アンダーピープル 後編
陰火のカンテラで照らしながら、苔や藻でぬかるんだ水脈回廊に連なる洞窟を進んでゆく。封印の手錠は大して気にならない。
湿った冷たい空気が土と水と藻の臭い等を運んでくる。
手当てされ、食事をし、眠り、体調は良かった。左腕も軽く、なんともない。
アンダーピープル達の古風な旅装を着せられていた。
魔除けの香はディープフィッシュどもが返って寄ってくるので使わず、魔除けの札を背に張られている。札は地上では比較的高価だが地下では量産され安価なようだ。
皆、無言で進む。
「・・・」
夢の中を進んでいるようだ。このまま冷たい闇の中、いずこかへと探索しながら朽ち果てるならそれもいいかもしれない。進むと、目的を感じて死ねる。
地上に災いをもたらすことになったが、私のような彷徨い人自体はいくらでもいるのだろう。
幸運を掴む者、平凡に着地する者、露悪を気取る者、俗悪その物と化す者、病む者、ただ知られもせず消えてゆく者・・
その一例が私、いや、我々だったのだろう。あるいは私、個人の思考だったのか? もう定かではない。
昨日伝えたことをどれ程信じられたかは定かではないが、私を生かしておくべきでない。と早々に判断させる効果はあったようだ。
ずっと私に付いている遊撃班の若い男などはこちらが気恥ずかしくなる程ぎこちなくなった。思えば見覚えがある。事の最初にアルター遺跡で見た小僧だ。寓話的。
手を下すなら早くするといい、この世に有らざるべきニーベルングの邪血が1つ消える。良いことだ。罪に対して軽い終わり方な気もするが、償う機会を与えない、無意味。というのは私らしい。
わざと隙を作り、気を抜いて歩いていると、苔か藻に足を取られた。
「あっ」
気を抜き過ぎてただの小娘のような声を出してしまった。舌打ちしたくなったが、
「危ないっ・・ッスよ」
後ろの男、ケンスケとかいうヤツに支えられてしまった。なぜそこで助けるのか? 違うだろう? 咄嗟に出る素人気質などバカバカしい。
「チッ」
私は舌打ちしてケンスケを押し退けた。
「えー?」
ケンスケは戸惑いながらまた後に続いてきた。下手クソな殺気が消えている。
「・・簡単なヤツだっ」
私は小さく毒づきわざと隙を作るのをやめてしっかり歩きだした。
間抜けなことをすれば間抜けな結果に至るばかりだ。
少なくとも、冗談のような死に方は望んでいない。
また舌打ちされてしまったが、俺は不意討ちの機会を伺ってついて回るのはやっぱ頭オカシイな、とやめることにした。
俺は冒険者になったのであって殺し屋になったワケじゃない。手を下す時は相手に伝えてから行うべきだろう。例え抵抗されても。
よしっ、スッキリした! それから暫くはカンテラを消して札なんて効きそうにない大型モンスターをやり過ごしたり、崩落したルートを迂回したりするくらいだったが、
「待って下さい。この先、左側面の高所から狙われます。魚・・ディープフィッシュ達の気配ですね。30体はいます」
体力が無く、ポーションばかり飲んで青い顔をしていたドルタマが唐突に宣言した。
「魚どもかっ、多いな!」
「確かに少し行くと高所に潜めそうな空洞はあった」
「ここも迂回した方がいいぞ?」
「いえ、やがて追い付かれると出ています。そしてこの機会を逃すと運命が分岐し過ぎるのでこの場でどうなるとは言えません」
「不確定なピンチより確定したピンチの方が対処し易い、か?」
30は多いし、高所を取られてるかぁ。
「位置がわかっているなら先手は取れると思うけど、レイミさんはどう思うかな?」
「捕虜に聞くな」
「はい・・」
「オイ、口が悪いぞっ?」
「チッ」
また険悪になりつつ俺達は協議し、敢えて待ち構えられているこの通路を進むことにした!
件の通路脇の岩陰まで移動し、鏡で位置を確認し、俺達は合図し合った。
「スリープパウダーっ!」
ドルタマは睡眠魔法で淡く輝く眠りの粉を放って高所の空洞に潜んでいたディープフィッシュ達に先制したっ。3割は眠気に倒れ、残りの大半も怯ませた!
「当たってっ!」
ゴーレムスーツの右腕の熱線砲を撃つノイノイさんっ、一気に10体は仕止めた!
ジョモーンとデンバはボウガンで1体ずつ仕止め、
「よっ」
既にブレッシングとプロテクトを全員に掛けている俺はそれを維持しつつ、グレネードガンで閃光弾を撃って相手の立て直しを牽制した。
俺、ドルタマ、レイミは後衛だ。ジョモーン達は近接もイケるらしく結構に前に出てる。
「スキル・エアステップっ!」
ロドリーは足場になる魔方陣をいくつも踏んで、数体はいち早く対応してきた相手の飛び道具や水魔法を避け、空洞内に飛び込んで行ったっ。たちまち槍を手に乱戦になる!
「私も!」
ノイノイさんもゴーレムスーツで足裏と背から風の魔力を噴出して空洞へと跳躍していったっ。
最初の奇襲が決まったお陰であっという間に空洞の制圧が成功する流れで、残り2体まで減らしたが、
「っ! 後衛危ないですっ」
ドルタマが直感した瞬間、杖と鈍器の中間のような武器を持ったディープフィッシュが突然、空洞から飛び降り、地面に激突する前に武器の尖った石突きで自分の胸を貫き、濁った体液で宙に魔法陣を描き、そこから魚と羽虫の中間のようなモンスター、ウォーターワスプの大群を喚び出した!!
召喚したディープフィッシュは一瞬で喰い尽くされていったが、ウォーターワスプの群れは止まらず、空洞や中間位置にいた驚愕しているジョモーンとデンバに構わず後衛の俺達3人に向かって突進してきた! 死ぬ前に条件付けしやがったなっ。
「エアシェイバーっ!」
範囲の広い風の刃を放つドルタマっ。俺も散弾を放ったが、数が多過ぎるっ!
「・・決死の思考を持つ者どもに対し、甘過ぎる」
レイミがそう言い、手錠の、無傷で綺麗な左手を掲げた。
「引き裂け」
左腕は猛禽類の脚のように変化し、封印の手錠を粉砕した!
「ちょっ?!」
驚いた俺を加速したレイミは通り過ぎ、ウォーターワスプの大群の前に突進すると、一振りで根刮ぎ大群を引き裂き、命を奪って塵のように変えていった。
「お前っ!」
最後のディープフィッシュをノイノイさんとの連携で倒したロドリーが、血相を変えてエアステップでレイミの側に着地した。
「ロドリー君!」
「冥翼王の力宿してるってのはフカしてなかったようだなっ」
「だったらなんだ?」
変化が左腕に留まらず、左肩から首にまで迫りだしているレイミっ。これはほっといていいものか?
「俺と決闘しろっ! 鬱屈があるんだろうが、俺がスパっと終わらせてやるぜっ!!」
レイミは溜め息をついた。
「脳筋も程々にしろ、これは私の力ではない。お前個人で挑める物ではない。私の鬱屈をお前がどうこうできるとも思うな。思い上がるな!」
「ああっ?!」
詰め寄るロドリー! なんかこのパターン知ってるぞっ。誰構わず行くなっ、お前!
「ロドリー君っ、もう!」
ノイノイさんも空洞が降りて来て、俺も駆け寄って取り敢えずウワバミのポーチから取り出した聖水の瓶を開け、変化している部分にぶっ掛けた。
ジュウゥッッ!!
「ぐっ?!」
結構な音と蒸気を上げて変化は解けたが、衝撃があったようだ。思い切りレイミに睨まれた!
「お前っ、大味な真似をするなっ!」
「いやっ、わかんねーしっ! 治ってるしっ」
「なんだ、シラけたぜっ! ケンスケ!」
槍を引っ込めたところをノイノイさんにグイグイ押されてレイミから離されるロドリー。
「だが、いいのか? 左半分は封印の手錠解けてるぞ?」
デンバが冷静に言った。
「取り敢えずこうしておきましょう! ええいっ」
ドルタマが肩口まで衣服が破けているレイミの左腕に魔除けの札を6枚も張った。変化が解けてしまうとこの種の魔法道具でも特に何も反応はなかった。
「・・あんた、逃げられるんじゃないのか?」
思わず聞いてしまった。
「くだらない。何も惜しくはない。・・出発しないのか?」
「おおっ、ニョ042はもうすぐだぞ?! 急ごうっ。ディープフィッシュの死体の臭いでモンスターや同族が寄って来ちゃうぞっ!」
ジョモーンに促され俺達はやや足早に、移動を再開した。
「・・くだらないってことはないと思うけどな」
俺は後ろからボソっと言って聞こえているはずだが、舌打ちするでもなく普通にスルーされた。
でもって、レイミの首の左側の辺りから岩のような特徴も傷痕の類いも消えていた。
これはホントに呪いなのか?? 俺には判断がつかなかった。
程無く、俺達は魔除けの障壁等をいくつも越えて、ニョ042の入口まで到着すると、
「アッハッハッハッ!! ようやく来たかっ、下等な地上人どもと穢れた血の邪教徒めっ!!」
「全くクッサイクッサイ、地上臭と邪臭がしますねぇっ!!」
同族の手下らしいのを引き連れた、武装した両生類人族の男と、ミーアキャット型の猫鼬人の女の2人が待ち構えていた。
「・・何? この人達?」
俺はジョモーン達にこっそり聞いた。
「あ~、悪いな。コイツら、地底優越会だ。主張としてはいま喋った通り」
「しょーもないヤツらだから気にしなくていいぞ?」
「デンバ! ジョモーンっ! 聞こえるように言ってるなっ」
「ちょっと魔工ラジオで人気だからっていい気になってますねぇっ!」
激怒しだす地底優越会の2人。
「どうしよ、拠点に入れてくれないのかな?」
「ドルタマ、これこそ占っとけよ?」
「脅威度が低過ぎて引っ掛からなかったです。というかもう疲れました。皆、わたくしの体力の無さを見くびってませんか?」
「・・チッ」
面倒そうだが、交渉するしかなさそうだ。参ったなぁ。




