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第9話 恋人のお父さんにケツを拭いてくださいと頼みに行こう

 アメリア・フローライトはシュストの恋人で、伯爵令嬢だ。

 フローライト家は王家とも繋がりの深い名家。リットーの町があるこの地域で強い勢力を誇る大貴族である。この一帯でフローライト家に対抗できる勢力は、もう一つあるかどうかといったところだろう。

 シュストはそんな彼女の邸宅にやってきていた。彼女の父は伯爵なので当然だが、先日乗り込んだロボスの家よりさらに大きい。

 そんな屋敷を見上げるシュスト。


「……」


「なに緊張してるの? 初めて来るわけでもないのに」


「緊張はしてねえよ。ただ、どうもお前の親父さんが苦手でな……」


「そんなこと言っても仕方ないでしょ。さ、入りましょ」


 正門から入ろうとする二人に、使用人が現れた。スーツを着用した中年の男で、姿勢が定規で引いたように正しい。


「アメリアお嬢様、お帰りなさいませ」


「ただいま。お父様、いる?」


「いらっしゃいますよ」


「私とシュストの二人で会いたいの」


「かしこまりました。すぐお伝えします」


 アメリアには緊張してないと言ったものの、シュストは緊張で生唾を飲み込んでいた。



***



 リビングに通されたシュストとアメリア。

 ふかふかのカーペットに豪華なソファ。壁には高額であろう絵画がかかっている。いつ来ても別世界だな、と思う。

 ソファにアメリアと並んで座る。


「……ふぅ」


「緊張しすぎよ。なにも戦場に行くわけじゃあるまいし」


「そっちの方が緊張しなかったかもしれん……」


 まもなく、アメリアの両親が揃ってやってきた。

 慌てて立ち上がり、頭を下げるシュスト。


 豪華なソファに二対二となる。

 アメリアの父親はラング・フローライト伯爵。横にはその妻、エマが座る。

 ラングはやや薄くなった頭頂部に貫禄たっぷりの肥えた体をしているが、眼光は鋭い。両目でジロリと睨まれ、シュストも委縮してしまう。


「シュスト君……」


「は、はい」


「いやぁ~……ついに私の娘との結婚の挨拶に来たんだね!」


「は!?」


 焦るシュスト。


「いやいやいやいやいや! そ、そういうわけでは……」


「そうよお父様、なにを言ってるの!」


 ラングはハッハッハと笑うと、


「いや、すまんすまん。わざわざ二人で来たのだからてっきりそういう用件かとばかり」


「参ったな」頭をかくシュスト。


「で、いつ結婚するんだね?」


 間髪入れず聞いてくる。


「ええと……。今、塾講師やってるので……それが自信ついたら……」


 しどろもどろになってしまう。


「ふむ……自信というのは具体的には?」


「今はまだ生徒が三人ですので、10人ぐらいになったら……などと考えてます」


「ふうむ、なるほど。まあ無理強いはよくないからな。君に自信がつくのを待っているよ」


「ハハ……どうも」


 いきなり話が大きく脱線し、アメリアが憤る。


「ちょっとちょっとシュスト、今日来た用件を忘れたの!?」


「いや、忘れたわけじゃないけど」


「じゃあ、さっさと話しちゃいなさいよ」


「はい……」


「どんなことでもこの未来の父に話してみなさい!」


 拳で胸を叩くラング。


「どんな頼みもこの私が優しく受け流してあげよう!」


 受け流さないで欲しいな……と思うシュスト。


「実は……」


「実は?」


「困ったことになりまして」


「なんとお!?」


 いちいちリアクションしてくるラングに、シュストはリアクションのしようがない。


「お父様! ふざけないで! シュストは真剣なんだから!」


「す、すまなかった。場を和ませるつもりで……」


「話、続けますね」


 シュストはメラニーの恋から始まる一連の事件について話した。

 先ほどまでとは打って変わって真剣な表情で唸るラング。


「ふうむ……」


「それで……塾を存続させるため、伯爵の力をお借りしたいのです」


「……」


 考え込むラング。かなり長い。

 やはり難しいのだろうか……とシュストに不安が募る。


 すると――


「よかろう! 力になろう!」


「いいんですか!?」


「よかったわね、シュスト」


「ああ……!」


 頭を下げるシュスト。


「申し訳ないです。私が至らないばかりに伯爵のお力を借りる恰好になってしまって……」


「いやいや、いいんだよ。私は他人のケツを拭くのも、権力を振りかざすのも大好きだからねえ。ハッハッハッハッハ……!」


「ハハ……」


 さすがにこんなことを言われては、シュストとしても苦笑してしまう。


「それに、ダールマン男爵は近頃色々と問題を起こしていた。いい機会だ。この事件をきっかけに、私から圧力をかけることも悪い事ではなかろう」


 子が子ならば親も親ということなのか、ダールマン家自体があまり評判のよくない貴族とのことだ。

 現にプレイボーイな息子を放置し、甘やかし、問題を引き起こしてしまっている。


「よろしくお願いします」


 再び頭を下げるシュスト。


 ここでこれまでずっと黙っていたラングの妻エマが立ち上がる。若い頃はアメリアに似ていたのだろうな、という容姿をしている。


「それじゃ話もお済みになったようですし、お菓子でも持ってきましょうか」


「うむ、頼む」


 そして、ラングはシュストの両手を握った。


「え……?」戸惑うシュスト。


「お菓子を食べながらたっぷり聞かせてくれ」


「何をです?」


「決まってるだろう! 君がダールマン家に乗り込んだ時の話だよ! 私は人の武勇伝を聞くのも大好きでね! いやぁ、シュスト君の勇姿、見たかったなぁ~!」


「じゃあ……語っちゃいましょうかね! 百倍ぐらい誇張して!」


「いやいや、千倍ぐらいで頼むよ!」


「まずですね。衛兵が二人いまして……そいつらを華麗に魔法でスパーンと……」


 こうなると、ノリノリになるシュスト。身振り手振りを交え、自分の武勇伝を語る。なんだかんだラングとの相性はいいようだ。

 その後は和やかなお茶会を楽しむのだった。


「おっと、もうこんな時間だ。そろそろ……」


「なんだシュスト君、もっとゆっくりしていけばいいのに」


「塾講師というのも、次の授業に何をするか考えたり、忙しいもので」


「そうか……ならば仕方ない」


 席を立とうとするシュストに、ラングが声をかける。


「ああ、そうそう」


「なんでしょう?」


「シュスト君。君は……かつては王都で宮廷魔術師だった。しかし、あんなことがあってそれを辞めざるを得なくなり、今はこのリットーの町で魔法塾の講師をしている。傍から見れば、“落ちぶれた”と見えてしまう境遇だ」


「……」


「塾講師は……楽しいかね?」


 シュストは迷わず答える。


「はい、楽しいです!」


「ならばいい。何事も“楽しい”ということが一番だからね」


「ありがとうございます」


 ラングも満足げにうなずき、それに応えるようシュストも軽い笑顔を見せ、リビングを後にした。



……



 屋敷を出て、シュストとアメリアは二人きりとなる。


「よかったわね。塾の存続、何とかなりそうで」


「ああ……」


 ピンチは脱したが、どこか浮かない様子のシュスト。


「どうしたの? 嬉しくないの?」


「そりゃ嬉しい……というかホッとしてるよ。ただ……」


「ただ?」


「自分が情けなくもある。自分の力じゃ塾を守れなかったんだからな」


 少し間を置いてから、アメリアが言う。


「まあ、そこは否定しないわ。あんたは自分の力じゃ塾を守れなかった」


 事実とはいえ、厳しい言葉を投げかける。

 だけどね、と続けるアメリア。


「私もちょっと嬉しかったんだから」


「う、嬉しかった?」


「そう。お父様の力ではあるけど、こうやってあんたの力になることができてね。特にこんな塾の存亡にかかわるような局面で」


「……」


「それにさ、塾はなくならなかった、生徒達はこれからも学べる、お父様や私もちょっと手伝うことができた。みんな幸せになって、いいこと尽くめじゃない」


「そうだな」


 シュストは二、三歩歩くと、アメリアに振り返る。


「ああ、だけど一つだけ言っておきたい」


「なに?」


「俺はいつも、お前に助けられてるよ。ありがとう」


 アメリアの頬が染まる。それを悟られまいと顔の向きを変える。


「バ、バカね……私なんて……」


「よーし、親父さんにケツ拭いてもらったし、明日からもはりきって授業するぞー!」


 でかい声でムードをブチ壊す台詞を吐き、背伸びするシュスト。

 アメリアはこんな奴のために赤くなっちゃうなんて……とある種の悔しさを覚えた。



***



 アメリアの父ラングの対応は早かった。

 次の日には行動に移り、ダールマン男爵の屋敷では――


 ロボスの父であるダナン男爵はわなわなと震え、焦り、激怒していた。


「あの塾講師……まさか、フローライト家と懇意だったとは……!」


 そこへ何も知らないロボスがやってくる。


「ねえねえ父さん、あの塾講師にやり返してくれたかい? 確か塾を立ち退きさせてくれるんでしょ?」


「こんのバカモノがぁぁぁぁぁっ!!!」


「ひっ!」


「お前が女遊びにうつつを抜かしたせいで、ついにフローライト伯爵を敵に回すことになっただろうが! 我が家の恥さらしがぁっ!」


「ひいいっ!」


「ロボス、お前は訓練所送りだ! その腐った性根を叩き直してこい!」


「そ、そんなぁ!」


 訓練所とは王国各所にある、貴族御用達の訓練施設。問題を起こした子息が入れられることも多い。一度入れられたら数年間は出られず、厳しい環境で心身を鍛え直すはめになる。

 ロボスのようなナンパで温室育ちな男にとって、待っているのはまさしく“地獄”であろう。


「うああああああっ! 嫌だぁぁぁぁぁ……!」



***



 役人からは立ち退き命令の取り消しが正式に言い渡され、シュストの塾は存続することになった。


 シュストはここ数日の醜態を謝罪する。


「みんな、すまなかったな。おかげで俺の抱えてた問題は解決した。今日からはまたビシビシ授業していくからな!」


「うん!」

「はい!」

「期待してるわぁ」


 三人はそれぞれの答え方をする。


「よーし、それじゃさっそく復習ができてるか、小テストでもやるかな。点数が悪かったら補習するぞ」


 ニヤリと笑うシュスト。


 ルブルは望むところという表情をしているが、カッツとメラニーは「え~」と抗議の声を上げたのは言うまでもない。

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