第6話 プレイボーイ御曹司の罠
町の中心にある繁華街で、メラニーはロボスと会っていた。
「やぁ、メラニーちゃん」
「お待たせしました!」
「君のためなら、世界が終わる時までだって待つさ」
「やだぁ……ロボスさんたら」
歯の浮くような台詞に顔を赤くするメラニー。二人は並んで歩く。
彼らは全く気付いていなかった。自分たちが尾行されていることに。
二人を後ろから尾けるのはシュスト。帽子をかぶり、マスクをし、最低限の変装は行っている。
「むむむ……メラニーめ、やはり男ができておったか」
父親気分になっているのか、口調まで変わっている。抜き足差し足でどうにか二人のデートをつけ回していく。明らかに不審者だが、かまってはいられない。
まず、二人は服屋に入った。ロボスがメラニーに服を選んでいる。
ロボスがフリルのついたピンク色の服を手に取る。一目で高級品と分かる品物だ。
「これなんかどうだろう?」
「可愛いですね……」
「よかったらプレゼントするよ」
「そんな! いけません!」
「いいんだよ。君が綺麗になってくれるのなら、僕にとっては安いものさ」
シュストは服を選ぶふりをしながら、横目で二人を見ている。
「おいおい、マジかよ。あんな高そうな服買うのかよ……」
自分の収入を思い出し、少々情けなくなる。
三人分の授業料と、あとは魔法薬を作ったりするのが彼の収入源。
すると、店員が話しかけてきた。
「あの、お客様」
「ん?」
「何かお気に召しましたか?」
尾行のためだけに入店したので、欲しいものなどないのだが――
「え、ああ……じゃあハンカチください。一番安いやつ」
こういう時、“買わずに店を出る”ができない男であった。
その後もデートは続くも、シュストが危惧するような事態――ロボスが“狼”になるなど――にはならなかった。
高そうな店ばかり行くので、ただ出費がかさんだだけになってしまった。
メラニーとロボスが別れるのを見届けると、シュストはため息をつく。
「生徒のデートをストーキングして……なにやってんだ俺」
***
帰りにシュストはアメリアの店に寄っていた。カウンター席に座り、やさぐれた表情で注文する。
「散々甘い物見せられたから、苦いコーヒーくれ」
「はい苦いコーヒー」
「苦いっ!」
あまりの苦さに噴き出してしまう。
さっき買ったハンカチで、口元を拭くシュスト。
「あら、どうしたのそのハンカチ?」
「今日ちょっとストーカーしてたら、店員さんに声をかけられて、つい買っちゃったんだ」
「……ちゃんと説明してよ」
シュストは今日あったことを説明した。
メラニーを知っているアメリアも、彼女が男とデートするのは意外だったようだ。
「……メラニーちゃんがねえ。あの子も恋するお年頃か」
「相手の男も金持ちそうだったし、案外玉の輿に乗れるかもな」
「気が早すぎるわよ」
「そしたら金貸してもらおうかな……」
「情けなすぎるわよ」
首を振り、呆れるアメリア。
「それより、相手の男が金持ち……ってどんな奴?」
「見かけは貴族っぽかったな。名前はえーと……そうそう、ロボスだ」
「ロボス……」
相手の名前を聞いた途端、神妙な顔つきになるアメリア。こんな反応があるとは思わず、シュストも聞き返す。
「ん、どうした?」
「もしも、ロボス・ダールマンだとしたら……ちょっと心配かも」
「へ? 誰それ?」
アメリアが説明を始める。
「私もこれでも伯爵の娘だし、時折社交パーティーなんかにお呼ばれするんだけど……」
「お前がぁ?」とからかうシュスト。
すかさず頬をつねられ、「すみません」と謝る。
「男爵であるダールマン家の次男が、結構なプレイボーイって有名でね……。まだ10代なのに何人も女の子泣かせてるらしいのよ。貴族社会じゃ悪評が広まっちゃったから、今度は自分のことを知らない相手を……なんて考えてたら、怖いわね」
「……」
シュストはメラニーを思い浮かべる。プレイボーイ貴族にどうにかできる娘とは思えないが、今日のデート中の浮かれ具合はいつもの彼女では考えられないものだった。恋は人を盲目にすることは、彼とて十分理解している。
しかし、生徒を信じるのも講師の務め……。板挟みになる。
「メラニーなら……大丈夫さ。うん、大丈夫」
不安を抱きつつも、自分に言い聞かせるようにこう答えるしかなかった。
***
それからさらに一週間ほど経ったある日。
「このように、炎魔法と風魔法を組み合わせると相性がよく……」
教室でシュストが授業していると、メラニーが挙手する。
「ん、どうした?」
「先生ぇ、今日……早退したいんだけど、いい?」
「そりゃかまわんけど」
「ありがとう。ちゃんと復習はするから!」
「お、おう」
言おうとしたことを先に言われてしまい、言葉に詰まるシュスト。
「じゃあね、先生。みんなも……ウフフ」
教室を出ていくメラニー。
「……」
その後も授業を続けるシュストだが、どうにも集中力を欠いた授業になってしまう。
「うーん……。悪いな、今日はどうも……」
「先生、メラニーが気になるんだろ」とカッツ。
「なぜそれを……」
「いくら僕たちでも分かりますよ」
「すまん……」
「行ってきていいよ」カッツがつぶやく。
「え……」
ルブルもうなずく。
「僕たちもメラニーさんが気になります。だけど同じ生徒が立ち入る話じゃない気がしますし……」
「ルブル……」
シュストは黒板に『残り時間は自習』と書くと、「二人ともサンキューな」と飛び出した。
カッツは言った。
「さて、しっかり自習しようぜ」
「あれ? てっきりこれで遊べるなんて言うかと思った」
「おいおい。ここで遊ぶほど、俺だって不真面目じゃねえよ」
カッツは笑った。ルブルもニコリと微笑んだ。真剣な眼差しでテキストとノートに向かう。
***
シュストはメラニーの自宅を訪ねた。
せめて、なぜ早退したのか確かめなければならない。
メラニーの母は彼女と同じく淡い紫色の髪を持つ女性だった。
「塾講師のシュストと申します」
「あら塾講師さん。なにかご用?」
丁寧に応じてくれる。性格はあまり娘とは似ていないようだ。シュストはさっそくメラニーが家にいるかを尋ねる。
「あの子ならまだ帰ってませんけど」
「そうですか……」
メラニーは家に戻らず、そのままおそらくはデートに向かったようだ。
シュストは嫌な予感を抱えつつ、メラニーの捜索に向かうのだった。
***
メラニーは町の繁華街でロボスと会っていた。メラニーを値踏みするように見回すと、ロボスが微笑む。
「うん。今日も綺麗だよ、メラニーちゃん」
「ありがとうございます!」
「約束通り、パーティーに連れて行くよ。君に相応しい方々がたくさん待っている豪華なパーティーにね」
「ドキドキします!」
胸を高鳴らせ、ロボスのエスコートを受けるメラニー。
ところが、ロボスはどんどん町の郊外へと歩いて行く。メラニーの中にかすかに違和感が生じる。
「こんなところにパーティー会場があるんですか?」
「ああ、そうだよ」
やがて、二人は廃屋にたどり着いた。ひびの入った壁、崩れかけた屋根。辺りに散らばった木材。どう見てもパーティー会場ではない。
「あの……ここは?」
「パーティー会場だよ。君は主賓だからせいぜい楽しんでくれ。というより、“楽しませてあげて”くれ」
「え……」
廃屋には、明らかに町のチンピラとおぼしき連中が10人近くいた。その中の一人が言う。
「ロボスさん、なんすかその女」
「俺の女だ。可愛がってやってくれよ」
自分の置かれている立場を理解してしまい、メラニーは目の前が真っ暗になった。かろうじて気力を保ち、ロボスをすがるような目で見る。
「じょ……冗談ですよね?」
「冗談? ああ、もちろん冗談だよ」
安堵したのも束の間。
「俺みたいな貴族が、お前みたいなブッサイクな庶民とデートだなんて冗談に決まってんだろ。ま、色々買ってやったし、いい夢見られただろ? あとはまぁ、あいつらを楽しませてやってくれよ。派手なパーティーになるぜ」
足元が崩壊するような気分になる。
「ロボスさん……!」
「じゃあね、メラニーちゃん。楽しかったよ」
貴族らしく深々と一礼して、振り返ることなく立ち去っていくロボス。彼女の末路を見届ける気すらないらしい。
呆然としているメラニーに、チンピラたちが近づいてくる。
「こ、来ないでよぉ……」
「ロボスさんも趣味悪いぜ。庶民の女ひっかけて夢見させて、最後にゃ俺たちみてえな奴にプレゼントだなんてよ」
下卑た笑いを浮かべる男たち。
「ま……恨むならロボスさんを恨んでくれよ」
得意の雷魔法なら――
メラニーは魔法を唱えようとするが、恐怖で唇が震えて唱えられない。魔法が使えなければ、メラニーはただの女の子である。
「あっ、あああっ……!」
目をつぶるメラニー。その時目蓋の裏に浮かんだのは――なぜか塾講師シュストの顔だった。
「先生……助けてっ!」
すると、凄まじい雷撃が、メラニーを守るように降り注いだ。
「うおおおっ!?」
「ひっ!」
「なんだ!?」
突然の攻撃に慌てふためく悪漢たち。
かろうじて一人が叫ぶ。
「だ、誰だ!?」
現れたのはシュストだった。汗だくで、目には怒りの炎を宿している。
「女の子一人探すのにここまで手こずるとは……俺もヤキが回ったな」
「先生、どうしてここに……?」
「悪い、お前のことストーカーしてたんだ」
「ええっ!?」
「後で土下座でもなんでもする。とりあえず、こいつら先に片付けるわ」
シュストは手を振りかざすと、
「雷鳴魔法!」
先ほどの広範囲を攻撃する雷魔法が今度はチンピラどもに炸裂した。
「ぐぎゃあああああああっ……!」
悲鳴を上げる悪漢たち。チンピラ集団はあっさり全滅した。
「メラニー、大丈夫か?」
「先生……」
助けられ、シュストの顔を見たことでメラニーの緊張が解ける。
「ううっ……うあああああんっ……!」
優しくメラニーを抱き寄せる。
「もう大丈夫だぞ。貴族どころか世界中の軍隊がお前を狙ってきたって俺が守ってやるから」
「ううっ……! うううっ……!」
シュストはメラニーの涙が自分の服に染み込んでいく感触を、痛ましく感じていた。
やがて、メラニーが泣き止んだ。
大丈夫かと聞くと、コクリとうなずく。
「とりあえず、アメリアの店に行こうか。あいつのことだ。あったかくておいしい飲み物出してくれるぞ」
「うん……」
「ほらハンカチ」とこの間買ったハンカチを差し出す。
「ありがとう……」
無駄金を使ったかと思ったが買っておいてよかった、とシュストは思った。
「先生が来てくれなかったら、あたし……」
「俺が来なかったら、きっとお前が自分で返り討ちにしてただろ。余計なことしちゃったかな、なーんて。アハハハ……」
なんとか冗談で場を和ませようとするシュストだった。