第28話 元宮廷魔術師な魔法塾講師俺、自分の復讐を果たしに行く
次の日の昼、ブレス魔法学校の近くまでやってきたシュスト。校舎を見上げる。
シュストはこれまでほとんどこの学校を見にきたことがなかった。そのためバルドロスがここにいることすら知らなかった。なぜだろうと自問自答する。
結局のところ、自分は塾講師という今の立場に心のどこかで劣等感を持っていたのではないか。だからエリートの象徴である魔法学校をなるべく避けるようにしていたのではないか。
目をつぶり、三人の生徒の顔を思い出す。
しかし、今は違う。自分にはカッツ・ルブル・メラニーにきちんと魔法を教えられたという自負がある。
目を開け、シュストは踏み出す。
「堂々と行くか」
勇ましい顔つきで独りごちる。
「堂々と……こっそり入ろう」
移動魔法を使って校舎内へ侵入する。
魔力を極力消し、シュストは校舎内に潜入する。高い魔力を保ったままでは探知される恐れがあるからだ。
三人が覚えていた通りの道順を進む。
やがて、強力な結界が張られた一角にたどり着いた。
「こんなの……並みの魔法使いじゃ入ることさえできねえな」
しかし、シュストは魔力を高め、堂々と結界に侵入する。
明らかに空気が変わった。
鼻につく匂いが漂ってきた。洗脳道具として利用されている香の匂いだろう。顔をしかめながら、シュストは前へ進む。優れた魔法使いならば洗脳効果を防ぐことができる。
すぐに扉が見えた。
ここが特別授業の行われている教室で間違いない。
シュストは扉を押し開けた。
中には聞いた通りの薄暗い祭壇のような教室と、姿勢よく座っている生徒たち。
そして――バルドロスがいた。
「よう、バルドロス」
バルドロスが目を丸くする。他の生徒は全く反応していない。授業中は意識がぼんやりしているのだろう。
「貴様は……シュスト!?」
「ああ、二年ぶりぐらいか」
お互い表情は険しい。久しぶりの再会を喜び合うような仲ではない。
「なぜ貴様がここに……」
「実は俺、リットーの町で魔法塾を開いててさ。お前がこの魔法学校に勤めてるって知って、何か悪さでも企んでるんじゃないかと俺の教え子たちを送り込んだんだ。そしたら、案の定洗脳されて帰ってきたよ」
エリッツのことは秘密にしなければならない。あくまでシュスト主体で動いたことにする。
「……なるほど。あの三人か。どうりで魔力測定でいい成績を出せるわけだ」
「お前は“魔法は優れた者のみが使うべき”って信念を持ってて、そんな連中を集めた勢力を作ろうとしていた。魔法学校でそれをやろうとしたのか?」
バルドロスは挑発的な笑みで応じる。
「昔のよしみだ……答えてやろう。その通りだ」
「しかし、なんでまたわざわざ魔法学校で? あのまま宮廷魔術師でも同じことは出来ただろ」
「エリッツだよ。あいつが邪魔だった。あいつは俺の行動を逐一マークしていた。貴様がいなくなってからはなおさらだ。そこで王都では身動きを取れないと判断して、場所を移した」
「それで……生徒を素質や成績で分けることを徹底して……」
「ああ、優れた生徒を見定めるためにな」
「同時に人を洗脳できる技術を開発してたお前は、それがついに完成し、“特別授業”なんてもんを開き始めたわけだ」
バルドロスは答えない。が、正解だよと言いたげな表情をしている。
「ちょっと前、オーガニー家の伯爵が妙な手紙に惑わされて、憲兵を動かす騒ぎを起こした。あれもお前だな?」
「そうだ。香の出来具合をテストしたかったのと、フローライト家もオーガニー家もなかなか優秀な貴族だ。いざという時、俺の計画の妨げになる恐れもある。だから潰し合いでもしてくれればと思ったんだが、さすがにそこまでうまくはいかなかった」
アメリアの父ラングが事を荒立てないようにしたのは好判断だった。
「洗脳した生徒達はどう使うつもりだ?」
「優れた魔法使いとして、国の中枢に忍び込ませる手筈だった」
「やっぱりそういうことだったか」
自分の息のかかった魔法使いを重要機関に大量に送り込めれば、やりたい放題できる。
シュストは大方自分の推理通りだったと分かり、納得する。
あとはこの男を止めれば――
「シュスト、せっかくこれだけ質問に答えたんだ。こっちからも聞いておきたい」
「なんだ?」
「貴様の背後に誰がいる?」
「は、背後……?」
思わぬ質問に、シュストはたじろぐ。
「俺が何か企んでると踏んで塾の生徒を送り込んだといったが、貴様のアイディアじゃないだろう」
「い、いや、そんなことは……。これは俺の正真正銘アイディアで……」
「エリッツあたりか」
ずばり当てられてしまう。
「ぐ……!」
「奴に勘づかれた以上、この学校も去らねばなるまいな」
しかし、バルドロスには余裕がある。
魔法学校を去っても、もっと肝心な洗脳技術の開発は既に終わっているのだ。
安全圏まで逃げてしまえば、今のバルドロスはいくらでも手駒を増やせてしまう。
それこそ野望を達成できる勢力にするまで、何年でも地下に潜るだろう。
「そうはさせねえ。お前はここで食い止める」
むろん、シュストもそんなことを許すはずもない。
「最後に聞いておく。バルドロス、どうして俺をハメた? やっぱり計画に乗らなかったからか?」
「それもある……が、一番の理由は“色んな人に楽しく魔法を教えたい”なんて貴様のバカげた考えが腹立たしかったからだ」
「そうかい」
シュストは笑う。
「あいにく俺は今の塾講師という職業、楽しんでやってる。いい生徒たちとも出会えた。そういう意味じゃお前にさほど恨みは持っちゃいない。だが……やっぱりハメられっぱなしってのは我慢ならない」
目つきが鋭くなる。
「俺が塾講師として、きっちり復讐してやるから覚悟しやがれ!」
そんなシュストをバルドロスはあざ笑う。
「悪いが、俺自ら貴様と戦う必要などない」
「なに?」
人形のように席に座っていた生徒達が一斉にシュストに顔を向ける。
「これは……まさか!」
「貴様の相手はこの生徒達で十分だ。かかれ」
大勢の中から選ばれ、洗脳された50人の生徒達が襲いかかってくる。
だが――
「空気魔法!」
シュストの魔法が50人をまとめて吹き飛ばした。全員を空気の塊で吹き飛ばし、教室の隅に気絶させたのだ。
「む!?」
「お前、いくらなんでも元同僚をナメすぎだろ。これでも宮廷魔術師で、お前と一緒に『三天』だなんて呼ばれてたんだ。いくら素質があっても魔法学校の生徒が束になったぐらいじゃ俺は倒せねえよ」
「なるほど……確かに俺は貴様をナメすぎてたようだ……。始めよう」
二人が魔力を高める。
「噴火魔法!」
「噴火魔法!」
同時に炎魔法を唱える。巨大な炎が噴き出る大魔法だが、戦う態勢に入り、魔法耐性を上げている二人にとってはさほどダメージにはならない。
「腕は落ちてないようだな……シュスト」
「そっちこそな」