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第7話 怒れる塾講師、貴族の屋敷に乗り込む

 アメリアはメラニーを優しく迎え入れてくれた。


「シュストはいつものコーヒーでいいよね。メラニーちゃんは何かリクエストある?」


「紅茶を……」


「紅茶ね、分かった!」


 差し出された紅茶を飲むメラニー。


「……おいしい」


「そう、よかった! シュストは?」


「にげえ!」


「そう、よかった!」


「よくねえよ!」


 この様子を見て笑うメラニー。だいぶ気持ちが落ち着いてきたようだ。


「メラニーちゃん……辛いとは思うけど、何があったか私たちに話してもらえる?」


「うん……」


 メラニーは紅茶を飲みながら打ち明けた。

 ロボスと知り合い、何度かデートを重ねたこと。そのたびに何かを買ってもらったり、可愛い美しいと褒めてもらったりしたこと。

 やがて、「君を貴族の友人たちに紹介したい」とパーティーに招かれたこと。

 しかし、待っていたのは貴族などではなく、チンピラ集団だったこと。

 そこへシュストが助けに来たこと――


 これを聞いたアメリアは深刻な表情を見せてから、安堵したように微笑んだ。


「本当に無事でよかったわ」


「ありがとう……」


 一方のシュストはその間あまり表情を変えず、コーヒーを一気に飲み干した。


「アメリア、メラニーを頼む」


「うん、分かった……あんたは?」


「ちょっと用事が出来たから、パパっと済ませてくる」


 そう言ってカフェから出て行ってしまった。

 残されたアメリアとメラニー。


「先生……どこ行くんだろ?」


「ロボス・ダールマンの邸宅でしょうね」


 シュストは行き先を告げなかったが、アメリアは確信していた。


「ええっ!? 相手は男爵様だよ! きっといっぱい警備がいるし……危ないよ!」


「確かに危ないわね……相手が」


「え!?」


「あいつがあんなに怒ってるところ見るの初めてだもん。フフ……ちょっと嫉妬しちゃうなぁ、メラニーちゃんに」


 そう言いつつ、クッキーを差し出す。


「これ私の手作りなの。あいつは大丈夫だから、私たちはここで待ちましょ」


 メラニーはうなずくと、アメリアが作ったクッキーを一口食べた。



***



 すでに日は落ち、空は暗くなっている中、シュストはダールマン家の邸宅前にいた。

 巨大な鉄柵のついた正門の前には、衛兵が二人配備されている。シュストはかまわず歩いていく。

 衛兵が槍を構える。


「ん? なんだお前は!」


「ロボスって男、中にいるかい」


「先ほど帰宅されたが……なんの用だ」


「ロボスに用事があってね、会わせてもらえるか?」


「……アポでもあるのか?」


「アホ息子に取るアポなんかねえよ」


 あっけらかんと言い放つシュストに、憤った衛兵二人は槍の切っ先を向けてきた。

 しかし――


 炎が二人を包み込む。


「ぐわあっ!?」

「あづいっ!」


 悲鳴を上げる二人組に淡々と言い放つ。


「安心しろ、幻の炎だから。ただし、しばらく熱がっててくれ」


 堂々と門から侵入する。


「誰だ!?」

「変な奴が入ってきたぞ!」

「捕まえろ!」


 シュストは魔力を高めながら、叫び返す。


「俺は変な奴じゃねえ……塾講師だ!」


 歩くペースを変えずに突き進む。

 当然、ガードマンたちが飛びかかってくるが――


「悪いがお前らじゃ俺を止められないな」


 炎魔法、水魔法、雷魔法、氷魔法、風魔法とさまざまな属性の魔法を使いこなし、ガードマンたちをなぎ倒していく。中には魔法の心得がある者もいたが全く歯が立たない。


 あっけなく邸宅の扉まで到着する。


移動魔法テレポートで入ってもいいが、そんな上品な気分じゃないな。爆発魔法ボム!」


 響く轟音。

 分厚い木の扉が粉砕される。

 扉の破片を踏みしめて、シュストは中に入っていく。



***



 寝室で寝そべるロボス。

 今頃メラニーがどうなっているかを想像し、ほくそ笑んでいた。さすがに死ぬことはないだろうが、一生ものの傷になることは間違いないと。


「初めてやったが、この遊びはなかなか面白かったな。次はもうちょっと溜めて、いよいよ体の関係を持とうかといったところで、チンピラに引き合わせてみようか。どんなツラになるか楽しみだ」


 そこに初めて聞く声が飛び込んでくる。


「残念だが、二度目はねえよ」


「!? だ、誰だお前は!?」


「よくも俺の生徒を泣かせてくれたな……」


 シュストだった。内に秘めた怒りが形相に出ている。ロボスの脳がすかさず警鐘を鳴らす。


「ひっ! 誰か……誰かぁ!」


「ガードマンはだいたい片付けた。自分で何とかするしかないな」


 シュストが部屋を見回す。

 貴族らしい巨大なベッド、高級な机、そして壁にはサーベルが一振り飾ってある。シュストはこれに目をつけた。


「さすが貴族、サーベルなんて持ってるんだな。それを使え」


「くっ!」


 サーベルを手に取るロボス。初めて持ったという感じではない。


「剣の心得はあるみたいだな。さあ来いよ」


「でやぁぁぁっ!」


 サーベルの刃が折れた。正確には斬れた。シュストが小声で詠唱し、風の刃を飛ばし、切断したのだ。


「わぁっ!?」


「ダメだったな。だけど机の上にナイフが置いてあるな。それを使え」


 ナイフを持ち、突撃してくるロボス。が、ナイフも同じ目にあった。


「な、なんで……!?」


「ダメだったな。でもまだ拳があるだろ。それを使え」


 脂汗を流すロボス。サーベルもナイフも斬られた。それを考えると、とても拳を振るう気になどなれない。


「どうした、使えよ」


「わあっ!」


「使え!!!」


 悲鳴を上げ、後ずさりするロボス。


「俺が何したっていうんだ! 来るな、来るなぁぁぁっ!」


「女の子をあんな目にあわせといて、そんなことほざけるなんて、いい性格してるよホント。いい性格すぎてムカつきが止まらん」


 どんどん歩み寄るシュスト。


「あああああっ!!!」


 恐怖が限界に達したのか、ついにロボスが殴りかかる。

 拳を避けずにまともに受け、シュストは鼻血を流す。


「こんなもんか。ルブルの親父みたいなパンチが来たらどうしようって一瞬思ったけど、まあこんなもんだよな」


 鼻血を拭い去ると、


「お前になら素手でも勝てる」


 シュストが殴り返す。魔法使いの拳なので威力はそれほどでもないが、これでロボスは完全にへたり込んでしまった。


「あああっ! ゆ、許して! 許して下さい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


「おいおい、たった一発でそれとか俺はどんだけハードパンチャーなんだよ。魔法使いやめて格闘で生きていこうかなって勘違いしちゃうだろうが」


「もうやめてっ! 殴らないでっ! ごめんなしゃいっ!」


 両手を突き出し、泣きべそをかいている。あまりの醜態にシュストはため息をつく。


「もういいや。最初はお前を無理矢理あいつのところに連れてって謝らせようとか思ったけど、あいつもお前なんかに会いたくもないだろうしな」


 背を向けるシュスト。

 ロボスがほっとする。


「……なーんてな。こんなもんで済ますわけねえだろ!」


「え」


幻炎魔法ファントムファイア!」


 門番にやった幻の炎が、ロボスを包み込む。ただし、炎は先ほどより大きい。


「あぢいいいいいいいいいっ!」


「謝罪はいらない。反省もしなくていい。とりあえずしばらく熱がってろ。俺の気が済むまでな」


「んぎゃああああああああっ!」


 悲鳴を上げるロボスを、シュストはひたすら冷ややかな目つきで眺めていた。



***



 ロボスへの制裁を終え、アメリアの店に向かうシュスト。

 問題なのはここからだと思っていた。おそらく初恋……でここまで酷い目にあったメラニー、どう心のケアをすればいいのか。


「しばらく塾は休ませて……時間が解決するのを待つしかないだろうな」


 心を癒やせる魔法は時間のみ。魔法の限界を感じ、シュストは重い足取りでアメリアの店に入った。


「ま、男なんてのはみんなそんなもんよ。くよくよしない!」


「ウフフ、そうよねえ。アメリアさんも結構経験豊富なのねえ」


「まあねー」


「……え」


 そこには仲良く女同士のトークで盛り上がる二人の姿があった。


「あらシュスト、帰ってきたの」


「お帰りなさい先生」


「で、ドラ息子は? どうなった?」


「とりあえず……メラニーの分はやり返してきた。みっともなく泣きじゃくってたし、もう二度とあんな真似しないだろ」


 メラニーが頭を下げる。


「ありがとう……あたしなんかのために」


「“なんか”なんてことはないさ。可愛い生徒が酷い目にあったんだ。これぐらいは当然のことさ」


 メラニーの目に光るものがあった。


「それより今後なんだけど、しばらく塾は休むか?」


「え、なんで?」


「だって、あんな目にあったし……やっぱり休息したいだろ」


「うん。だけどアメリアさんと話してたら、あたし元気出てきたし。休まないよ。だってあたし……魔女になるんだもん! 魔女になって変な薬いっぱい作るの! だから落ち込んでなんかいられない! ウフフフ……」


「そうか」


 近頃の女の子は逞しいと思うシュスト。心配のしすぎだったか。


「次にあんな目にあったら、絶対魔法で撃退できるようになるの。だからもっと魔法教えてね、先生」


「ああ」


「じゃああたし、そろそろ帰るね。またねー!」


 手を振り、メラニーは帰っていった。


「強いな、メラニーは」


「そんなことないわよ。初恋みたいなものだったろうし、深く傷ついてるに決まってるでしょ」


「え……」


「強そうに見えるけど十代半ばの女の子なんだから、講師として優しくケアしてあげてよ」


「そうだな」


 シュストがコーヒーを飲みながら返事をする。


「それと……」


「?」


「さっきあの子のために怒ってたあんたは……ちょっとかっこよかったかも」


「ホ、ホントか!? よし、これからもなるべく怒るようにすれば、俺も男が磨かれ……」


「あーもう、こいつは……。いつもいつもあと一歩足りないのよねえ……」


 頭を手で押さえるアメリアだった。



***



 次の日、いつも通りメラニーは塾に来ていた。


「おっす、メラニー!」

「おはよう、メラニーさん」


「ウフフフ……おはよう」


 男子二人の挨拶にも笑って返す。


 シュストが話しかける。


「メラニー、本当に休まなくて大丈夫なのか?」


「大丈夫よぉ。あたし、そんなヤワじゃないし」


 昨日のアメリアの言葉を思い出す。心は深く傷ついてるはずだ。となると、どうすればいいだろう。男から受けたダメージは男が回復させるのがいいだろうとシュストは――


「ならいいけど……なんだったらリハビリに俺とデートするか?」


「んーん、いいや。先生ってあたしの好みじゃないし」


 あっさりフラれる。

 大笑いするカッツ、我慢していたが吹き出してしまうルブル。


「フッ、それだけ元気があれば心配ないな」


「でしょ? あたしってタフなのよぉ」


 いつも通り授業が始まる。



……



 ちなみに授業後、シュストはアメリアのカフェに行くと、


「教え子にフラれたあああああああ!!!」


「ホント……昨日かっこよかったとか言った自分がバカみたい」


 目の前でうなだれている男に、アメリアは熱々のコーヒーをぶちまけてやろうかと悩むのだった。

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