12.お給料日
図書室での作業の翌週のその日の朝、ばちっっ!とシーラは目を覚ました。
3日前に、今日、この日を聞いた時は興奮で眠れなかった。昨夜も寝付けないのではと不安だったが、無事に眠れたようだ。
いそいそと顔を洗い、身支度して厨房へと向かう。
「シーラちゃん、お早う。今日も早いね」
ウェストンがいつものように挨拶してくれるが、少し上の空で返事をする。
水を汲み、お湯を沸かす。
程なく、早番のメイド達もやって来て、朝食の準備が始まる。
皆、一様に少しウキウキしている。
ウキウキしたまま洗濯、掃除を終えると本日のメインイベントだ。
早番のメイド達は昼食後、皆でメイド長であるメグの部屋に列を成す。
本日のメインイベント、それは、お給料の受け取り、だ。
そう、本日はお給料日。
シーラがサッハルト城に来て3週間と少し経ったこの日、シーラにとって初のお給金が貰える日なのだ。
周りのメイド達は、「もうすぐ弟の誕生日だから何か買ってあげるんだ」とか、「今月は少し多めに家に送ってあげるの」とか、「やっとこれでずっと欲しかったブーツが買えるわ」とか、「懐があったかい内に今度、町のカフェに行きましょう」と賑やかだ。
お給金かあ、、、、、
どうしようかな、何か買う?
シーラも、そわそわと考えてみる。
買い物なんて、子供の時の駄菓子屋以来だ。
でも、何を買ったらいいかしら?
、、、、、、。
本、、、はまだ無理よね。高いもの。
服、、、は別に要らないし。
お菓子?
いやいや、子供じゃないんだし。
、、、、、、。
貯金、、、かしらね。とりあえず。
何だか夢のない結論になってしまった。
まあ、いいか。
シーラの番が来て、ノックをしてメグの部屋へと入る。
ウキウキしていたシーラはしかし、そこでぴしり、と固まった。
「メグさん!?大丈夫ですか?」
そこには、窶れきったメグが居たのだ。
憐れなメイド長の目は真っ赤に充血していて、目の下には、はっきりと隈があり、いつもきっちりひっつめてある髪の毛はボサボサだった。
「ああ、シーラだね、いいんだ、給料日前は私はいつもこんなだよ、気にしないどくれ」
覇気がない声で、遠い目をしてメグは言う。
「お仕事、溜まってるんですね、、、、」
部屋を見回すと、前に見た時より机の上が壮絶になっている。
「給料日前はね、、、、通常の仕事に加えて、給料の計算に、引き出しに、振り分けに、送金に、いろいろあるからねえ。
ほら、あんたの分だよ。今月は日割りになるから額は期待するんじゃないよ」
メグがよろよろとシーラの分のお給料の封筒を渡してくれる。
その重みにびっくりして、シーラはすぐに中身をざっと計算した。
「、、、、、メグさん、貰いすぎです」
「何言ってるんだい、妥当な額だ。辺境伯のお城だよ、馬鹿にするんじゃないよ」
「いいえ、これは、明らかに貰いすぎです」
むっとしているメグにシーラは封筒を突き返した。
どう考えてもおかしい額なのだ。
シーラの強い態度に、メグは封筒の中身を渋々確認する。
「、、、、これは、、、、多いね」
中身を確認したメグが厳かに言う。
「ええ、変です。私の給料の根拠と計算表は残してますか?あれば見せてください」
メグがいそいそと給料計算の表を出してきて、シーラはパタパタと頭の中で計算しながら、それを確認した。
「ここ、ここですね、掛ける金額が変です。日額じゃなくて、1週間分の額になってますね」
「本当だ、、、ああ、ウェストンになんかに頼んだからだ、あいつ、計算出来るとか言って、全然じゃないか、頼むんじゃなかった」
メグが頭を抱える。
「大丈夫ですよ、気付けましたし、えーと、だから、貰う額は、、、、、、これだけですね」
シーラは正しい額を表に書き込むと、封筒から余分な分を取り出した。
「駄目だよ、こっちのミスなんだ、これはもうあんたの分だ」
「えっ?何言ってるんですか?貰えませんよ」
「でも、私が悪いんだよ」
「だからって、気楽に貰える額ではないです」
「私の気が収まらないんだよ!ウェストンに任せた挙げ句、チェックもしなかったんだ、ちゃんと見てたら絶対に気付けたのに」
メグは赤い顔で、ぐいぐいと取り分けた分をシーラに押し付けてくる。
そんな事言われたって、貰うわけにはいかない。
気軽な金額じゃないのだ。
でもメグは納得してくれなさそうだ。
どうしよう、とシーラは考える。
考えて、シーラはなんとかお金を突き返すと、そこから少しだけ手に取った。
「じゃあ、メグさん、ありがたくこれだけ貰います。でもこれは前払いだと思ってください。来月のお給料日前は、お金の計算を手伝います、その分です」
「はあ?何を言ってるんだい!」
「お給料が少なく計算されたら困りますからね」
「そんなこと、」
するわけないだろう!と続くはずの言葉は続けられず、メグはぐっと黙った。
今まさに、シーラのお給金を間違った所なのだ。
「あり得るでしょう?私は気付けますが、お金の計算が苦手な子はそのまま受けとるかもしれません」
メグがしょんぼりする。
「もし、私が皆さんのお給料を知る事が良くないなら、それ以外のメグさんのお手伝いをしましょう」
「それは、、、大丈夫だよ。あんたは訳ありだから、読み書き計算は問題ないんだろう?ディラン様には言っておくよ」
「お手伝いさせてくれるんですね!」
「少なく渡す訳にはいかないからね。
はあぁ、悪いけど、今並んでる子達に、遅番と同じタイミングで来るように言っておいてくれ、一度、計算表と金額を確認するよ」
「分かりました。伝えてまた戻って来ます、確認もお手伝いしますね」
「それはいいよ」
「良くないです、メグさんはここ何日かあまり寝ていないでしょう、そんな状態でお金の計算なんてムリです。ミスの元です、手伝います、よろしいですね」
シーラは少しだけ侯爵令嬢モードでびしっと強めに言うと、メグは驚きながらも素直に頷いた。
シーラは部屋を出ると、並んでいるメイド達に給料の計算間違いがあるかもしれないから、その確認で渡すのが夕方になる事を伝える。
そうして、メグの部屋へと戻り、パタパタと計算してお金を数えた。