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第8話 塾立ち退きってマジですか!?

 メラニーの事件から一週間後のことだった。

 シュストの自宅でもある塾に、一人の役人が訪れる。茶色い制服に身を包み、いかにも規則通りに動くという気難しそうな顔つきをした男である。


「これはこれはお役人さん……なんでしょう?」


「シュスト・シュメールだな?」


「そうです。“シュシュ”って呼んで下さってもいいですよ。こんな呼ばれ方したことありませんが、一度こういう呼ばれ方されたいと思ってて……」


「誰が呼ぶか。お前はここで魔法塾を経営しているな?」


「ええ。もしかして、ついに俺が終身名誉塾講師として国から表彰――」


「そうではない。お前には“立ち退き命令”が出ている」


「……は?」


 寝耳に水という反応をするシュスト。


「な、なんでです?」


「お前は先日、ダールマン男爵の邸宅に乗り込み、大立ち回りをしただろう」


「記憶にございません」


「嘘つけ!」


 確かにやらかしている。大勢のガードマンを倒し、扉を爆破し、御曹司であるロボスに痛い目を見せた。

 メラニーの借りは返したが、貴族に手を出したのだ。よくよく考えたらこうなるよな……としみじみ思うシュスト。


「しかし、男爵は寛大なお方。この事件を大事おおごとにしたくはないそうだ」


 よく言うぜ……とシュストは心の中でため息をつく。

 事件が明るみになれば、ロボスの所業も表ざたになる。貴族が庶民の女子を誘惑し、チンピラに襲わせかけたなど、醜聞もいいところである。


「だから……この塾を没収し、お前が大人しくこの地を立ち退くことで許して下さるそうだ」


「マジですか」


「マジだ」


 うむむ、と悩むシュスト。自分が乗り込んだ理由を話せば、それはメラニーの事件をほじくり返すことになる。彼女の傷がまだ癒えてないであろう今、それはしたくなかった。


「立ち退くっていつまでに?」


「一週間以内だ」


「一週間!? 短すぎませんか、せめて一年以内とか……」


「延ばしすぎだ。それまでに立ち退きしない場合は、強制的に執行することになるし、逮捕などもあり得る。急いで準備するように」


 淡々と用件を告げ、役人は去っていった。


「どうしよう……。塾、なくなっちゃう……」


 復讐の代償は大きかった。やったことに一切後悔はないとはいえ、途方に暮れるシュストだった。



***



 塾で授業を行うシュスト。

 あと一週間でこの塾を閉めねばならない。かといって、それを生徒たちに伝えることもできない。踏ん切りがつかない。

 うんうんと悩みながら、チョークで黒板に文字を書く。


「先生」


「……」


「先生!」


「おお、どうしたルブル?」


「字、間違ってませんか?」


「あ……ホントだ。すまんすまん」


 慌てて黒板消しで消す。


 その後もどうにか授業を続けるものの、頭の中は立ち退き命令をどうするかで一杯だった。


 シュストは考える。

 塾を存続させるにはどうすれば……。メラニーの件を公にするのは問題外だ。仮にしたところでシュストが屋敷に乗り込んだ事実は変わらず、塾を守るまではいかないだろう。


 だったらもう一度乗り込んでみるか。

 乗り込んで「立ち退き要求やめろ!」と……。いやそれをやったら今度こそ逮捕されるだろうな。町の憲兵に捕まって、牢獄送りか。


 そして、記者の取材に答える生徒達。


「このたび捕まったシュストというのはどんな講師だった?」


「いつもいつも復習復習やかましい先生だったぜ!」とカッツ。

「何かといい加減でしたし、いつかやると思ってました」とルブル。

「いくらあたしのためとはいえやりすぎよぉ」とメラニー。


 教え子に呆れられ、元宮廷魔術師の塾講師シュストは、ついに囚人に――


 ――こんなバカげた妄想までしてしまう。


 こんな時、何もかも罪を消せる魔法があれば……ああなんて魔法は無力なんだ。

 魔法の限界に打ちひしがれるシュストだった。



***



 それから三日経っても、シュストは相変わらずだった。

 たまらずカッツが尋ねると――


「おい、先生。ここんとこ変だぜ! どうしたんだよ!」


「あ、いや……」


 ルブルやメラニーも問いただす。


「先生、僕たちに力になれることであれば……」


「そうよぉ、あたしたちも先生にはお世話になってるんだから」


 生徒たちの優しさが身に染みる。

 かつてシュストも「自分を頼れ」とカッツに言ったことがある。それを思えば、ここは生徒達にせめて事情を話すのが筋だろう。

 しかし、こればかりは生徒に話せない……。決心がつかないシュストは「大丈夫、何でもないよ」と返すしかなかった。



……



 授業後、生徒三人は相談し合った。


「絶対おかしいぜ!」とカッツ。


「僕もそう思う。今日はいつもの“復習はきっちりやれよ!”を言わなかったし」頷くルブル。


「だよなぁ。あれを言わないのは相当だぜ」


「何か塾の経営で悩んでるのかもしれないね」


「ってことは金か!? 俺、小遣い全部援助するぜ!」


「僕たちのお小遣いでどうにかなるなら、先生も悩まないと思うよ」


「そりゃそうか……」


 悩む男子二人に、メラニーが提案する。


「いい考えがあるわぁ」


「なんだよ?」


「先生が何か悩んでるとして、生徒に頼るのはプライドが許さないと思うの。だったら先生が頼ってもいい人に、あたしたちから相談しましょうよ」


「頼ってもいい人って……誰?」


 メラニーはウフフと笑ってから答える。


「アメリアさんよぉ」


 カッツもルブルも「なるほど」となる。


「そうだな。アメリアさんなら……!」


「先生の恋人だもんね」


「でしょ?」


 うなずく三人。彼らは生徒だけでアメリアに頼みに行くことにした。



***



 アメリアのカフェを訪れる生徒三人。

 シュストが生徒を連れてくることはあるが、生徒だけで来ることは稀であるため、アメリアは驚く。


「あら珍しい! 三人揃って……どうしたの?」


 ルブルが代表する。


「このところ、先生の様子がおかしいんです。授業もどこか上の空で……何か悩みがあるんじゃないかと」


 カッツも続く。


「だけど先生、俺たちにはなんも話してくれないしさ!」


 先日助けてもらったばかりのメラニーもやはり心配そうな口調だ。


「先生に何かあったらあたし……」


 アメリアは誇らしかった。

 自分の恋人はちゃんと生徒に慕われる塾講師になっている。同時に腹立たしくもなった。

 あのバカ……生徒にこんなに心配かけて何やってんだか。魔法使いとしては一流でも、塾講師としちゃまだまだね。

 そして、三人に飲み物を出しながら言う。


「みんな、あいつが心配かけちゃってごめんね。シュストのことは私に任せといて!」


 これを聞いた三人は安心してカフェでくつろぐことができた。



***



 シュストは悩んでいた。

 塾がなくなったとして、その後のことを考える。

 どこか違う場所で塾を開くとか、塾じゃなく三人の家を訪問して授業をするならどうだろうとか。しかし、どれもしっくりこない。

 そうだ、いっそ土魔法で地下に教室を作っちゃうか――およそ現実的でないアイディアまで思いつく。


 乱暴にドアが叩かれる。


「なんだ……? まさかもう立ち退けとか?」


 ドアを開けるとアメリアがいた。


「こんにちは~」


「お、おう。お前が塾に来るのは珍しいな」


「三人から聞いたわよ。ここんとこあんたの様子がおかしいって」


 ギクリとするシュスト。


「俺がおかしいのはいつものことだろ」


「自分で言うな。だったら様子が“超おかしい”って言い直すわ」


「……」


 超おかしいのは確かだろう。なにしろ塾存亡の危機という超ヤバイことが起こっているのだから。かといって誰かに相談もできず、袋小路に入っている。


「何があったの? 話してよ」


「いや、別に……」


 目を合わせないシュスト。

 すると、アメリアは寂しそうな表情をした。


「私たちってほら、一応……恋人でしょ? そりゃ甘いイチャイチャなんかをするような仲じゃないけど……だけど寂しいな。悩みを話してもらえないなんて」


「うぐ……!」


「ねえ、私ってそんなに信用できない?」


 アメリアが顔を近づける。


「信用とかそういう問題じゃなくて……」


「たまには寄りかかってくれてもいいと思うんだけどなー」


「あ、う……」


 シュストは弱い。こういう顔をされると実に弱い。

 さらにアメリアに顔を近づけられ、結局観念してしまう。


「分かったよ。実は……」


 アメリアに事情を話すシュスト。


「やっぱりダールマン男爵が動いたわけか」


「そうなんだよ……。いくら俺でも、こうがっつり権力で来られると太刀打ちできない。さすがに唱えたら王様になれる魔法なんてのはないしさ」


「あんたが王様になったら、この国一週間で滅びそう」


「バカにすんなよ。一ヶ月は持つ!」


 たとえ瀬戸際に追い詰められても相変わらずのシュストに呆れつつも安心し、アメリアが一つの提案をする。


「……だったら、目には目、歯には歯、権力には権力よ」


「は?」


「私のお父様に頼ればいいのよ。なんたって“伯爵”だもん。男爵より偉いわ」


「え、そうだっけ」


「貴族の恋人なら、爵位ぐらい覚えといてよ……」


 頭をかいてから、シュストは顔をしかめる。


「うーん……。それってようするに、お前の親父さんにケツを拭いてもらうってことだろ」


「ケツって……。まあ、そうなるわね」


「男としてそれってどうなんだろう」


「じゃあ今のあんたにどうにかできる策があるの? あったら教えてよ」


「……」


 黙ってしまう。シュストは魔法に関しては一流である。が、一介の塾講師でしかないのだ。武力で来る相手ならばともかく、権力で来られると――


 突然、ピシャリと音が鳴った。

 アメリアが平手打ちしたのだ。


「何すんだ!」


「目ぇ覚ましなさいよ」


「え……?」


「メラニーちゃんのために男爵の屋敷に乗り込んだあんたはかっこよかったわよ。少なくとも私は支持する」


「……!」


「仮に私が伯爵の娘じゃなかったとしても、私はあんたを応援したと思うわ。あんたが逮捕されようとね。なんなら牢屋に差し入れだってしてたでしょうね」


 アメリアならそうするだろう、とシュストも感じた。


「正しいことしたんでしょ? だったら胸を張りなさいよ!」


「それはそうだけど……」


「それに塾がなくなったらあの子たちも悲しむわ。あんたにとって、塾ってその程度のもんだったの? 本当に大切だったら、恋人だろうがその父親だろうがなんだって利用するつもりで存続させなさいよ!」


 長い沈黙。

 アメリアもあえて黙る。

 やがて、シュストは大きくうなずいた。


「そうだな……その通りだ。やっと目が覚めたよ」


「シュスト……」


 アメリアもホッとしたような表情になる。


 そして、いつになく凛々しい顔つきで――


「俺……お前の親父さんにケツを拭いてもらう!」


 アメリアはガックリとうなだれる。


「かっこいい顔でカッコ悪いこと言わないで……」

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