人類ミニチュア化計画
「人口問題と資源不足を解決する一番の方法は、人間のサイズを小さくすることです!」
各国代表が集まる国連会議の場。地球が抱える問題を解決するために雇われた惑星コンサルタントは、そんな提言を行った。
「身体が大きければ食べる量も増えてしまいますし、身体が大きければ服や家もそれに合わせて大きくしないといけない。しかし、逆に、身体が小さければ小さいほど、食べる量も減っていくし、服や家も小さくなるのです。狩猟生活で他の動物と死闘を繰り広げていた原始時代ならいざ知らず、テクノロジーが発展した現代において、そもそも人間のサイズは今ほど大きくある必要は全くありません。他の惑星への移住や開拓といったリスクの高い方法よりも、まずはこの問題に取り組むべきです」
「ちょっといいかね? 確かに身体が大きければその分エネルギー消費量も増えると言うのはその通りだが、脳みそも一緒に小さくなってしまえば知能レベルが下がってしまうのではないか?」
「いえ、知能の優劣は脳みその大きさや重量で決まるわけではありません。その理論でいけば、地球上で一番知能が高いのは、クジラということになりますよ? それに、この知的生命体のミニチュア化はすでに他の惑星でも実施され、一定の効果があることが報告されています」
惑星コンサルタントはミニチュア化計画によって見事資源問題を解決した他惑星の事例を紹介していく。いずれも客観的なデータに裏付けられた説得力のあるもので、各国の代表はプレゼンに引き込まれていく。プレゼンが終わり、会場は拍手に包まれる。
「最後にもう一つ。これは宣伝になってしまいますが、我が社は知的生命体をミニチュア化するための技術提供もサービスとして行っています。人類だけではなく、現在地球上に存在するあらゆる資産も一括でミニチュア化できる素晴らしいサービスです。もし、ミニチュア化計画が採択された場合には、是非我が社の商品もご一考ください」
コンサルタントの提言を受けて、開かれた会議では、さまざまな意見が飛び交かった。議論や調査は何年にも渡り、そしてついに、国連が掲げる「持続可能な開発目標」に、「人間のサイズを小さくしていこう」という項目が追加されることが決まった。
例のコンサルタンティング企業とライセンス契約を結び、早速人類のミニチュア化が進められる。未知の技術ということで一部で抵抗感はあったものの、資源問題の方がよっぽど深刻な問題であったため、地球上に存在する人類は一人残らずミニチュア化されたのだった。
「人類ミニチュア化計画によって人類の平均サイズは百年前と比較して半分まで小さくなり、一人当たりの資源消費率は、当初の予想通り、半分以下になりました。しかし、すでにみなさんご存知の通り、ここに来て再び資源枯渇が問題になっています」
人類のミニチュア化計画が進められてから百年後。国連の会議で報告された調査結果に各国代表が顔を曇らせた。そして、影響力のある国のとある外交官が、悪態混じりに、今の現状を罵った。
「確かに資源消費率は半分になったさ! でもな、だからといって、人口がそれ以上に増えたら意味がないだろう!? 今や地球の人口は百年前の百倍だぞ! 一体どうなってるんだ!」
代表の言葉に他の会議参加者が同意するように頷く。
「人口が爆発的に増えたのは、医療技術の進歩に加え、一人当たりの出産数が数倍に増えたからでしょう。昔は一回の出産で一人しか子供が産まれなかったようですが、今では一回の出産で三、四人産まれるのが当たり前ですからね。一説によると、動物の体のサイズと一度に子供を産む数は反比例しており、それが人間にも当てはまっているからだと言われています。ほら、ネズミが子沢山なのと一緒です」
調査報告者のどこか他人事のような口調に非難の声が浴びせかけられる。議長がこほんと咳払いをし、会場を沈めた後で、落ち着いた口調で自らの主張を展開する。
「とりあえず今は、目の前の資源枯渇問題を解決することが先決です。今のペースでは資源が使い尽くされてしまうのは時間の問題でしょう。ただ、人間をミニチュア化することで、資源の有効活用に一定の効果があったことは事実です。そこで私からの提案なのですが、ここは一旦、百年前と同じように、もう一段階人間をミニチュア化するというのはどうでしょう?」
議長の提案に各国代表が賛成の意を示す拍手を送った。しかし、ただ一人、百年前にコンサルティングを行った、惑星コンサルタントだけが異議を唱える。
「その方法はあまり賛成できません。人口が増えたらまた同じことが起きるでしょうし、その場しのぎにしかなりません。であれば、目の前の問題を先送りするのではなく、リスクはありますが他の惑星への移住などの政策を検討するべきです」
「あなたの考えもわかりますが、ひょっとしたら数十年以内に素晴らしいアイデアが生まれ、この問題を一気に解決してくれる可能性だってあります。ここは未来の世代に夢を託しましょう」
「いや、しかし……。やるとしても、我々が提供している技術では安全性の観点からミニチュア化できるサイズには限界がありまして、これ以上人間をミニチュア化することは不可能なんです」
「でしたら、他の企業からその技術を、お金を払って提供してもらうだけです。実際、あなた方に支払っていたライセンス料も正直高いとは思っていたんですよね」
コンサルタントの意見は却下され、もう一段階人間のサイズを小さくすることが全会一致で決定した。人々は資源の枯渇や住む場所の確保には困っており、危険の伴う惑星移住にも消極的だった。そのため、先延ばしともとれるこの政策は肯定的に受け入れられた。
ミニチュア化により資源問題は一気に解決し、人々の暮らしは向上した。その後、ミニチュア化に伴う代償として人々はさらに多産になり、人口が爆発的に増加することになったものの、その場合はその場合でまたミニチュア化を行うことで、あらゆる問題は解決した。そして、資源の枯渇とミニチュア化を繰り返しながら、人類はどんどん、小さくなっていくのだった。
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「教授! 見てください!」
西暦2022年の地球。とある研究室で世界最先端の電子顕微鏡による実験を行っていた研究員が興奮した口調で教授を呼んだ。
「ほら、先ほど偶然見つけたこの原子よりも小さい物質なんですが、まるで自分の意志で動いているように見えませんか?」
「はあ、確かにそう見えないこともないが、思い違いだろう」
「でも、まるで高度な知能を持っているかのような行動を取っているんです! まるで、とても小さいミニチュア人間みたいに!」
しかし、教授は呆れ顔をしながら、苦笑いを浮かべるだけだった。
「原子よりも小さい人間が存在するなんてありえないよ。それに……この地球に我々以外の知的生命体がいるはずがないじゃないか」