鳥の仔たち
一連の騒動で冥府教団はいくつもの宗派に完全に分裂したが、最大閥は海に面したローミ州の古戦場のある辺境の地域をまるごと買収して新たな拠点を構えていた。
父、母を始めとした脅威度の高いニーベルング討伐へのリークを惜しまなかった教団最大閥は国、関連各州、ギルドと不可侵の裏取引を行い、公にはこれ以上の追及はもう、できない。
俺達はローミ州のとある観光島の貧民区に来ていた。
アンモニア臭とソフトドラッグの煙が漂う中、俺達は座ってると痒くなるような酒場の2階の宿泊部屋にいた。
虫の類いはレイミを恐れて近付かないが、俺は普通に集られるから虫除けの香を焚いてる。
レイミはぼんやり開けた窓の外の荒廃した夕暮れの街並みを見ていた。
母個体を倒してからどこか気が抜けたような気もしないではない。
「レイミ、もらうもんもらったら貧民区を出て風呂屋に行ってから出発しよう」
「・・そうだな。野営はネフィートに景色の良い、海辺の場所を見繕ってもらおう。風を読んだが、天候も安定している。今夜は星も見えるだろう」
「・・・」
レイミが酔狂なこと言ってるぞ?
「大丈夫かよ? ぶっちゃけ裏取引があっても、あとは諜報部に任せていいんじゃないか?」
「アイツはそれくらいは想定している。生け贄も集めていたワケだからなおさらだ。また無駄なことになる前に手を打つ」
小さく息を吐くレイミ。
「アイツをアイツだと、認識しているのはもう私だけだろう。これは義理だ」
「義理ねぇ」
随分律儀なこって。
「・・なんだ? 嫉妬か? ククッ」
「別に~」
俺がムッとしていると、気配がして、程なく出入り口のドアがノックされた。
レイミが目を鳥化させて透視して確認した。
「入れ」
フードにマフラーで顔を隠したネフィートが入ってきてそれらを取った。
表情が乏しいタイプだが、ややうんざり顔でガマ口を1つ俺に投げ渡してきた。収納魔法道具のウワバミのガマ口だ。
「いい加減、出頭してもらえませんか? 庇いきれませんよ? 物資もこれまで通り潤沢とはいきません」
俺はざっとガマ口を確認した。
「魔法石の欠片、大気と浮遊の腕輪、カメレオンマント・・ジェム類は少ないけどこんなもんじゃないか? ありがと、ネフィート」
「いえ」
「必要以上の仕事だ。色々、世話を掛けた」
「尚早なことを考えていませんか?」
あくまで淡々と聞くネフィート。
「さあな」
レイミをまた窓の外を見て、それから無口になった。
その夜の、岬の古びた魔除けの野営地から見た星空は全て落ちてくるように鮮明だった。
・・幻術や自白剤の類いに対する訓練を散々やった結果、すぐに自覚してしまう。
これは夢だな、と。
不愉快以外の何物でもないが、最初に教団の混血閥に保護された施設にいる。この夢で、僕は無力な子供の身体だ。こんな物は何年ぶりかに見た。容易に目覚めそうにもない。
気が緩んだ証拠だろう。目覚めた後は諸々引き締める必要があるね。
「コイツ! ヘラヘラしやがってっ」
「生意気なんだよっ」
僕は例によって他の混血の子供達に袋叩きにされていた。
この頃の僕は、ニヤけ顔に加えて減らず口を叩く傾向・・まぁ結局大人になっても変わらなかったワケだけど、そういう所があった上に特にチビで孤立もしていたから、鬱憤の溜まった他の子供からすると格好の標的だった。
中庭の陰で散々殴られ、最後は日差しの降り注ぐ中庭の中央の半ば崩れた冥王像に括り付けられ、満足したヤツらが去ると、僕はぼんやり青空を見上げた。
日に、肌の岩のような特徴部位が炙られてゆくが、一方で打撲の怪我は回復してゆく。僕の汚い血。
空には鳶かか鷹か? 猛禽類が2羽、旋回していた。
「死んだら集るつもりだろうが、アテが外れてる」
中庭の端の陰で死霊使いの入門書を読んでいた、子供のレイミが言った。
「わざと怒らせて、相手の程度と、自分の運を試しているな? バカだな」
不貞腐れた顔つきをしてるくせに平静を装い、それでいて意思の強い目をしていた。心底嫌いなヤツだった。
「・・復古派に入るんだって? 御先祖を蘇らせて、それで状況よくなるとか思ってんの? お菓子の家にでも住めると思ってるんじゃない? ふふふっ」
「確かめないと、何も始められない。いつまでも幻想を追うだけじゃ、そんなの呪いだ」
「正気でやり切るつもりだよね? レイミは頭がオカシイんだよ」
「ヨズー、お前は大人になれたらどうする?」
「・・そうだね」
何も考えていなかったけどさ、分別ぶったレイミが憎くて、僕はこう答えたんだ。
「君が呪いを解くなら、僕は新しい呪いを掛けるよ? 今度は公平に、僕達以外にも、全てに!!」
子供のレイミは僕をジッと見て、それから言った。
「私は、いつまでもお前の相手なんかしない」
レイミはボロボロの入門書を閉じて、中庭の陰から立ち去っていった。
見ると空の鳥達も去っていた。思えば因果を知る冥王の先触れだったのかもしれない。
僕とレイミの関わりは、それからもそんな物だったな。
「っ!!」
目覚めた瞬間っ、光と、風と、稲妻を纏い、天井を突き破った巨大な鳥が供物の間の陣に並々と拡がっていた苦労してここまで顕現させた冥王の臓物の一部を鉤爪で床ごと引き裂き、粉砕して消し飛ばした!
魔力だけで浮き上がるその鳥は、供物の間の固く術で閉ざされた出入り口側に備え付けた、お気に入りのソファにいる僕を静かに見下ろした。
(ヨズー、夢の時間はお互い終わりだ。どちらが目覚められるか? 選び取ろうか)
「ふふふっ」
おかしくてしょうがない。その力や諜報部辺りの働きを差し引いて警備がザル過ぎる。
あれだけ厚遇してやったのに幹部連中は余程、僕が気に入らないらしい。混血閥の幹部も日和ったな。
いや、そうか。完全に手打ちにするには教主くらいは討たせてやろうということか。
なるほど、合理的だ。さすが僕の閥を選んだ者達だ。
「混血はどこまで行っても混血だね。それから・・」
僕もまた、怪鳥の姿に変化した! 冥翼王の気紛れを得たのは1人じゃないさっ!
(レイミ。君のいつまでもは、随分気長じゃないかっ?!)
僕は土の冥翼王から与えられた大地の力と死の力の旋風を纏い、レイミに襲い掛かった!!
俺はケンスケ・ナツキ。東方遊撃班所属の、将来有望な冒険者だ。潮っぽい風を受けながら、朝陽が眩しいぜっ。超ツイてる気がするよなっ!
「・・・」
俺はカメレオンマントを羽織り、消臭剤を被り、浮遊の腕輪と大気の腕輪を併用し、エアブレッシングに加えて覚えたてのヘッタクソな潜行魔法、ハイドを重ね掛けして、冥王教団最大閥の遺跡を利用した宗教都市上空に浮遊していた。
諸々合わせて魔力の消費が激しくっ、既に魔法石の欠片を5個も消費していた。今回、そんなアイテム類に余裕無いのに!
レイミが宗教都市の奥にある神殿に突入してから、神殿のあちこちで爆発が起きている。
奇襲に失敗していたら冥王の臓物だか肉片だかを使われて天変地異的なことが起きていたはず。
最初の一手は成功したんだろうけど、外に飛び出してくるのが予定より遅いな・・
「うう~・・っっ」
焦れったくマントの下でミスリルシールド+1を持ち手を握り締めていると、
「っ!」
神殿の一角が一際大きく炸裂しっ、2体の巨大な鳥が縺れ合うようにして飛び出してきた!!
「ケェエエンッッ!!!」
「ピュウウウッッッ!!!!」
1体は周囲の土や岩と負の瘴気を纏い地上の被害も構わず喰らい付き、もう1体は風のみを纏ってなるべく上空での交戦に誘導していた!
ジェム類は使い切ってんなっ。このままじゃマズいが、距離があり過ぎるっ。もう少しだ!
風を纏うレイミは激しく争いながら、徐々にこちらに向かってくる。
あと少し、少し・・・範囲内っ!
「リフレクトっ!!」
氷属性のホワイトジェム3個を対価に冷気の反射障壁を土と瘴気の怪鳥、ヨズーの眼前に発生させて激突させ、身体の前面を一時的に凍り付かせてやった!!
「ケェエンッ!!!」
その隙を逃さず鳥のレイミは鉤爪でヨズーの胴体を深く斬り付け、吹っ飛ばしたが、同時に土と瘴気の渦でカウンターを喰らっていた!
さらに怪鳥ヨズーは体勢を崩しながらも俺に対しても位置を特定して、口から音波の衝撃を放ってきたっ!
「亀ぇッッ!」
鉄亀で受けたがまた簡単に盾を砕かれ、左手も枯れ枝みたいにあっさり折られ、カメレオンマントを引き裂かれ、俺は真っ逆さまに墜落していったっ。
が、それはそれ! 俺のジョブは守護兵っ。守ってなんぼだぜっ!
「プラスヒールっ!!」
じっくりはしてられないっ、魔法石の欠片3個を対価に翼をボロボロにされていたレイミに上位回復魔法を掛ける! 掛かったっ、よし!!
で、俺の眼前にレイミ達の戦いの余波でめちゃくちゃにされてる宗教都市の地面が迫っていた。
浮遊の腕輪は砕けていた。
「フライトっ! んんっ、リフレクトっ!」
飛行魔法だけでは止まらず、素の反射魔法で地面で打ってバウンドする俺っ。ショックで飛行魔法の維持は失敗!
「メイル! 鼓連剣っ!!」
瓦礫に突っ込むギリギリで収納魔法の空間から聖骸の剣を取り出して連打技を瓦礫に打ちまくり、なんとかミンチになるのを阻止したっ!
「はぁはぁはぁ・・・着地って、大事だな」
剣にはヒビが入ったがまだ使える。俺は魔法石の残数は2つ。俺は魔法石の欠片を1つ自分に使い、
「ぐっ!」
変な風にくっつくとヤバいから折れた左腕の骨を無理から戻しっ、ポーションを飲みながら上空を確認した。
鳥人化して風を纏うレイミが、やはり鳥人化して土と瘴気を纏うヨズーが猛烈に削り合っていた。
ダメージと克服していないらしい日の光の効果でヨズーの方が損耗しているが、ヤツは破壊された宗教都市の犠牲者達の死霊を集めてその不利を補っていた。
「あら?」
左手はまだ痺れていて聖水の小瓶を持てず落として割っちまった。これは諦め、
「ふぅぅっ、ライトブレッシング! ライトブレッシング!! ライトブレッシング!!!」
最後の魔法石の欠片と自分の魔力の全部を使って剣に光属性の祝福を付与しつつ、叫んだ。
「レイミっ!!」
「ケンスケっ!!」
レイミは強引にヨズーに体当たりし、そのままこちらに降下してくる。俺は迷わず輝く剣をヨズーの背に投げ付けた!
ヨズーは土と瘴気の渦を斬撃に変えて輝く剣を粉々に砕いて迎撃し、レイミも弾き飛ばしたが、レイミは旋風で砕けた輝く刃の破片を巻き取り、右腕に集めて輝く光の鉄爪籠手に変化させるっ。
「レイミ! 君だけ行かせないっ、そんなことは許されない!! 君も僕達のようにっ、滅び続けるんだ!!!」
「・・お前は冥王教徒だろう? ヨズー」
2人は宙で激突し、レイミは纏った風を打ち消され光の爪を砕かれながら、ヨズーの土と瘴気の渦と身体の全て引き裂き消滅させた。
「死は、お前さえも許していた。お前は怖がり過ぎたよ」
レイミはそう言って力を失い、落下していった。
「うおおっ」
高さはともかく、瓦礫の結構先の方だったから俺は最後の最後で瓦礫アスレチックな感じで猛ダッシュするハメになった。




