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第27話 バルドロスの特別授業

 魔法学校にて、ついに「魔力測定」が行われる日がきた。

 

 他の生徒がガチガチに力んでいる中、カッツら三人はリラックスしている。

 シュストの言葉をきちんと復習し、ちゃんと自分のものにしているのだろう。


 生徒達が順々に魔力を放出していく。が、シュストの言う通り力みすぎてしまい、実力を発揮できない生徒が多かった。いかに沢山水が入ったボトルでも蓋をきちんと開けられなければ、水はしっかり出てこない。


 いよいよカッツたちの出番がくる。


 まずはカッツ。教師の合図で両手から魔力を出す。


「ふんっ!」


 同じ年齢の生徒たちと比べ、かなりの放出量。周囲も驚く。嫌な思い出といえる王都でのキースとの魔力比べの経験も生きた。

 続いてルブル。


「はっ!」


 これも、年齢を考えるといい結果が出た。ルブルは満足そうに微笑む。

 さらにメラニーも――


「ウフフフフ……」


 笑いながら魔力を放出する彼女の姿に、教師も生徒も背筋に冷たいものが走るのを感じていた。


 体験入学生らの思わぬ奮闘に、測定を担当していた教師が思わずうなる。


「これは……バルドロス先生に報告した方がよいかもしれないな」



……



 測定が終わり、カッツたちは食堂で昼食を取っていた。


「ここのメシはうまいな!」


「みっともないよカッツ君」


「こういうところがまだまだ子供よねぇ」


 ガツガツとサンドイッチを食べるカッツを、諫めるルブルと笑うメラニー。


 突然、生徒達が騒がしくなる。


「あっ!」

「バルドロス先生だ!」

「なんでこんなところに!?」


 バルドロスが食堂に現れた。

 長めの青白い髪に、鋭い目つき。魔法学校の最高権力者であることを隠さぬような仰々しいローブを身につけている。


「あれが……バルドロス」息を飲むカッツ。


 ゆったりと歩く様は、シュストやエリッツに匹敵する雰囲気を醸し出している。とはいえ、親しみやすいシュストやいかにも堅物なエリッツとはまた違う。

 なんの用かと思えば、まっすぐカッツたちに近づいてきた。


「やぁ。私はこの学校の教師バルドロスという者だ。君たち三人はカッツ君、ルブル君、メラニーさん、だね?」


「その通りですが、なにかご用でしょうか?」ルブルが答える。


「三人は体験入学生でありながら午前中の魔力測定で好成績を残したと聞いている」


「ありがとうございます!」


「ついては……君たちに話があるのだが、私と共に来てもらえないか?」


 三人は目を見合わすが、断る理由はなかった。ここで警戒感を示せば、背後にシュストやエリッツがいるのを疑われる可能性もある。無邪気な生徒を装い、ついていくしかない。


 人気ひとけのない場所に案内される三人。


「今日これから、特に優れた生徒だけを集めて行う特別授業の予定があるんだ。急で悪いんだがぜひ君たちにも参加してもらえないか、と思ってね」


 魔力測定でいい結果を出せたことで、バルドロスのお眼鏡にかなったようだ。

 こんなチャンスを逃す手はない。三人はもちろん承諾した。このままバルドロスの授業を受けて、彼が何をしているか分かれば、あとはそれをシュストに報告すればいい。


「では、ついてきてくれたまえ」


 バルドロスが前を歩き、カッツら三人が後に続く。

 体験入学前の案内では、近づいたことすらない区画に入っていく。


 妙な匂いがしてきた。


「これは……お香ですか?」


 ルブルの質問には答えず、バルドロスは歩いていく。

 三人は意識が朦朧としてきた。なんとか気を強く持とうとするのだが、この香の臭いを嗅いでいると……。


「あそこの教室だ」


 今まで授業を受けてきた教室とは、明らかに異質な教室。三人も異変に気付いているのだが、香のせいで正常な思考が保てない。


「入ってくれ。素質ある者だけ受けられる特別授業を体験させてあげよう」


 バルドロスはにっこりと微笑んだ。



***



 教室は薄暗く、まるで祭壇のような部屋だった。

 カッツたちより前にすでに50人ほどの生徒が席に座っている。だが、微動だにせずどこか人形のような印象を受ける。香の効果を受けているためだろうか。


「さあ、今日も特別授業を行う。私の授業を受ければ君たちの魔力は飛躍的に伸び、私に従うに相応しい人間となる」


 生徒達が返事をする。


「君たちは選ばれた人間だ」


「私たちは選ばれた人間です!」


 生徒達が口を揃える。

 このような復唱を延々繰り返す。


 三人も異様な光景だと悟るのだが、バルドロスの言葉を聞いているうちに、思考が働かなくなっていく。


「せ、先生……」


 シュストを呼んでも声が届くはずもなく、特別授業はまだまだ続いた。



***



 魔法学校から出た三人は、いつものように歩いていた。それをシュストがいつものように出迎える。いつも通りの光景である。


「おお、戻ったか。今日はどうだった?」


「学校にもすっかり慣れたよ!」

「今日も楽しかったです」

「ちゃんと復習するわぁ」


 三人とも何も問題がないかのような笑顔を浮かべている。


「ふうん……」


 しかし、シュストは違和感を抱いた。一見いつも通りの彼らだが、何かがおかしいと。ほんの少しヘアスタイルを変えた程度の、かすかな違い。


「カッツ、質問するぞ」


「なんだよ?」


「バルドロスのことをどう思う?」


 すると――


「バルドロス先生はすごくいい先生だよ!」


「え……?」


 他の二人も――


「あの人は素晴らしい先生です!」


「私もあの人のような魔法使いになりたいわぁ」


 魔法学校の生徒ならば、バルドロスを称えてもおかしくない。ある日突然、心酔し始めたとしても疑問を抱く保護者等はいないだろう。

 だが、この三人がこうなることは断じてあり得ない。


「おい、お前たち! 何された!?」


 こう問いただすも、三人は答えない。バルドロスに何をされたかについて語ることは、許されていないようだ。


「くそっ、やってくれたな!」


 シュストは舌打ちし、三人を睡眠魔法スリープで眠らせる。

 そして、アメリアの元まで連れていった。



***



「どうだ?」


 カフェにある一室にて、シュストがアメリアに尋ねる。

 二人を診たアメリア。


「かなり強い暗示がかかってるわね……」


 深刻な表情を浮かべる。


「やっぱりか。お前の回復魔法が通じるか?」


「分からない……けど、やってみる」


「頼む。俺も可能な限り、解呪の魔法を試みる」


 真剣な眼差しで、全精力を使い切るつもりで、二人は呪文を唱え続けた。

 半ば祈るような気持ちで解呪の魔法を唱え続けるシュスト。アメリアも全身に汗を浮かべている。

 凍てついた氷を慎重に溶かすような作業だ。

 元の三人に戻ってくれ、元の三人に戻ってくれ、元の三人に戻ってくれ。


 やがて――


「よし!」


 三人にかかっていた“洗脳”といっていい暗示が解けてきた。


「しばらく休ませて……落ち着いたらこいつらから話を聞けるだろう」


「そうね……よかったぁ……」


 アメリアも汗だくで微笑みながらうなずいた。



……



「あれ、なんだか頭がスッキリした!」


 最初に元気になったのはカッツだった。


「バルドロスのことはどう思う?」


「ああ、今日俺たちあの人の授業受けてきたんだよ!」


 バルドロスのことについて話せるようになっている。ホッとするシュスト。

 遅れて回復した他の二人も同じような反応だった。


「よかった……。ま、アメリアの出した茶でも飲んでから、ゆっくり話を聞かせてくれ」


 アメリアが生徒らに紅茶を出す。


「どう?」


 三人が口を揃えて「おいしい!」と答える。


 アメリアがシュストにコーヒーを出す。


「どう?」


 シュストは口をしわくちゃにして「苦い!」と答える。


 さっそく三人を代表して、ルブルが報告を始める。

 魔法測定でいい成績を残し、バルドロスにスカウトされた三人は祭壇のような教室に連れて行かれ――


「お香の匂いが漂う中、バルドロスさんはひたすら『君たちは選ばれた人間』と唱え、みんなも同じように返し、僕も意識がぼんやりしてきて……気づいたら授業が終わっていたんです」


「特別授業という名の“洗脳”だな……」


 シュストはバルドロスが「魔法は優れた者のみが使うべき」という思想だったのを改めて思い出した。


「あいつは魔法学校で、自分に絶対服従する手駒を作りたいんだろう。それも、素質のある手駒をな」


「恐ろしい話だわ……」


 アメリアも同意する。


「それともう一つ分かったことがある」


「なに?」


「お前のお父さんが逮捕された事件あったろ。あれはブラムス伯が妙な手紙を見てその気になっちゃったのが原因だったわけだが……」


 ここまで聞いてアメリアが察する。


「まさか……!」


「ああ、三人にかかってた魔力とあの時手紙から感じた魔力の残滓と同じだった」


「バルドロスさんがあの騒動を仕組んだってこと!?」


「そういうことだな。おそらくあいつは宮廷魔術師の頃から人を操ったり洗脳できるような香や薬品をずっと研究してた。あの逮捕騒動はそのテストみたいなもんだったんだろう」


 匿名の手紙でならばまず足はつかないし、ブラムスが狙い通りの行動を取ったかどうかもすぐ確認できる。そして、ブラムスは手紙に混ざった魔の香に誘われ、憲兵隊に圧力をかけるという行動に出てしまった。


「やってくれるじゃない……!」


 自分の父も巻き込まれていたと知り、アメリアも憤る。


「それで……他に何か分かったことがあるか?」


 カッツが答える。


「明日も特別授業をやるって言ってた」


「そうか……」


 たった一回特別授業を受けただけのカッツたちですら、洗脳解除にかなり手間取ってしまった。これ以上特別授業をさせるわけにはいかない。生徒らのためにも事態は急を要する。


「どうする、シュスト? もう悪いことしてるってのは分かったわけだし、こうなったら王都にいるエリッツさんも呼び寄せて一気に……」


「いや、この一件で最悪のケースはバルドロスに逃げられることだ。あまり派手な動きをすると、逃げられる可能性が高い」


「あ、そっかぁ」


「それに……あいつとはやはり俺自身でケリをつけたい。明日、俺が特別授業とやらに乗り込んで、あいつと対決する」


 いつになく凛々しい表情で、シュストが宣言した。


「頑張ってよ。あんたが取り逃がしたら、シャレにならないんだから」


「ああ、分かってる。暗示をかけられた生徒の恨み、危うく父親が逮捕されるところだった恋人の恨み……そして、宮廷魔術師クビになった俺の恨み、全部ぶつけてやる!」


「頼むぜ、先生!」カッツが激励する。


「魔法学校も救ってあげて下さい」優しいルブルらしい言葉である。


「バルドロスって人、放っておくのもシャクだしねぇ」相変わらずのメラニー。


「うん……明日、全ての決着をつける!」


 シュストは気合を入れるため、コーヒーを一気に飲み干した。


「苦いっ!!!」

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