11. 塗り直し大作戦
「何してるんですか!?」
今日は非番の日なのだろう、午前中から図書室にやって来た私服姿のジェラートはびっくりしていた。
窓を開け放っているのだが、それでもオイルとニスの匂いが充満する図書室で、シーラとナターシャが、せっせと机のささくれをヤスリでならして、ニスの塗り直しをしていたからだ。
本日は、シーラとナターシャの2人で非番の日を合わせて、図書室の机とベンチの補修と塗り直し大作戦なのだ。朝食後、庭師に借りた作業着に着替えて図書室での作業に入っている。
昼食は、シーラがコック長のウェストンにお願いして作ってもらったサンドイッチを持ち込んでいて、今日は1日中図書室に籠るつもりだ。
「お早うございます、ジェラートさん。机とベンチの塗り直しです」
シーラは爽やかに答える。
最近は、ジェラートに少し気を許すようになったシーラなのだ。
「えっ、何故そんな事を?しかもこのお二人で」
「図書室をよく利用する者として、もっと過ごしやすくしたいな、と。大分傷んでましたでしょう」
「ですが、、、、しかも、その格好、本日はお休みなのでは?城の事をするのに、休みを返上するなど、ダメです」
「でも、趣味みたいなものです、楽しくやってますし、ねえ、ナターシャさん」
数日前から、まるでピクニックにでも行くような、はしゃいだ気持ちで2人で準備をしたのだ。
今日も朝から、鼻歌交じりで作業を始めている。
「ええ」
ナターシャが朗らかな笑顔で応じる。
「いや、、、しかし」
ジェラートはしばらく逡巡した後、無言でまずは持ってきた本を棚へと返しに行った。
そして本を返し終わると、優雅に腕まくりをして、シーラとナターシャの間に加わった。
「ジェラートさん?」
シーラはびっくりして、ジェラートを見る。
「手伝います。最近、掃除がされているなと思っていたんです。あなた方だったんですね」
「でも、本日は非番でしょう」
シーラの言葉にジェラートが呆れる。
「お互い様でしょう。3人でやれば捗ります」
「そうですけど」
「私もこちらはよく利用しているんです、使い易い方がいい」
ジェラートに、にっこりされて、シーラは「分かりました、お言葉に甘えます」と微笑んだ。
「本、お好きだったんですね」
「仕事柄な部分はありますけどね。ディラン様の調べものを手伝ったりもするので。
ところで、そちらはお昼ごはんですか?1日中、作業する予定なんですね?」
目ざとく、サンドイッチのバスケットを見つけられた。
「ウェストンさんが作ってくれたサンドイッチです。ここで食べようと思ってるんです。ちょっとピクニックみたいでしょう」
シーラが嬉しそうに言うと、ジェラートが、ぽかんとした顔をする。
「ピクニック、って、、、、」
「あ、、、、、、、、図書室で飲食は禁止でしたね」
しまったぞ、とシーラは思う。
ナターシャを見ると、ナターシャも、しまったわ、、、、という顔をしていた。
ぴしり、と固まった女子2人にジェラートは、可笑しそうに笑った。
「あはは、すみません。咎めたのではなく、ご令嬢2人が、こんな埃っぽい図書室でのピクニックを楽しそうにしてるのが意外だっただけです。ふふふ、しかし、ピクニックとは、、、、」
「馬鹿にしてます?」
シーラの顔が少し赤らむ。
「してませんよ。何でも楽しめる素敵なレディ達だな、と思っただけです。ただ、図書室は飲食禁止ですけどね」
「それは、、、そうですよね」
「そんなに、しょんぼりしないで下さい。今日は見逃しますよ」
ジェラートの、見逃します、にシーラとナターシャの顔が、ぱあっと輝く。
「「ありがとうございます」」
2人は声を揃えてお礼を言った。
その後は3人で黙々と、ヤスリと塗り直しを行い、お昼になると、ジェラートは「また、戻ってきます」と言って昼食を食堂に食べに出ていった。
そして昼食後、ハンスを連れて戻って来た。
遅めのお昼で、サンドイッチをパクついていたシーラとナターシャを見て(シーラが思うに、主にナターシャを見て)、ハンスは尻尾があれば、めちゃくちゃに振ってるんだろうな、という様子で図書室に入ってくる。
ハンスは本日非番ではなかったようだが、業務命令でこちらに引っ張ってきたらしい。ハンスは嬉々として、ナターシャの隣でヤスリをかけだした。
そうして、4人で夕方まで図書室のベンチと机の塗り直しに励んだ。
作業中は、主にハンスが魔物が出た時の事なんかをいろいろ話し、シーラがメインで相槌を打つ。ナターシャとジェラートは、時々、聞いてますよ、くらいの反応を返しつつ作業を進める。
おやつ時には、ウェストンがお茶と焼き菓子を差し入れてくれたりもした。
日が傾く頃には、あらかたの作業が終わり、ニスを乾かすだけとなる。
「元の場所へは、明日の朝、私が戻しておきますよ」とジェラートが言ってくれて、シーラは充実感いっぱいで部屋へと戻った。