「ピンクのプリンセス」と魔女の癖
仕事で荒んだ心を、暖かく包み込んでくれるような春風が吹く土曜日の午前。
いつもより遅めの朝ごはんを済ませ、マグカップに入った食後のカフェオレを両手で口元に運ぶ。
視線の先には楽しそうに粘土をこねる結奈がいる。
「ママみてぇ、ゆいちゃんプリンセスのドレスつくったのー!」
3歳になったばかりの結奈はプリンセスにぞっこんだ。
丸めた粘土を押しつぶし、指の後がくっきりと残る四角に近い物体を嬉々として見せてくれる。
「かわいいねぇ。プリンセス喜んでくれるかな?」
「うん!うれしいっていってる!」
結奈の前にはピンクのドレスを着たディズニープリンセスのぬいぐるみが置いてある。
直接粘土をくっつけずに「着るまねっこ」で楽しんでいた。
「あかりをつけましょぼんぼりにぃ〜、おはなをあげましょもものはなぁ〜♪」
上機嫌な結奈は、ちょうど今保育園で歌っているのであろうひなまつりの歌を口ずさんでいる。
今はプリンセスのヒールを作っているそうだ。
ちょっと前までは粘土を丸めるのも上手くできずに泣いていたのに、今では器用に粘土用の黄色いプラスチックナイフを使いこなしている。
しみじみとこどもの成長は遅く感じるようで早いなあと感じる。
「す〜こししろざけめされたかぁ〜、あ〜かいおかおのおだいじん〜♪」
おだいじん…。
御大臣かな、汚大臣かな。
何度教えても右大臣になれない結奈のおだいじんが赤い顔で泣いてるところを想像すると、くすりと笑えた。
そろそろひな人形を出してあげないとなあ。
暗い押し入れの中にいるおだいじんと一緒におひな様も出して欲しいと泣いているだろうか。
飲み終えたマグカップを流しに起き、結奈の粘土をちょっともらった。
「ママもプリンセスのドレスつくって〜」
「ドレスつくるのー?プリンセスは結奈が作ったドレスがお気に入りみたいだよー?」
結奈は嬉しそうに笑ったあと、真剣な顔を向けてきた。
「でもさぁ〜ドレスはいっこだけだとよごれちゃったときたいへんでしょう?」
眉間に皺を寄せて真剣な顔を作る結奈が愛おしく、抱きつきたくなった。
「確かにそうだね。じゃあおひな様と同じような素敵なドレスを作ってあげようか」
「おひなさまはドレスじゃなくて、きものだよ?ママはほいくえんでおしえてもらわなかった?」
「着物だね、ママ間違えちゃった」
しっかりして〜と先生のような口調で言い、ヒール作りを再開していた。
触れた粘土は手に脂の層をつくった。
捏ねるうちに体温で柔らかくなり、しっとりとする。
どっしりしている割に芯がなく、手のひらに押され悠々と伸びる。
小さい頃から粘土を捏ねていると、懐かしのBB弾やビーズを混ぜてグチャグチャにしたくなる。
力いっぱいグチャグチャにして、自分だけの物になったと思ったらほっとして手を離す。
結奈もいつかやるのだろうか。
こういう変な血はできるだけ受け継がれずに、私の中にだけ流れて欲しいと思う。
「ねえママ、プリンセスのおけしょうってじぶんでしてるのかな?」
「んー、どうだろうね。結奈はどう思う?」
「ゆいちゃんはめしつかいがしてるとおもう!」
召使いって言葉を覚えたか。
あまり使って欲しくない言葉は言わないように気をつけているんだけどなあ。
「そうかぁ。プリンセスの支度を手伝ってくれる人がいるのかな。」
「いるよ!でもゆいちゃんはじぶんでおけしょうして、パパにかわいいっていってもらうんだ!」
「パパ喜んじゃうね」
「うん!あ、でもおうじさまがくるまでだよ。パパにかわいいっていってもらうの」
王子様が来たらパパは可愛いと言えないらしい。
休日出勤の気の毒なパパにはこの話は内緒にしてあげよう。
ドレスとヒールとネックレスをつくりご満悦の結奈は、ピンクのプリンセスにどんなドレスを作ったのか事細かに説明している。
私は見つからないように、ダイソーで買ったビーズをそっと自分が持っている粘土に混ぜ、力を込めて捏ねた。
気分がすーっと落ち着くまで。