冥翼王
円形の穴の形をした広間に7つの魔方陣か描かれ、その1つ1つに奇妙な幼児達がいた。
鳥と人と魔族の中間のような姿をしている。
いずれも死の力の結晶、タナトスジェムとそれぞれ違う属性のジェムを一心不乱に喰っていた。
円形の穴の縁でその様子を、数日前にアルター遺跡でケンスケ達にアンデッドモンスター群を放っていた冥王信奉者の女が見ていた。
今はフードは被っておらず顔を晒している。皮膚の一部に岩のような形質を持つ姿をしている。と、
「レイミ」
そう呼んで、女の側に同じように岩の肌を持つが、獣人の血も混ざってるようでもある冥王信奉者のローブを着た男が歩み寄ってきた。
「随分育ったね」
「食欲旺盛だ。特に火の個体と、土の個体の成長が早い。火と土のジェムが足りない」
「どうせバレてる。今後の運用テストも必要だし、派手に盗みにいかせないかい?」
「・・目星は?」
「目星というか罠を張ってるみたいなんだよ、乗ってやろうよ?」
冗談めかす男。レイミと呼ばれた女の方は眉を潜めた。
「どの道餌がなくなれば暴走するし、リーラ州以外の信徒達にもいい宣伝になるよ?」
「日和見ども等どうでもいい」
「同じ冥王信徒だよ? 仲良くしなくちゃ。それに宗教はビジネスでもあ、おっとぉ」
レイミが死の力を強く秘めた短剣を男の喉元に突き付けた。
「ヨズー。正統な冥王の使徒たる純血のニーベルング族を地上に復活させる! それが我ら穢れし混血の信徒の使命だっ」
「了解了解、完全に同意してるよ。ただいい機会だからさ、無能だけどやる気だけはある人達をちょっと整理してみない?」
ヨズーと呼ばれた男は喉元に死の刃を向けられたまま、挑戦的に言った。
・・冥翼王と呼ばれたモンスター達がいた。かつて人間と亜人族連合との争いで劣勢となったニーベルング族が冥王と契約して誕生させた魔人だ。
強力なのは勿論、被害者の生命を冥王に捧げることで負の奇跡を起こす厄介な特殊能力を持っていた。
この能力で当時、地上では様々な災いが起こり、またニーベルング自身もこの災いの為に滅びたとされている。
冥翼王の生成には一定の規模と機能を保ったニーベルングの遺跡、そして純血のニーベルングの存在が必要であるはずだった。
しかし今回、ニーベルングが絶滅しているにも関わらず7ヵ所の遺跡で冥翼王の誕生が確認されていた。
いずれも赤子のようや不完全体であるようだが、爆発的な捕食を必須とするものの進化は速いと想定される。
既に残存の広めの判定で該当として遺跡は全て封鎖され、生成が行われる最深部構造の破壊、ないし浄化が実行されていた。
リーラ州政府と州ギルド本部が相当に警戒していたが、まだ事態は公になっていない。
今後の進展、被害の拡大は冥翼王が幼体とされる現在の初期対応次第となっていた。
「と、いうワケだ。国の諜報部の報せでは連中はどうも火と土の触媒が致命的に不足してかなり慌てている。そこで、罠を張ることにしたんだが・・まず、改めて、君達に意思確認したい。この件に協力できるか? 断ることは勿論できる。どうかな?」
多忙のゼンミン3係長に代わって、ヒロシさんが投影宝珠を使って解説してくれていた。
魔工冷風機が若干利き過ぎた会議室に集められたのは俺、ディン、フルッカさん、それから普段は現場に出ない、医療部で活動し制服も医療部なザルビオ・モモイーさんと、同じく現場には出ない整備部で活動し制服も整備部なカナヒコ・ルストボルトの5人だ。
「私・・やります! 魔本3冊の力きっと役立てると思いますっ」
真面目だな、フルッカさん。
「オレもです! ただ冒険するだけなら東方遊撃班に入ってないんでっ」
ほほう、ディンもか。
「私は現場で新鮮な怪我人の治療ができるならそれで・・フフフッ」
モモイーさん?
「オレ達は中近距離戦とか無理ですよ?」
カナヒコ、まともだ。良かった・・
「後方支援の2人は相応の配置と役割だ。ドラドッチみたいにトンカチ持って突っ込めとは言わんさ」
酷い言われようだっ、ドラドッチさん。
「そういうことなら・・」
「治療できるなら。フフッ」
ここで俺に視線が集まった。
思えば、ノイノイさんのタンクトップに釣られて地獄の特訓にハマり、ロドリーと張り合ってサポーター登録をやめ、条件がいいのとこれといって目的がなかったので東方遊撃班に登録し・・色々あったなぁ。
ブラウンモルトに来てからほんの数日で、ボンバーアップルティラミスを配って腕立て伏せして魔工冷風機を念入りに掃除した以外は、ひたすらモンスターやら鬼人やらとバトっていたが、どうしたもんか?
正直、職責というのはまだ感じていない。
ただ放っておいてずっと自分達だけ安全圏で済む話ではなさそうだし、何より、なんでもできるんじゃないか? できそうだぞ? そんな根拠無き勢いのような物は内にある気がした。
「やるますよっ! フルッカさんのサポートは2人は必要でしょうしねっ」
俺ははっきり言った。やるぜっ! 冥翼王? 鳥だろ? ドンと来いっ!!
それから2日後。俺、フルッカさん、ディン、ドラドッジさん、アマネさんはブラウンモルト村から見て東、ファジーネーブル市からもそう遠くないオパル石炭貯蔵基地の端にある空き倉庫の2階を改造した待機部屋にいた。
実は昨日から待機している。暇なので狭く簡素な仮設キッチンで芋粉を使ってスィートポテト擬きを作ったりもしていた。
食べながら軽くミーティングだ。
「来ますかね?」
「国の諜報部の話だと連中の火と土のジェムの不足が相当マズいみたいでしたし。・・ケンスケ、味が足りない。スライスレモンを入れた方がいいんじゃないか?」
「レモンジャムしかねーよ」
「慌てぶりからしても、暴走のリスクがあるのは間違いないじゃん? んぐっ、お茶!」
「あるぞい」
俺達の作戦は、この石炭基地で火の属性の冥翼王の幼体? ないし、幼体の餌として石炭を盗みにきた冥王信奉者を討つこと! 州に限らず国内の主な火の触媒、レッドジェムの貯蔵庫、火山、その他火の冥翼王の餌になりそうな場所や素材で規模のある物は、全てこの石炭基地以外は厳重に警備されている。
このオパル基地も標準的な警備は備えていたが、権利関係が複雑で調整中である工作が行われていた。
実際は俺達の他に多数、ギルドや州軍等の構成員が隠れて待ち構えており、一般職員離脱用の小型転送門やシェルター等を各所に配置。
石炭貯蔵ドームも即時、通常より強力な魔力障壁を展開する仕様に改造されていた。
土の冥翼王対策も別所で同様の対策が取られていた。どっちも相当コストが掛かっている。空振りはちょっと痛いんだろな・・
俺のレベルも17に上がった。フルッカさんとディンも強くなってる。きっちり自分の役割をこなせばやれるはず!
俺は甘いスィートポテト擬きを齧りながら、緊張していた。
その時、
(通達、諜報部より火と土の冥翼王と見られるモンスターと幹部数名のテレポート移動を確認、同時にオパル基地南部20キロの森林に未確認のテレポート反応、及び強力な火のエレメントを確認! 土のエレメントも対応作戦地付近で確認とのことっ、各自、火の冥翼王と幹部数名との交戦を前提に行動を開始されたし)
州軍のテレパシー通信隊とギルドのテレパシー能力者達と連携して作ったテレパシー通信網でのメッセージだった。
「避難誘導は担当者に任せて、あたしらも行くよっ! 装備は対応したものだかんねっ」
「了解っ!! メイルっ!!!」
俺達は耐熱タイプの武装を纏った。
「わわっ?」
例によってフルッカさんが自分の装備に絡まったので俺とディンで手早くレスキューもした。
5分経たずにオパル石炭基地の南部上空で交戦が始まった。
相手の能力を考慮してこちらはまず飛竜型の魔工ゴーレム軍で迎撃しつつ、相手の力の観測に掛かっていた。
カナヒコは錬成師兼魔工師で魔工ゴーレムの専門家と言える。同質の能力者達と協力して事前にゴーレムを生成し、多過ぎるので大まかな指示を与えて交戦させていた。
待機室を出た俺達は石炭ドーム近くの立て屋の1つの屋根の煙突に偽装した魔力障壁展開器の陰にいた。
アマネさんが水晶で数多い観測用ゴーレムの目を借りて状況を映してくれていた。
「状況が目まぐるし過ぎるけど、カナヒコ達、対応できだしてるじゃん」
最初は圧倒的な火力でゴーレム達は一方的に墜とされて映像もよくわからなかったが、カナヒコ達が相手の立ち回りを学習こて回避、ガード、反撃や牽制に慣れてきて、徐々に映像の視点も安定し、覗き見してるだけの俺達にも状況がわかってきた。
それは鳥と人と魔族の中間のような幼児だった。映像で見た大昔の成体の冥翼王よりもかなり人であるニュアンスが強く見える。
幼体の冥翼王に違いなかった。
激昂しながら超高速で飛び回り、無数の火の弾丸を自在操り、ゴーレム達を墜としている。
火の冥翼王の後方には改造はされているが骨董品のような宗教的装飾の中型の魔工飛行船が控えている。これは魔力障壁を張るばかりで戦闘に参加しない。
「飛行船まで使うのかいっ」
「地上に降りてもらわんと、アマネとディン以外はワシらのパーティーはお手上げじゃの」
「うおおっ、ディン、俺、スカイブルージェム3個持ってきてるからやるよ!」
「あ、ああ。ありがとよ、ケンスケ」
こんな凄い敵と戦うのか? 成立するのか? 俺は緊張を通り越して武者震いが止まらなくなっていた。