第29話 魔法塾講師vs魔法学校教師
噴火魔法をぶつけ合った二人。
さらに魔力が高まっていく。
「雷鳴魔法!」
シュストから仕掛けた。
強烈な雷の集合体がバルドロスに炸裂する。
「ふん……氷山魔法!」
シュストの足元から巨大な氷がせり上がってくる。
「土砲魔法!」
巨大な土の塊が、バルドロスに襲いかかる。
バルドロスは掌から風を生み出す。
「台風魔法!」
強力な風でこれをかき消す。
大魔法の応酬。
シュストは呼吸を整えると、最も得意とする炎魔法を唱える。
「炎竜魔法!」
バルドロスも氷魔法で対抗する。
「氷竜魔法!」
巨大な炎の竜と氷の竜がぶつかり合い、相殺される。
広い教室がすでに半壊状態となっている。
シュストが苦笑いする。
「互角だな。生徒達を隅に吹っ飛ばしといてよかったぜ」
「腕が落ちていないどころか、キレが増したな」
このまま勝負を続ければ勝った方も無事には済まないとお互いが感じる。
「だが……俺は楽に勝つ方法を思いついたぞ」
「へ?」
バルドロスは掌を周囲に転がる生徒達に向けた。
「氷柱魔法」
数本の鋭い氷柱が生徒達に発射される。
すかさずシュストが盾になる。
「うぐあっ!」
肩にまともに刺さってしまう。
「うぐぅ……!」
「これで俺の勝ちがだいぶ近づいたな」
笑みを浮かべ歩み寄ってくるバルドロス。
「くっ!」
「緊縛魔法」
魔力がシュストを縛り付ける。数秒で解除するが、その数秒があまりにも大きかった。
「痛いか? 緊縛魔法のような基本的な魔法も通じるようになっている。竜巻魔法!」
巨大な竜巻が襲いかかり、シュストの全身をズタズタにする。
「うぐああああああっ!」
「フフフ、やはり貴様は生徒達をかばうと思っていたぞ。だが、それが命取りだ」
これにシュストは怒声を返す。
「てめえ……自分の生徒だろうが!」
「ああ、俺の生徒にして手駒だ。洗脳香の実験と貴様を倒すための道具として大いに役に立ってくれた」
膝をつくシュストを、バルドロスはあざ笑う。
「もう立つこともできないようだな。貴様との勝負、なかなか楽しかったぞ」
しかし、シュストも笑った。
「フフフ……」
「なんだ?」
「さっきまで……俺はお前に勝てる確率は五分五分ぐらいかなと踏んでた。宮廷魔術師時代、俺たち三人は互角だったし、俺も怠けてるつもりはなかったが、お前も野心に向かってひたすら努力してたわけだしな」
「まあな。もっとも五分五分だった勝率とやらも、貴様が俺の生徒どもをかばってくれたおかげで大幅に下がったわけだが」
「逆だよ」
「なに?」
「お前が自分の生徒を粗末に扱うクソ野郎だったおかげで……負ける気がしなくなった」
体じゅうの傷から血を流しながらニヤリと唇を曲げるシュスト。
「ほざけ!!!」激高するバルドロス。
掌に雷を蓄える。
「雷槍魔法!」
雷の槍がシュストを射抜いた。が、シュストは倒れない。
「ちっ!」
さらに魔法を唱えようとするが、ダッシュで近づくシュスト。
何がくる――と魔法防御を固めるバルドロス。が、なんとシュストは拳を叩き込んだ。
虚を突かれ、まともに喰らってしまう。
「ぶほっ!」
「どうよ、戦士団の親父さんに“普通”と称されたパンチは。あれからそれなりに鍛えたけど」
「貴様……!」
「たまには殴られるのもいいもんだろ」
反撃に出ようとするバルドロス。が、シュストが再び膝をついた。
「ぐうっ……!」
「ふん、いくら強がろうがやはり体は限界だったようだなァ!」
勝ち誇るバルドロス。
「――雷鳴魔法!」
その油断を突いて、シュストは雷の嵐を叩き込んだ。
「ぐはあああああっ!?」
「メラニー、ありがとよ。お前にやられた騙し討ちが役に立ったわ」
「貴様ぁ……!」
距離を取ろうとするバルドロス、すかさずシュストは風魔法を自分にぶつけ、頭から突っ込んだ。
ルブルが父との戦いの時に見せた一撃である。
「ぐおおっ!」
「ルブル、いい技を編み出してくれたな」
バルドロスは反撃に出る。
「氷柱魔法!」
再び氷柱が襲う。かわしきれず傷を負う。しかし、シュストは倒れない。
「なんでだ……なんで倒れないんだ!?」
「俺の……教え子の……カッツがさ……。あいつ、自分をいじめてた奴を……助けたんだが……その時……こう言ってたんだ」
「……?」
「“先生ならきっとこうする”ってよ。実際、俺がそうしたかどうかは……分からないけど……あの時俺は決めたんだ」
シュストの目に力が宿る。
「あいつらの……“先生ならきっとこうする”に応えられる塾講師になろうって! あいつらは俺がこんぐらいでくたばる男じゃないと思ってくれてるはずだ!」
迫力に気圧されるバルドロス。
半壊して壁もボロボロになった教室の周囲には、いつの間にか大勢の生徒、教師が集まっている。とはいえ、二人の戦いに割って入れる者はいない。
「……哀れだなお前は。せっかくこんなに生徒がいるのに、お前は生徒から何も教えてもらえなかった。だが、俺はあの三人から沢山のことを学んだ」
最後の魔力を振り絞るシュスト。
「さあ、きっちり復讐してやるから覚悟しろ!」
「ふざけるな! 返り討ちにしてやる!」
これが最後の激突。
シュストは得意属性である炎魔法を唱える。
「炎竜魔法!!!」
巨大な炎の竜が舞う。
「氷竜魔法!!!」
巨大な氷の竜が迎え撃つ。
二つの大魔法が激突した。
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
「ぬうううううううううう……!」
凄まじい余波が生じ、周囲からは悲鳴も上がる。
どちらが優勢か――それはやはりバルドロスだった。氷の竜が炎を喰らいつくさんとしている。
「残念だったなぁ、シュスト! 貴様はここで死ぬんだよ! 俺は貴様を殺し、ここを去り、独自の勢力を打ち立てる! いずれはラトレアをも飲み込むほどのな! 貴様はあの世からそれを見ていろ!」
「ぐ、ぐぐっ!」
「ハーッハッハッハッハッハ!!!」
高笑いするバルドロス。この場でシュストを消しさえすれば、彼にはいくらでも逃げる手段はある。そうなればもはやエリッツや軍が捜索しても追えないだろう。
精神は魔法に作用する。そんな高揚感を利用し、バルドロスはさらに魔力を放出する。
一方のシュストは意識が薄れてきた。
「ぐ……く、くそ……!」
押されているのが分かる。押し返さないと。しかし、その力が湧いてこない。心は折れていないがダメージを受けすぎてしまった。
ここでバルドロスを倒さないといけないと分かっているのに。
「俺は……俺は……」
薄れゆく意識の中、シュストは自分を呼ぶ声を聞いた。
「先生―ッ!!!」
ふと、声がした方向を見る。そこには――
カッツ、ルブル、メラニーがいた。シュストの身を案じて駆け付けていたのだ。
「あいつら……」
微笑むシュスト。
「先生頑張れ!」
「負けないで下さい!」
「負けないでぇっ!」
どんな魔法よりも三人からの応援はシュストを強くしてくれる。
「バルドロス……塾講師の意地、見せちゃる」
シュストが最後の力を振り絞る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
炎の竜が押し返す。バルドロスはまさかの事態に、ここで徹底的に対抗するか、逃げに走るか、一瞬迷った。
その迷いが致命的ミスだった。
炎の竜が氷の竜とバルドロスを飲み込む。
「ぐ……ぐおおおおおおっ……!!!」
――決着。
元宮廷魔術師同士にして現塾講師と魔法学校教師の対決は、シュストの勝利に終わった。