第4話 チンケな魔法塾講師vsガチムチ親父
次の日、いつも通り塾を終わらせるシュスト。
「いいか、復習はきっちりやれよ!」
いつもは「また同じこと言ってる」とからかってくるカッツとメラニーだが、今日は少し様子が違う。
「なぁ、ルブルってやっぱりもう来ないの? 俺、今日は来るかと思ってたんだけど」
「あたしも……」
やはりルブルがいないのが寂しいようだ。三人の間柄は、単に一緒に教室で魔法を学ぶ仲、以上のものになっていた。
落ち込んでいる二人に、シュストは自信満々に言った。
「大丈夫だ。ルブルは俺の生徒だし、きっと連れ戻す。だから家で復習して待ってろ」
「うん、分かった!」
「頼んだよ、先生」
そして、弱気に独りごちる。
「本当に大丈夫だろうな、俺……」
***
緊張の面持ちでルブルの家に向かうシュスト。
やるべきことは決まっている。後は上手くいくかどうか。とにかく全力を尽くすのみ、とドアを叩く。
「こんにちは! 塾講師のシュストですが……」
ルガンが露骨に顔をしかめる。
「また来たのか」
「来ちゃいました」
おどけた調子のシュストに、ルガンは苛立ちを隠さない。昨日の険悪な雰囲気が再現される。
「先生……」
ルブルが不安そうにつぶやく。また言い争いになるのではと心配しているのだろう。
「何の用だ。昨日で話は終わったはずだぞ」
「ええ、話は終わりました。だから今日は――殴り合いませんか?」
「は?」
拳を握るシュストにきょとんとする父親。
「俺とあなたで一発ずつ、交代で殴り合うんです。もちろん俺は魔法を使いません。もし俺が勝ったら……ルブルを塾に通わせろとまでは言いません。せめてあいつの話をちゃんと聞いてやって下さい」
これにルガンは――
「アッハッハッハッハ! お前が俺と? 殴り合う? 笑わせるな! お前みたいなヒョロヒョロ野郎、一発でのしちまうよ!」
「どうでしょうかね。魔法使いって結構鍛えてるんですよ。強い魔法を使えばそれなりに反動だってありますし」
多少鍛えてるとしても、体格からして違いすぎる。ルブルも焦る。
「先生、無茶です! お父さんと殴り合いなんて……!」
「大丈夫、こう見えて俺も拳闘チャンピオンと握手したことある奴と友達だったりするんだ」
謎の自信に満ちたシュスト。
「……あいつ今なにしてるんだろ」ついでに思い出にふける。
「ふざけやがって……。いいだろう、やってやる! 庭へ来い!」
「ありがとうございます」
……
庭で向かい合うシュストとルガン。傍から見ると、身長差も体重差も絶望的である。
ハラハラしながら見守るルブル。
「まず、そっちから来い」
「いいんですか?」
「ああ、先に殴らせてやるよ。戦士が魔法使いを先に殴るなんて恥だからな」
「分かりました……。ククク、俺に先手を譲ったこと……後悔させてくれるわ!」
悪役のような台詞を吐きながら殴りかかるシュスト。拳が顔に当たったが、よろめきもしない。
「どうだ!?」
「……まあ、普通だな」
「あ、普通……」
シュストのパンチ力は相当普通だったらしい。
「今度はこっちから行くぜ」
「来い!」
ルガンの拳がシュストの顔面にヒット。よろめくシュストだが……。
「うぐ……!」
なんとか踏みとどまった。
「なに!?」
「この程度か。戦士団ってのも大したことないな」
「なんだとぉ!?」
「じゃあ、俺のターン!」
シュストのパンチ。やはり普通な威力。特筆すべきダメージはない。
「今度こそ決めてやる!」
ルガンのパンチ。鈍い音が響くが、シュストは倒れない。
「な……なんで!?」
「へへ……」
「魔法使いが俺のパンチに耐えられるなんておかしい! さてはなにか魔法を使ってるだろ!」
指を突きつけて指摘する。
「俺は魔法なんか使ってませんよ。魔法を使うには多少なりとも溜めや詠唱が必要ですが、そんな素振りありました? まあ、皮膚を固くする魔法もあったりしますけど、そんなの使ったらあんたならすぐ分かるはずだ」
「うぐ……」
ルガンが拳に感じた手ごたえは、魔法で強化された肉体を殴ったようなものではなかった。
「じゃあ、次は俺ですね。三度目の正直パーンチ!」
三度目の正直パンチ。やはり威力は普通で、ルガンにとっては多少痛いぐらい。
「だったら次で決めてやるぜ、先生よ! ふんっ!」
真正面から拳が突き刺さった。が、シュストはちょっと鼻血を出しただけで倒れない。
これにはルブルも動揺してしまう。
「先生、もうやめて下さい! 僕のためにこんな……!」
「僕のため……? 勘違いするなよルブル。これは“俺のため”にやってんだ。お前の父さんにゃチンケ呼ばわりされたし、あとカッツとメラニーを抑えてくれる奴がいなくなると困るし。とにかく……まあ、あまり気にするな」
ただ、と付け加える。
「お前ももう少し“自分のため”に生きてもいいんだぞ」
その後も殴り合いが続く。大してダメージを受けてないルガンに対し、シュストはよろよろといった状態。しかし倒れない。
「また耐えたぞ。次はそっちの番だな。さあ……来い」
「うぐ……」
気圧された父に、ルブルが割って入った。目には涙を浮かべている。
「もうやめてよ、お父さん!」
「ルブル……!」
「これ以上先生を殴ったら、いくらお父さんでも許さない!」
許さないとまで言われ、絶句する父親。
「先生がここまでしてくれたんだ……僕もお父さんにはっきり言うよ」
「な、なんだ……」
「お父さん、僕は魔法を学びたい! 学んで……お父さんみたいに強くなって、色んな人を助ける仕事をしたい! だから……塾に通わせて! お願い!」
普段のルブルからは考えられない大声に、ルガンも、そしてシュストも驚いてしまう。が、すぐに笑みを浮かべる。
「よく言ったぞ、ルブル」
「はい」
肝心のルガンはしばらく打ちのめされたような表情になっていた。それから真剣に考えこむような仕草を見せる。
やがて――
「……すまなかった」
謝罪の言葉が出てきた。さらに言葉は続く。
「俺は息子を強くしたかった。自分の後を継がせたかった。強い戦士になってもらいたかった。だが……息子は十分強くなってたようだ。俺にもう、お前の行く道をさえぎる理由はない」
「お父さん……」
ルブルもうなだれる父の手をそっと握り締める。
「先生……」
突然話しかけられ、「は、はいっ! なんでしょうお父さん!」となるシュスト。
「この殴り合い……あんたの勝ちだ。俺は息子にも、塾講師にも、負けちまった」
「い、いやあ、へへへ……」
鼻血を出しつつ、しまりのない笑顔を浮かべるシュスト。
ルブルは無事魔法塾に復帰できることになった。
「先生……ありがとう!」
「なぁに、こういう家庭訪問もいいもんだ」
「怪我は大丈夫ですか?」
「なに大したことない。それよりしっかり復習しろよ」
自分がなるべくかっこよく見える角度を意識しつつ、ルブルに微笑みを返すシュストであった。
***
帰り道、シュストはアメリアと合流する。
「お疲れ」
「ああ、お前もな」
アメリアはシュストの顔面を見ながら、
「ったく、なーにが殴り合いよ。自分は普通に殴って、あんたは私に回復されて……って完全にイカサマじゃない」
「当たり前だろ。そうでもしなきゃ俺があんなガチムチ親父と殴り合いできるわけねえだろ! 死ぬわ!」
「なんであんたがキレるのよ」
「それに……俺は『俺は魔法を使わない』って言って、実際俺は使ってない。イカサマじゃねえよ」
「屁理屈~。詐欺師の才能あるんじゃない?」
「まあ今回の仕掛けは、回復魔法の達人であるお前じゃなきゃできなかった。感謝してる」
今回アメリアは、庭の外からこっそり殴り合いを眺めつつ、シュストが殴られた瞬間に遠隔で回復するという芸当をしていた。むろん、完全に回復させてしまうとバレるので、ほどほどにダメージは残して。
「でもよかったわね。ルブル君、塾に復帰できて」
「ああ、俺もあいつがあんな風に主張してくれるとは思わなかった。アメリアの回復で粘り勝ちを狙ってたからな。それに……」
「それに?」
「ルブルの親父も、途中から明らかに手を抜いてた。心のどこかじゃ、息子の好きにさせたいって思いがあったのかもな……」
殴り合いを思い出しつつ、しみじみと語る。
「私からすれば、心のどこかで思ってるだけじゃダメだけどね。ちゃんと言ってやれって思うわ」
「お前には分からんか。この男心ってやつが」
「私、女だしねえ」
「女だったっけ?」
「さらに殴られたい?」
「すみませんでした」
アメリアの握り拳に青ざめるシュスト。
「まあ、この話はもう終わりでいいや。それより……」
「ん?」
「早くちゃんと全回復させてくれええええ……! 痛いんだよ! それにいくら回復させるといっても殴られる瞬間はやっぱ痛いわけだし! いでえええええ……!」
「情けない。それぐらい我慢しなさいって!」
「俺、我慢苦手なんだよ! あーあ、鼻血も服についちゃって……洗っても落ちねえぞこれ……」
ため息をついてから、シュストの頬に手をかざし回復魔法を唱えるアメリアであった。
***
翌日からルブルは塾に復帰した。
「なんだよルブル、今日は休みじゃないのか」
「あらぁ、辞めたんじゃなかったの?」
憎まれ口を叩くカッツとメラニーだが、二人とも嬉しそうである。
「だって僕がいないと、二人を抑えられる人がいないでしょ。先生のためにも復帰しないと」
「ルブル、お前変わったなぁ」
「そうかな」
「うん、逞しくなったわねえ」
「ありがとう」
そこへシュストが入ってくる。頬にはわざとらしく湿布をつけている。勇ましく殴り合いをした塾講師アピールだ。
「よーし、ルブルも来てるな」
「はいっ!」
「いい返事だ。今日も授業を始めるぞ! まずは魔法道具のテキストを……何ページまでやったっけ?」
「50ページまでです」
「やっぱりルブルがいてよかったぁ~! ありがとぉ~!」
心の底からこんな声を上げるシュスト。そしてルブルもまた、嬉しそうに口元を綻ばせた。