも、シーラさんはご令嬢だったのですよね?」
「そうでしたが、買い物くらいは出来ます。そんなに世間知らずではございません」
8才から侯爵令嬢となるまでは、お使いくらいは1人で行っていたので、そこは平気だ。金銭感覚も普通にある。
シーラは、馬鹿にすんなよ、とジェラートをきっと見上げた。
「しかし、サッハルトの城下町なんて、土地勘も何もないでしょう?」
「はい。なので、行かない方が良い場所を教えていただければと思います。方向感覚はしっかりしてますので、それで大丈夫です」
「うーん、なら、私が護衛としてお伴しましょう」
「え?」
「都と違って、辺境なので、のんびりはしてますし治安も良いですが、傭兵団の宿舎近くなんかは少しガラも悪いです。
シーラさんは目立つでしょうし、絡まれるくらいはあるかもしれません。初外出でお一人は止めましょう。お伴します」
「え、いやあの、」
予想外の展開になってしまった。
護衛としてお伴、は困る。
シーラはもう令嬢ではないのだ。持っていくお金だって、雀の涙くらいのつましいもので、騎士の護衛が付くような買い物はしない。
「困ります。持っていくお金も本当にただのお小遣いで、、、、その、」
「辺境伯夫人である貴女にもし何かあれば、私達は困ります」
その言葉にシーラは、はっとする。
その通りだ。
だからこそ、シーラだって、筋は通して許可をもらっておこうと思ったのだ。
「騎士としての護衛は、かえって目立つでしょうから、ちゃんと私服でお伴しますよ。護衛というよりは、案内役くらいで思ってください」
「分かりました、では、お願いします。でも、明日ですよ?」
「はは、何とかします」
ジェラートは朗らかに笑った。
***
そして翌日、浅葱色のワンピースに身を包み、約束した時間に城門に向かったシーラは、遠目にそこで待ってるのが2人なのに、気付く。
嫌な予感だ。
立ってる2人の内、1人はジェラートだ。もう1人は黒髪の男で、シーラが知っている男だった。
「なぜ、領主様がここに?」
ディランに冷たく形だけの礼をして、恨みがましく、ジェラートを睨む。
ジェラートは、申し訳なさそうな顔をしていて、悪い事をした自覚はあるようだ。
「あなたは俺の妻だ」
ディランが挑むように言ってきて、シーラはその、俺の妻、に嫌悪感を感じて顔をしかめた。
「外出に同行するのは当たり前だろう」
「当たり前ではございません。妻とは名ばかりの使用人でございます」
ひゅうう、、と足元から冷気を立ち上らす。
この辺りの地面を凍らせてやろうか。
「なら、使用人のあなたに同行しよう」
「結構です。お忙しい領主様の手を煩わせる訳にはいきません」
「、、、なぜ、そんなに拒むんだ」
「嫌だからです」
馬鹿なのかしら?
嘲笑された男と出掛けたい訳がないだろう。
おまけに、今日のシーラは、ほんの小遣い程度のお金しか持ってないのだ。領主であるディランからすると、歩く通りや見る店からして違うだろう。
また、憐れまれるんじゃないかと思うと、それだけで腹が立つ。
シーラの“嫌だからです”に、ディランが傷付いた顔をするが意味不明だ。
やっぱり、打たれ弱いのかもしれない。
そもそも、なぜ、自分と出掛けようとするのか。
こないだの同情の続き?
それとも嫌がらせ?
離縁後もここに置いてくれる、と約束してくれた時は、領主としてはいい人ではないか、と見直したけれど、あれは勘違いだった。
同情にしろ、嫌がらせにしろ、空気の読めない最低野郎だ。
それなりに楽しみににしてた、サッハルトでの初外出だったんだぞ。
町ブラなんて、もう何年振りか分からないくらい久しぶりなんだぞ。
何で、こんな男と一緒に行かなくちゃいけないんだ。
「町に出た事がないなら、案内は必要だろう」
ディランはため息をつくと、開き直った態度でそう言ってきた。
「ええ、ですから、ジェラートさんに」
「俺が行く。たとえ書類上でも、あなたの夫だ」
有無を言わさない強いその態度に、シーラは力一杯、ディランを睨んだ。
でも、こんな力業に流されるシーラではない。
嫌々、ディランと町へ出て、絆されて仲良くなる、とかいうよくある展開になんて、シーラはさせない。
「、、、、、、」
ぎりり、と奥歯を噛んで、シーラはおもむろにお腹を押さえた。
「おなかいたくなってきました」
完全に棒読みでシーラは言う。
「「え?」」
ディランとジェラートがぽかんとする。
「わたしおなかいたいです。
という訳で、外出は止めます。お手間をおかけしました」
嫌な奴と出掛けるくらいなら、名誉の敗走をする方がまだマシだ。
シーラは、お腹が痛い人とは思えない、完璧なカーテシーをして、「失礼します」と言うと、お腹が痛い人とは思えないしっかりした足取りで、スタスタと元来た道を戻った。
ディランとジェラートが途方に暮れているのが背後から伝わってくるが、無視だ。
ふん!
無視だ。
せっかくのお休みに計画した外出だったのに、、、
辺境伯夫人として、筋を通そうなんてしなきゃ良かった。
ジェラートさんの裏切り者め。
鼻息荒く、早足で城へと戻る。
そして、あの夫である男は、本当にどういうつもりなのだろう。
最後のあの強気な態度、もう手の込んだ嫌がらせをしようとしていたとしか思えない。
ひょっとしたら、貴族が利用するようなカフェにシーラを連れて行って、シーラの前で自分だけケーキでも食べる気だったのかもしれない。
挙げ句の果てには、「どうしても、と言うなら奢ってやるぞ?」とか言って憐れみの目で、ケーキを奢る気だったのかもしれない。
想像しだすと、どんどん腹が立って、ぷんすか怒りながら歩いていると、
「シーラちゃん?」
そう声をかけられた。
顔を向けると、向かいからやって来ていたのは、小太りのコック長でメグの夫のウェストンだ。
「ウェストンさん、こんにちは」
足を止めて、ちょっと照れながら挨拶するシーラ。
ディランへの怒りも吹っ飛ぶ。
メグへの猛アタックの件を聞いて以来、ウェストンを見るたびに、いろんな猛アタックを想像してしまっては、照れてるシーラだ。
「おう、こんにちは。あれ?今日は休み?」
ウェストンがシーラの私服姿に気付く。
「はい、お休みです」
「そっかあ、もしかして暇?俺さあ、これから市場へ買い出しなんだけど、」
「行きます!!」
シーラはずいっと身を乗り出した。
何と言う幸運。
「わっ、えっ?」
「市場への買い出し、ご一緒します!町に出た事がなくてですね、出てみたいな、と思ってたんです!」
「そうなの!?そういう事は早く言いいなよ。買い出しの付き合いなんかじゃなくて、俺、案内したぜ?」
「いいえ、今日、ご一緒出来るだけで、本当に嬉しいです」
「本当に?」
「はい!お邪魔ではありませんか?」
「いや、俺は嬉しいよ。シーラちゃんと買い出しなんて、ご褒美以外の何物でもないからさあ」
「では!是非!」
「おう、買い出し、連れてってやんよお」
「ありがとうございます!」
やったー!
シーラは、上機嫌で、ウェストンの隣を歩く。
「いやあ、誘ってみるもんだなあ。こんな美人と買い出しなんて、仕事真面目にしてて良かった」
「あら、勿体ない言葉です」
「シーラちゃんは、どこからどう見ても美人さんだぜえ。
あっ、ディラン様!ジェラート団長も!こんにちはー!
へへへ、これからシーラちゃんと買い出しと言う名のデートなんですよ!いいでしょう。行ってきますねー」
ぶんぶんと、小太りのおじさんがディランとジェラートに嬉しそうに手を振る。
シーラは2人に無言で簡単な礼をしてやった。
***
そして、取り残されたディランとジェラートだ。
「はあ、私、絶対、嫌われてしまいましたね」
ぽつりとジェラートは呟いた。