第3話 はじめての家庭訪問
ルブルはシュストの塾の中で最も大人しく、真面目な生徒である。
茶髪で茶色い目、年齢は他二人と変わらない14歳だが、あどけない印象を受ける。
授業中、シュストが問題を出す。
「現在の回復魔法の基礎を築いた、賢者の名前は?」
カッツとメラニーは誰それ、といった表情。
「おい、昨日やったばかりだぞ! 復習してれば分かるはずだろ!」
ルブルが挙手する。
「お、ルブル」
「ラッスル様です」
「正解! 賢者ラッスルだ。とっくの昔に亡くなってる賢者に様付けまでするとは、やっぱりお前真面目だわ~。カッツ、メラニー、しっかり復習しろよ!」
「へ~い」
「は~い」
気の抜けた返事をする二人であった。
……
シュストに褒められたことで、明るい気分で家に帰るルブル。
「ただいまー」
ルブルは今母親と二人暮らしをしている。
いつものように優しい母が出迎えてくれると思ったが――
「ガハハハハ! 来たな!」
「え……」
ルブルを出迎えたのは思わぬ声だった。
***
翌日、塾にはすでにカッツとメラニーが席についているが、ルブルが姿を見せない。
「ルブルの奴、遅いな……」
カッツが笑う。
「きっと寝坊だぜ!」
「あんたじゃないんだから」
「な、なんだと!?」
ニヤニヤ笑うメラニーをカッツが睨みつける。
「よせよせ。朝っぱらから生徒同士の喧嘩なんて見せられたらたまらん」
そこへ、ルブルが入ってきた。
「おお、ルブル。早く席につけ」
「先生……」
「ん?」
「今日はお別れを言いにきました」
「へ?」
きょとんとするシュスト。
「僕、今日で塾を辞めます。長い間お世話になりました。カッツ君もメラニーさんもお元気で」
頭を下げると、ルブルは出て行ってしまった。
あまりに突然の友人との別れに、困惑するカッツとメラニー。
「どうなってんだよ、これ。なんでいきなり辞めちゃうんだよ」
「あたしに聞かれても分かんないわよぉ」
だが、それ以上に困惑していたのは――
「なんで……? どうして……? 俺、なんかやらかした……?」
シュストだった。
「たった三人だった生徒がたった二人になっちゃった……アハ、アハハハ……」
乾いた笑いを浮かべるシュストに、ため息をつく二人の生徒。
「これ授業できるのか?」
「できないんじゃない」
……
かろうじて午前中の授業を終えたシュスト。
そんな彼に、持参の弁当を食べながらカッツがつぶやく。
「多分だけど、ルブルの父ちゃんが帰ってきたんだと思うぜ」
「父ちゃん?」
聞き返すシュスト。
「あいつの父ちゃん、戦士団の一員なんだ」
「“戦士団”か……」
国から雇われるという形で、腕自慢が集まった治安維持集団。
王国各地に出向き、山賊や盗賊を退治することを生業にする。実入りは多いが、めったに家に帰ることはできない。
そして、その肉弾戦重視の性質ゆえ魔法を毛嫌いしている者も多かった。
ルブルが久しぶりに帰ってきた父から「魔法塾なんか辞めろ」と言われる光景は想像に難くない。
「どうするの、先生?」とメラニー。
「……」
しばらく悩んでから、シュストは言った。
「ルブルが本心から塾を辞めたいっていうなら、それはもう仕方ないことだ。俺に止めることはできない。だが、父親に言われて辞めるとしたらどう考えてもおかしい」
となると、塾講師として打つ手は一つ。
「やるか……家庭訪問!」
***
授業を終えた後、シュストはルブルの自宅を訪ねた。塾から歩いて10分ほどのところにある、赤い屋根が特徴の家だ。
「はじめての家庭訪問……緊張するなぁ。行くぞ!」
と気合を入れたのも束の間。
「これしきで倒れるんじゃねえ、ルブル!」
怒鳴り声が聞こえた。
シュストがおそるおそる庭を見ると、大柄なルブルの父親が、ルブルに木剣で指導をしていた。
「オラ、早く立て! 早く! 敵は待っててくれねえぞ!」
「は……はいっ!」
怒号を矢継ぎ早に浴びせられ、ルブルは完全に委縮してしまっている。シュストがすかさず割って入る。
「あ、あのっ! ちょっとよろしいですか!」
「あ?」
シュストを睨みつけるルブルの父。
名はルガンといい、茶髪なところはルブルと共通しているが、まるで似ていない。唇の周辺に髭を生やし、いかにも豪傑といった顔つきと体つきをしている。
本当に血が繋がってるのかよ、と怪しむシュスト。
「俺は……ルブル君が通っていた魔法塾の講師でして……今日いきなり辞められてしまったので、とりあえず理由を伺いに来まして……」
「ああ……。ルブル、鍛錬は中断だ」
「はい……!」
シュストとルブルの目が合う。
ルブルは「先生……」とつぶやいた。
……
リビングに案内されるシュスト。
ルブルの母親は穏やかで美しい女性であり、ルブルは母親似だというのが分かる。
さっそくシュストが話を切り出す。
「えぇと、ルブル君が塾を辞めた件なのですが……」
「俺が辞めさせた」
これは予想していた答えである。
「いったいなぜ……」
「ルブルは俺が鍛え上げるからだ。鍛え直して、一人前の戦士にする」
「しかし、ルブル君の意思は……」
「ルブルだって俺みてえな戦士になりたいと思ってるさ! なあ!?」
「は、はい……」
そうだろそうだろと嬉しそうに笑うルガン。どう見ても本心じゃないだろう、言わせてるじゃねえか、と心の中で毒づくシュスト。
「ってわけだ。さっさと帰ってくれ!」
追い払う仕草をするルガン。だが、シュストは――
「いや……帰りませんよ」
「ああ?」
「ルブル君には魔法の才能がある。そしてなにより、大人しいが真面目で、魔法を真摯に学びたいという姿勢がある。そんな子がこんなあっさり魔法塾通いを辞めるとは思えない。こんなんじゃ俺は帰れませんよ」
「ふざけるなッ!」
テーブルを拳で叩くルガン。
「ルブルは俺の子だ。将来は俺が決める。チンケな魔法塾の講師如きが出る幕じゃねえんだよ!」
「チンケ……!」ショックを受けるシュスト。
しかし、すぐに気を取り直し、
「チンケはいくらなんでも言い過ぎだと思いますので、“多少チンケ”ぐらいに訂正を――」
「ひどいよ、お父さん!」
ルブルが食ってかかる。
「うるせえ!」
ルガンは拳を振り回し、我が子を吹き飛ばす。
これまでは講師として立ち回っていたシュストも、これには頭に血が上った。
「おい、なにしてんだあんた!」
「何って、ちょっと小突いたぐらいだろうが。戦士になるんならこれぐらい屁でもねえ」
「戦士戦士って、俺にはあんたがただの暴力オヤジにしか見えねえよ」
「なんだと!? たかが魔法使いが偉そうなクチ叩くじゃねえか!」
「だったら、そのたかが魔法使いの力、見せてやろうか!」
売り言葉に買い言葉で、どんどん険悪になっていく。
ルブルの母親も止めにくるが、まるで効果がない。
すると――
「先生、やめてっ!」
「ルブル!」
「先生こっち来て!」
ルブルに手を掴まれ、シュストはリビングの外に出る。
「ルブル……」
「先生、今日は来てくれてありがとうございます」
「いやぁ、どういたしまして」
間抜けな返事をしてしまう。
「だけど……もう来ないで下さい」
「え……」
「多分、お父さんと先生、これ以上口論になったら戦いになっちゃいます。そしたら……先生が勝つと思います。僕、お父さんが傷つくところも見たくないんです……」
「ルブル……」
優しい子だ、とシュストは思った。
魔法を学びたいという気持ちはあるだろうが、それ以上に父を愛しているのだろう。
「分かったよ。今日のところは帰る」
「先生……」
「だけどな、俺はお前を見捨てないぞ。だって……」
「?」
「カッツとメラニーは俺の手に負える生徒じゃないしさぁ~、やっぱ真面目なお前がいないと……!」
と本音とも冗談とも取れる言葉を残し、ルブルの家を後にした。
***
帰り道、シュストはアメリアのカフェに立ち寄る。
「あら珍しく悩んじゃって。どうしたの?」
「実はさぁ……」
シュストは家庭訪問での一部始終を話す。
「うーん、難しい問題ね。ルブル君はお父さんの希望に沿いたいって思ってるわけでしょ?」
「ああ、優しい奴だからな」
「だったらお父さんに認めさせるしかないわけだけど……」
「俺が魔法であの親父を屈服させたところで認めないだろうし、なによりルブルが悲しむだろうな」
「だよねえ……」
うーん、と悩む二人。
「だったらいっそ殴り合いでもしてみる? 殴り合いで負けたら、ルブル君のお父さんも戦士として負けを認めざるを得ないんじゃない?」
「屈強な戦士と殴り合いて……俺が死ぬだろ」
ところが、シュストは――
「いや待てよ……いいかもしれない!」
「え!? 私は冗談で言ったんだけど……」
「もちろん、言い出しっぺとしてお前にも手伝ってもらうぞ。お前だって“魔法使い”なんだからな」
ニヤリと笑うシュスト。
「まあしょうがないか。あんたはどうでもいいけど、ルブル君のことは助けてあげたいしね」
「俺はどうでもいいのか……」
肩を落とすシュスト。しかし、作戦は決まった。明日、二度目の家庭訪問をすることを誓うのだった。