第5話 メラニーの初恋
ある日、塾では実習が行われていた。実習は教室ではなく、屋外で行われる。
両腕を左右に広げるシュスト。
「よーし、それぞれ得意な魔法を俺に撃ち込んでこい!」
「え、いいのかよ」とカッツ。
「当たり前だろ。俺ほどの塾講師なら、お前らの魔法なんかいくら喰らってもへっちゃらだ。遠慮せず俺を本気で倒すつもりで来い」
「だったら……炎魔法!」
火炎の塊がシュストめがけて飛んでいくが、片手でかき消されてしまう。
「うん……なかなかいいじゃないか」と余裕たっぷりのシュスト。
「マジかよ。片手で……」
次はルブル。
「じゃあ全力でいきます! 風魔法!」
風の刃が飛んでいくが、これまたあっさりかき消される。
「すごい……!」
「だが、腕を上げたなルブル。そういやお父さんはどうしてる? もう戦士団の仕事に戻っちゃったか?」
「まだ家にいますけど、あれ以来すっかり優しくなって。これも先生のおかげですよ」
「そうか。よかった」
「あ、いつか先生にリベンジするって言ってましたよ」
「絶対嫌だってお伝えしといてくれ」
あの殴り合いの痛みを思い出したところで、次は女生徒メラニー。
しかし、調子が悪そうに体を屈めている。
「ん? どうした?」
「あの先生……あたし体調悪くて。ほら、あたしも年頃の女の子だし……」
「え、本当か。だったら今日は休んで……」
「雷魔法!」
雷撃がシュストに落ちる。
「ぴぎゃああああああ!」
「ウフフ……どぉう?」
ウェーブがかった淡い紫色の髪をかきあげ、メラニーは微笑んだ。
カッツが活発、ルブルが真面目だとするなら、メラニーは“不思議ちゃん”といったところか。三人の中で最も捉えどころのない性格をしている。
「うぐぐぐ……。不意打ちはダメだって……反則だって……」
「だって先生、本気で倒すつもりでっていったじゃない。だとしたらこんな手ぐらい使うわよ」
「なるほど、俺もやろうかな」とカッツ。
「すごい、感心したよ!」ルブルもうなずく。
「えへへ……」照れるメラニー。
「やめろよ! 三人の生徒から不意打ちかまされるなんて冗談じゃねえ! 俺の身が持たない!」
全くとんでもない女の子だ。メラニーが普通に恋をすることなんてあるのかな、などとシュストは思うのだった。
***
魔法塾が休みのある日、メラニーはリットーの町を歩いていた。
彼女には夢があった。それは“魔女”になること。シュストの元で魔法を学び、魔女になって、怪しい家で怪しい研究をしたいなぁ、などと思っていた。別に犯罪願望などはないが。
なので、自分が普通の恋をするはずがないと思っていたのだが――
「お嬢さん」
「はい?」
「ハンカチを落としましたよ」
話しかけてきたのは黒髪を横分けにした、整った目鼻立ちの青年だった。メラニーよりいくつか年上だろうか。
「あたしのハンカチ、そんなフリルのついたやつじゃないよ」
そういって自分の紫色のハンカチを見せる。
すると青年は、
「これは失敬。あなたがあまりに素敵なもので、声をかけるきっかけを作るためにとんだ嘘を……」
「あたしが素敵……?」
「名乗らせて下さい。僕はロボス・ダールマンと申します」
「ロボス……さん」
メラニーは自分の頬が赤くなっているのに、まだ気づいていなかった。
***
シュストの塾。今日も朝からシュストが無駄に張り切っている。
「みんなーっ! 復習してきたかーっ!」
「へーい……」眠そうなカッツ。
「はい」いつも通りのルブル。
「じゃあ今日はちょっと難問出すぞ。魔法の威力を増強させるために魔法陣を描くことがあるが、どうして壁に描くより、床に描く方が効果が高い?」
「そりゃあ描きやすいからだよ!」
「はい、ダメ」
「床の方が土の恩恵を受けられるからでしょうか?」
「それだと土属性以外の魔法も強化される理由はならないな」
カッツもルブルも撃沈した。ところが、
「地中には多くの生き物の魂が眠っていて、そこから力を得ることができるから」
「メラニー、正解! やるな、このことをそのまま教えたことはなかったのに」
「あたしだって自分磨きをしてるんだもの」
「ふうん……」
そういえば今日のメラニーはいつもよりオシャレだな、と気づくシュストだった。
……
授業が終わり、メラニーはさっさと帰ってしまい、教室には男三人が残った。こうなると女子会ならぬ男子会のような雰囲気になる。
「なぁ、どう思うよ」とシュスト。
「へ?」
「なにがです?」
男子生徒二人はピンときてない様子。
「最近のメラニー、ちょっとオシャレしてるし、勉強も頑張ってるし、前と少し違うだろ」
「そうかぁ?」
「僕もそんなことを思いました!」
「やっぱルブルは気づいてたか。カッツ、お前はもう少し女心を勉強しなさい」
「ちぇっ!」
舌打ちするカッツ。
「だけど、何かあったんでしょうか?」
この問いにシュストは、ドヤ顔を浮かべて答える。
「決まってるだろ……恋だよ恋」
「ええええええ!?」
男子二人が同時に声を上げる。
「まさか俺に……?」
「それとも僕……?」
シュストはチッチッチと言う。
「あいつは同世代に恋するタイプじゃない。ずばり年上と見たね」
「年上!」
「相手は誰でしょう!?」
シュストは今度はフッフッフと笑うと――
「決まってんだろ……」親指で自分を指すシュスト。「俺だ」
わざとらしく髪をかき上げる。
「あいつもやっと俺の魅力が分かってきたっつうか。いやー、だけど講師と生徒の恋ってどうなんだろうね。許されるもんなのか。場合によってはアメリアには涙を飲んでもらうことになるかもな。いやー、モテる男は辛い……」
「んじゃ帰ろうぜ」
「うん」
無視して教室から出ていこうとする二人。
「ちょっと待て! 無視はよくないぞ無視は! もしもーし!」
「俺んちでボードゲームでもやらないか?」
「やろうやろう!」
「おーい! あ、復習はきっちりやれよ!」
教室のドアが閉まる。
「フッ、完全無視とは……あいつらも成長したな」
一人取り残され、生徒の成長を喜ぶのだった。
***
それから一週間ほど経ち、メラニーの様相はさらに変わった。
やはり最初に気づくのは大人であるシュスト。
「メラニー、お前……」
「なによぉ」
「化粧……してないか?」
「うん、ちょっとね。悪い?」
口紅を塗り、薄くではあるが顔全体に化粧を施している。今までの彼女では考えられなかったことである。
「まあ、別にこの塾に化粧禁止なんてルールはないしかまわないが……なぁ、ルブル? 化粧してもいいよな?」
「どうして僕に聞くんです?」
「あ、いや……この塾の四人で一番まともなのお前だし……判断を委ねたい」
「悲しいこと言わないで下さい」
カッツがメラニーに問いかける。
「だけどお前、今まで化粧なんかしてなかっただろ。なんでいきなり……」
「あらぁ、あたしだって年頃の女よ? 化粧ぐらいしたっていいじゃない」
「まあ、そうだけどさ」
そして、メラニーはカッツとルブルの男子二人をじろじろ見ると――
「カッツ、ルブル。あんたたちももうちょい男を磨きなさいね。素材はいいんだから」
「お、おう」
「う、うん」
恐縮してしまう男子二人。
「そう、俺みたいに光り輝く男になれ!」
「先生のどこが光り輝いてるのよ」
バッサリだった。
やけくそになったシュストは、
「光り輝く俺を見せてやる! 光魔法!」
掌に光球が浮かび、激しい光を生み出す。まぶしがる生徒達。
「まぶしいっ!」
「やめて下さい!」
「ちょっとぉ、先生!」
高等技術である光魔法をこんなしょうもないことに使うのだった。
そして、こうも思う。
メラニーの奴いくらなんでも変わり過ぎだ……本当に大丈夫かな?