希望の里 後編
誰に名付けられたワケでもないが、私は自身をラコルテュアノーと認識している。混血どもが半端な復活をさせたせいで気味の悪い産まれ方をするハメになった。
かつての私は高血、優美なニーベルングの冥王信徒であったはず。
いくらか他の取るに取らない者どもと混ぜられたせいで記憶も曖昧だが、いずれにせよこのままやみくもに事態の混乱の中で浪費されるワケにはゆかない!
父と母(ふざけた呼称だ。唾棄すべきっ)からは逃れられたが、混血どもの勢力とはまだ切れん。いち早く、私のこのラコルテュアノーの、より強固な勢力を確立せねばっ!
しかし、今日も今日とて・・
「教主様! 長年に渡り妻が不貞を働いていたのですっ。お救い下さい」
「教主様! 親友に借金を押し付けられましたっ。お救い下さい」
「教主様! 何度転居しても別れた男が探偵等を使って居場所を突き止めてくるのですっ。お救い下さい」
「教主様! 私は容姿に恵まれません。妹ばかりが優遇されますっ。お救い下さい」
「教主様! 漠然とした不安があります。生きていると恐ろしいのですっ。お救い下さい」
「教主様! 親類縁者が遺産目当てに私の殺害を考えていますっ。お救い下さい」
「教主様! 何も信じられないのですっ」
「裏切られましたっ」
「不当な扱いをっ」
「教主様!」
「お救い下さいっ!」
「教主様ぁっ!!」
私に救いを求める様々な種族の地上の人ども・・滑稽だな。警察か病院に行けよ。バカなのかな? バカだからここにいるんだろな。バカでありがとう!!
「辛かったですね。ですがよくぞこの希望の里までたどり着きました。敵には死を。苦しみには忘却を・・さぁこちらに、より良き明日の為に」
仰々しい僧服を着た私は岩の肌を隠しもせずに笑顔で人どもに呼び掛ける。
チョーカー型の魔道具、恍惚の肉笛を私は身に付けている。対策の無い凡人ども等、囁くだけで脳を掻き回せる。ふふふ・・
愚かな信徒どもは夢見心地で付いてくる。念入りに印した2つの魔方陣の前に。
「敵に死を与えたい方はこの陣に、苦しみを忘却したい方はこの陣に。さぁ祈りなさい」
「ああ、これでやっと・・」
「おありがとうございます・・」
信徒どもは感涙して拝みながら2つの陣に入っていった。
右手の陣は殺意といくらかの寿命を対価に対象を呪い殺す呪殺の陣。
左手の陣は忌避感とやはり寿命を対価に苦痛の原因の認識その物を消す忘我の陣。
呪殺対象者の生命と、苦痛とはいえ失われた心の多くの部位が生け贄としてストックされる仕組みだ。
手っ取り早く信徒を生け贄にするのが1番効率的に思えるが、それでは信徒等集まらないし、集めても減る一方だ。遺族どももうるさい。
願いは、叶えてやる。多少寿命は奪い薬も売るが、信徒は基本的に殺さない。
それがもっとも短期間で組織を拡大できる方法だと、このラコルテュアノーは看破していた。
言ってみればこれは牧場経営なのだ。
陣に入って信徒どもは私から見てもよほど魔族らしく見える形相で呪殺を始め、あるいはとろけるような顔で苦痛の意識を消し去りだした。
冥府の力を借りて呪殺等した者が普通に死ぬことはもうできないことや、耐え難い痛みが魂の一部であると、この愚か者どもは生涯理解できないだろう。
そうだ、こんな風にまともに思考できない者どもをもっと増やさなくては。ふふふっ・・・
私がそんなことを考えていると、遠くからいくつもの轟音と、地響きが伝わってきた。
「なんだ?!」
信徒どもも驚き祈りを中断してしまった。くそっ、1度我に返った人どもを洗脳し直すのは面倒だっ。
「報告します!」
冥府教団から引き抜いてきた私の手駒達が慌てて、希望の間、に駆け込んできた。
「何事だ?!」
「敵襲ですっ! 結界装置を破壊されましたっ」
「外から州軍どもがっ」
「内部にも手練れの冒険者や諜報部員らしい者が入り込んでいます!」
・・拠点を移したばかりっ、気付かれるのが早過ぎる!
「州軍どもにはアンデッド兵を放て! 内部は確固撃破しつつ、離脱転送門へのルートを死守しろっ! 資産は全て持ち出せ!」
「御意っ!」
手早く希望の間から出てゆく手駒ども。
「これはっ?」
「一体何が??」
信徒どもの方は危機と危険に、思考することまで思い出し始めているな。
「・・・」
私は念力で希望の間の中央の台座に突き刺していた白霧の長巻を引き抜き、手元に引き寄せた。
判断力を鈍らせる霧を展開する魔道具だが日光対策にも使っていた。が、精神汚染は対策済みであろう者どもには無意味。
恍惚の肉笛もアテにならない。生け贄に対価で冥府教団から獲得する得物はもっと戦闘的な物を得ておくべきであったか?
他にも、ヨズーのヤツめっ! ロングレンジテレポートの書のレートを異様に高値に吊り上げたことが恨めしい。
・・いや、そうか。私の組織が短期間で成長し過ぎたからリークされた可能性すらあるっ。
「くそっ、地上のカスども!」
「教主様?」
すっかり正気に戻った様子の信徒ども。私はとびきりの笑顔を向けてやった。
「そろそろ店仕舞い、ということですよ? 豚ド畜生の皆様」
私は笑顔のまま白霧の長巻を畜生どもに向かって振るったが、
「リフレクトぉっ!!」
「っ?!」
反射型の魔力障壁を畜生どもの前に張られ、攻撃を弾かれ仰け反らされた!
「あっぶねっ! 初めて遠距離位置対象で使ったわっ」
「ケンスケ~、ええんちゃう? 自分~」
「ヤッポもカッコイイって思った!」
「あまり褒めるな、図に乗る。お前達が思っている以上にな」
「んだよっ」
緊張感の無い会話。内、知っている! 忌々しい気配が1つ!!
「奇遇ですねぇ、裏切りの鳥っ!」
私は振り返り、霧を纏いながら敵対者どもと対峙したっ!
レイミとカリントさんが周囲の石材を砕く攻撃力を持つ逆巻く霧の中に突進して速攻を掛けてるっ。ヤッポちゃんは召喚準備!
俺は補助魔法はもう一通り掛けてあるから、魔法の発動を維持しつつ、明らかに邪魔な信徒達をこの場から逃がす係に回るぜっ。
「あんたら、ここから出ろ! 巻き込まれるぞっ?!」
グレネードガンで炎上弾を撃ちながら叫ぶ。わざとちょっと近くで炸裂させたから信徒達は仰天して希望の間、とかいうふざけたネーミングの部屋から逃げ出していった。
熱心な信徒らしいが思い切りブラックな現世利益のゲス宗教だ。そりゃ利己的に動くさ!
「お願いっ! オボロムシャっ!!」
ヤッポちゃんは奇妙な霧を内包した極東の鎧の戦士のようなモンスターを召喚した。
俺は取り敢えず聖骸の剣に聖水を垂らしておく。
「剣難! 剣難!!」
物騒なことを喚きながら納刀した刀の柄に手を掛け、奇妙な構えを取るオボロムシャ!
「剣・難っっっ!!!!」
遠過ぎだろ? という間合いから抜刀するオボロムシャ! その霧を帯びた斬撃は教主個体のニーベルングの魔道具による逆巻く霧を断ち切り、その首に装備した魔道具、恍惚の肉笛を切断して外した!
「くっ?」
「近接行けるようなったでぇっ!」
「勝機っ!」
精神耐性アクセサリーを付けても間近であれこれ吹き込まれると厄介だった、魔道具が失われ、カリントさんとレイミは一気に詰めた。
俺もいい位置まで接近する!
「聖拳鳳仙花やっっ!!」
光属性の連打技を護拳付きの籠手で打ち込むカリントさん!
霧の魔道具、白霧の長巻にヒビを入れ、纏っている逆巻く霧自体を5割方消し飛ばしたっ!
でもって、ここだ!!
「おりゃっ!」
俺は単純に教主個体に聖水をたっぷり染ませた剣を投擲した。
「っ!」
対峙してない角度から普通に追い打ち攻撃されるのは普通にやり難いっ。
教主個体は無理な耐性で白霧の長巻を振るって剣を受け、柄を中程から砕かれ、さらに跳ねた剣で右肩を傷付けられ、その傷口は聖水と剣の光属性で激しく焼かれた!
「散れ!!」
隙を見せた教主個体の胴を両鉤爪で深々と魂ごと切り裂くレイミっ!
「がっはぁっ?!」
「剣難っ!!!」
とどめは霧と共に飛び込んできたオボロムシャの斬撃で、教主個体は首を跳ねられた。
「よっしっ! やったなっ」
「最後に戦う段までが難儀したわぁ」
「ありがとうオボロムシャ! あとでライスボールとタクアンピクルとミソスープとホットグリーンティをあげるね」
「カタジケナシ・・」
オボロムシャは召喚を解除され、消えていった。
「ふんっ、手間を掛けさせたな」
また敵の幹部のようなことを言いながら、床に転がった教主の頭部を鉤爪の手で拾い上げるレイミ。
「・・ふふっ、見事だ。裏切りの鳥、レイミよ」
おっ? 頭部だけで喋った?!
「最後に言っておく、私の名前はラコルあぽぽぅぽぉおっっ????」
掴んだまま鉤爪を伸ばし、脳まで通すレイミっ!
「ゲスに名等必要無い。お前の脳を調べる」
「ぽぽぽぽ????」
「レイミ、容赦無いよな・・」
「ヤッポ、良い子は見たらアカンやつや」
ヤッポちゃんに目隠しするカリント。
「え~?」
見たかった? ヤッポちゃんっ。
「・・・なるほど」
1人納得すると、無造作にラコルなんとかという教主個体の頭部を握り潰すレイミ。
「母、は大型の飛行遺跡を根城にし、移動して回っているようだ。ヨズー達は生け贄の生命と引き替えに魔道具を与える取り引きをニーベルング達としているようだな。契約から手出しをすると取り引き自体が不成立となってしまう縛りだ。考えたな、ヤツめ」
「大型飛行遺跡かぁ・・またけったいなもん出してきたなぁ」
「ヤッポっ、頑張る!」
「・・俺はどっちかというとそのヨズーってのが気になるよ。そもそも仕組んだのもソイツだろ?」
「ヤツともいずれはケリをつける。ニーベルングを狩り続ければいずれカチ当たるだろう。クククッ」
記憶からその姿を垣間見たらしいレイミは興奮し、鳥人化が解くどころか魔力を高めていた。
ヤッポちゃんはともかく、カリントさんは冗談ぽくしながら、まだ全身に通した魔力を切らずにレイミと間合いを計ってるのがわかる。
レイミは気にしちゃいないが・・俺はレイミの方に歩いていった。
間近の間合いに入ると、反射的にレイミは爪を振るい、俺の首を浅く裂いた。カリントさんが一気にレイミに間合いを詰め、ヤッポちゃんは驚いていたが、俺は片手を上げてカリントさんに止まってもらった。
まったく、油断すると初期の頃に戻っちまうな。
凍り付いたような顔をしている鳥人のレイミ。
「レイミ、ここのカルト連中。薬の入ってない普通のビールも作ってたみたいだぜ? 今回は特に追われる心配もないし、残党の処理が済んだらちょっと味見してから移動しよう」
「・・ビールは嫌いではない。早く治すといい」
レイミは爪の手を引き、変化を解くと、つまらなそう顔で希望の間の出口の方へ歩きだした。
「ケンスケ。自分、大概やで」
「大丈夫? ヤッポもヒールできるよ?」
「ああ、大丈夫大丈夫。バーベキュー屋精神で対応してるから。ヒール!」
首の傷を治しつつレイミの後を追うと、カリントさんは呆れ、ヤッポちゃんが戸惑う気配を背中に感じた。
因みに、後にまた仏頂面のレイミと飲んだ希望の雫という名の連中のエールビールは、普通に美味しく、掛かった手間や適切な製造判断、何も知らずに買ってた利用者(諜報部によると値段も手頃で連中のエールビールはかなり好評)のことを考えると、なんだか煙に巻かれた気がしたもんだ。




