13.詮索と素敵な話達
今日こそは、き、聞くわよ。
無事にお給料日も終わり、少し経った頃、図書室での読み書きのレッスンの終わりに片付けに入りながら、ごくり、とシーラは唾を飲み込む。
週に1回程度で行っている読み書きのレッスンには現在、最初の生徒のリリーも含めて3人のメイドに、1人の庭師見習いの、計4人の生徒が参加している。
図書室を使えるようにして、本当に良かった。さすがに、この人数だとシーラの部屋でレッスンを続けるのは難しかっただろう。
そして、今日、シーラはレッスン前も、レッスン中も1つの使命で頭がいっぱいで、正直、少し上の空だった。
でも、今日こそは、聞きたい。
シーラは、せっせとノートをまとめているリリーの前にそっと屈み、机に顔を乗せる。
そして、小声で声をかける。
「リリーさん、リリーさん、聞きたい事があるんです」
こんな、屈みこんで、こそこそ話なんて、本当に淑女としてあるまじき行為だわ。
と、ちょっと顔が赤くなる。
でも、もう、侯爵家令嬢じゃないもの。
、、、その代わりに辺境伯夫人だけど、
まあそれは、書類上だけだし、気にしない事にしよう。
「シーラさん、どうしました?何ですか?」
リリーが、シーラの小声に合わせて、こそこそ聞き返してくれる。
「あのう、、、ちょっと気になってる事があってですね」
こそこそ。
今から聞く事は、詮索、以外の何物でもないので、ちょっと後ろめたい。
他人の男女の関係性を探るなんて、、、
はしたないかしら?
そう、シーラが今から聞こうとしているのは、ある2人の男女の関係性についてなのだ。
こんな事、自分から聞くのは初めてだわ。
背徳感で、ドキドキしてしまう。
でも、さすがに気になるもん。
何だか、初日から少し引っ掛かってはいたのよ。
それに、お給金の計算まで頼むなんて、本来ならあり得ないと思うの。
2人の関係性を確認しておくのは、大切だと思うのよ。
「メグさんの事なんですけどね」
こそこそ。
「はい」
こそこそ。
「メグさんと、ウェストンさんって、、、あの、、、、そのう、」
ドキドキ、こそこそ。
「ど、どどど、どういう、ご関係なのかしら?」
きゃあ、聞いちゃったわ!
緊張で、少し顔が赤くなるシーラだ。
だってさ、だってさ、同僚だけの関係にしては、2人は大分、馴れ馴れしいと思うのよ?
絶対に、その、ねえ?
ほら、こ、恋人的な?
そういう関係だと思うの。
きゃー、恋人かしらね、やっぱり恋人なのよね?
「ああ、なんだ、2人は夫婦ですよ」
何だ、そんな事か、という顔でリリーがあっさり答えてくれた。
えっ!!
「まああ、そうなの?夫婦!そっかあ、夫婦、、、、てっきり、恋人なのかと。やだ、でも夫婦なんて素敵ね」
なるほど、夫婦かあ。
「えっ、素敵ですか?」
「ええ、気を許しあってる様子だし、仲もいいでしょう」
ウェストンに、お給金の計算までお願いするなんて、信頼もしてるのだ。
「あー、まあ、そうですね。確かに甘い雰囲気はないけど、仲良しですね、なるほど、素敵ねえ」
「ね。そうかあ、夫婦、、、、」
「結婚してから、結構経つんじゃないかなあ」
「じゃあ、お子さんもいるのかしら?」
「あ、それは、、、いないんですよ」
リリーが少し言い淀んだので、シーラは聞いてはいけない事だったとはっとする。
「ごめんなさい、調子に乗ってしまったわ」
「大丈夫ですよ。皆知ってます。そもそも、メグさんは、子供を成さないからって嫁ぎ先から離縁された男爵家令嬢だったんですよ」
「そうだったのね、、、ご免なさい、変な事を聞いて」
それは、ますます聞いてはいけなかった。
「大丈夫です。今はもう、メグさんは気にしてないはずです。戻った実家で居場所がなくて、こっちに働きに来たメグさんに、ウェストンさんが猛アタックして、結婚したらしいです」
「え、やだ、ますます素敵じゃない」
猛アタックと聞いて、気まずかったのが吹っ飛んでしまうシーラだ。
「え、素敵ですか?ウェストンさんですよ。小太りのおじさんですよ?」
「猛アタックなんて、情熱的じゃない」
シーラはそういうの、された事がないのだ。
婚約者だったライオネル王子は、王子らしく自信家の少し高慢な人だったから、シーラが自分の事が好きで当然、という態度で、アタックなんてされなかった。
そして、王子の婚約者のシーラには、誰も愛なんて囁かなかったし、匂わせもされなかった。
猛アタック、、、、。
何したのかしら?何するのかしら?
やだわ、次にウェストンさんに会った時、私、照れちゃうんじゃないかしら。
「ふふ、シーラさんは、押しの強い方が好きなんですか?」
「ち、違うわよ。どんな感じかなあってドキドキするのよ」
「シーラさんなら、いっぱい経験してそうなのになあ、、、、ああ!君の輝く銀糸の髪の毛に、アメジストの輝きの瞳、僕は永遠にそれらに囚われるだろう!、みたいな?」
「言われた事、ないわよう」
ないのだ。
月の妖精、とは言われていたけど、それは遠巻きに言われていたのであって、何というか、ただの観賞対象だ。
「こんなに、素敵なのに」
「ありがとう、、、」
何だか照れる。
「うふふ、どういたしまして」
「あら?ところで、リリーさんは、ノートを二組も取ってるの?清書用?」
そこで、シーラはリリーの手元に、ノートが2冊ある事に気付いた。
「いえ、これは、1個は、家の弟の分なんです」
「、、、もしかして、読み書きを習いたかったのは、ご家族のため?」
「えへへ、そうです。字が書けると、仕事も選べるでしょう?お休みの日に持って帰って教えてるんです」
「リリーさん、、、、」
なんと、今日は素敵な話ばかりではないか、とシーラは感極まる。
出戻り男爵令嬢への猛アタックに、弟思いの若きメイド、これも、大自然効果なのだろうか。
「予定が合うなら、弟さんもこちらに来てもらったらどうかしら?」
ひとしきり感動してから、シーラはそう提案してみた。
「えっ」
「あ、でも、お城だし、部外者立ち入り禁止とかあるかしら?」
「あ、いや、家のお使いで時々来てるし、たぶん、それは、大丈夫だと、、、、それより、人数多くなったら、シーラさんが大変でしょう?」
「私は平気よ。サッハルトの領民が字を学ぶのは、領地の為にもなるでしょうし、やるべき事だわ」
王子の婚約者としてこなしていた公務でも一度、王都の平民の子供達に、読み書きを教える学校の案が出ていたくらいだ。いろいろあって、ぽしゃったけど。
優れた人材を育てる事は、ゆくゆくはその土地の為となる。
「領地の為、、、、シーラさん、志が高いです」
「こちらには本当にお世話になってるもの。是非!私に弟さんを素晴らしい人材として育てさせて欲しいわ」
2つの素敵な話に完全に影響されているシーラだ。
「いやいや、うちの弟は、そんな領地の役には立ちませんよ」
「分からないわよぉ」
「立ちませんよぉ」
とか何とかやり合って、次回からはリリーの弟も参加する事になった。