第25話 シュストと生徒達の答え
翌朝、目を覚ましたシュスト。
「ん……昔の夢を見るなんて久しぶりだな」
エリッツの依頼を改めて考える。
ブレス魔法学校を牛耳っているバルドロスを表立って糾弾するのはもはや難しいのだろう。バルドロスが危険な企みをしているのもなんとなく想像がつく。魔法学校で彼が言っていた「自分の勢力」を作るつもりなのかもしれない。
そして、自分を陥れたのがおそらく彼であることも――
だが、生徒達を危険な目にあわせるのだけは承服できない。
エリッツは今日も来るだろう。朝食のパンを食べながら、正式にあの頼みは断ろう、と決意を固める。
***
授業が始まってしばらくして、エリッツはやってきた。
「おはよう、シュスト」
「エリッツ……」
「改めて頼みに来た。バルドロスの調査、お願いできないだろうか?」
シュストの心はすでに決まっている。
「悪いが、俺にはそのつもりはない」
「シュスト……かつてお前が小火を起こした王宮の研究室、後で入念に調べたところ、火薬の痕跡が発見された」
「だろうな」
「仕込んでいたのは……あいつだろう。お前が陛下から罷免された時、笑っていたのを私は見ていた」
「俺も見てたよ。理由にも心当たりがある」
シュストはあの時のことを思い出しながら、
「バルドロスへの恨みがないといえばウソになる。あいつが何か企んでるのも杞憂とは思えない。だが、今の俺は塾講師だ。生徒を危険にさらすわけにはいかねえよ」
シュストとエリッツが見つめ合う。
何秒だろうか、あるいは何分か、それともほんの数秒だったかもしれない。
どちらも一言も口にしなかった。
そして、エリッツは言った。
「……分かった。無理強いはすまい。奴の件は別の方法を考えることにしよう」
「悪いな」
シュストの心の中にさまざまな感情が生まれる。
頼みを断れたという安堵。バルドロスを放っておいていいのかという不安感や罪悪感。しかし、塾講師としての選択はこれが最善――そう思うしかなかった。
粘ることはせず、教室を出て行こうとするエリッツ。
「すみません!」
声の主はルブルだった。エリッツもシュストも驚く。
「あの……僕たち、エリッツさんに協力してはダメでしょうか?」
すかさずシュストが聞き返す。
「協力って……お前たちはこの塾の生徒だ。エリッツに協力する義務なんかないんだぞ」
「実は……僕たち三人で、昨日話し合ったんです」
「え?」
メラニーとカッツもうなずいている。
「そしたら三人とも……エリッツさんに協力したいという結論になったんです」
「ど……どういうことだ」
僕から説明します、とルブル。
「バルドロスさんという方、まだ確定ではないとはいえ、何か悪いことを考えている可能性があるんですよね。だとしたら、僕は戦士団の一員であるお父さんの息子として、放ってはおけません。だから僕も協力したいんです!」
「気持ちは分かるが……」
反論しようとするシュストにカッツも意見をぶつける。
「レオナルドが言ってた。バルドロスって人が先生になってから、成績によるクラス分けを徹底し始めて、イジメもひどくなってるって……俺もいじめられてたことがある身として、やっぱり放っておけないしさ」
それに、と一拍置く。
「先生、その人にハメられた可能性があるんだろ? だったらさ、やり返さなくていいのかよ? 俺はレオナルドやキースって奴にやられて、先生がやり返してくれて、やっぱりスカッとしたよ。だから俺も……先生に恩返ししたいんだ!」
「カッツ……」
メラニーはいつものように笑いながら、理由を話し始める。
「あたしも先生には助けてもらったものねえ。そのバルドロスって奴が悪党なら、どうにかしたいと思いがあるわぁ。魔法学校に潜入するってのも面白そうだし。ウフフフ……」
三人が各々の理由を話し、シュストはそれを反芻する。
「みんな……」
シュストの心にもくすぶっているものはあった。
今の塾講師としての生活は楽しいし、満足している。が、バルドロスが本当に自分をハメたのか確かめたかったし、もしハメたのなら借りを返したいという思いはあった。それをできるチャンスが、エリッツとともにやってきたのだ。
「ありがとう」
生徒達に頭を下げる。
エリッツも念のために確認する。
「君たち、本当にいいのか? 危険なことが起こる可能性も十分あり得る」
カッツが自信満々に答える。
「大丈夫、俺らあの『毒狼の牙』とだって戦ったことあるし!」
「虫歯でしょぉ?」とメラニーが付け加える。
この言葉に頼もしさを感じたシュストは改めて生徒達に頼む。
「みんな、力を貸してくれ!」
三人は大きくうなずいた。
生徒達の意志の固さを実感し、エリッツが告げる。
「ならば、私が手の者を使って、ブレス魔法学校への体験入学の手続きをしておこう。おそらく一週間後から入学、滞在できる期間は一ヶ月ぐらいになるはずだ。三人にはその間にバルドロスが何をしているのか掴んでもらいたい」
「んで、バルドロスがヤバイことを企んでると分かったら……俺がブッ倒すってことだな?」
「そういうことだ」
国が魔法学校に干渉することはできない。ただでさえバルドロスに対抗できる人間は少なく、今や国家の重鎮であるエリッツが本格的に動けば、バルドロスが行方をくらます恐れがある。
自分に匹敵する魔法使いであるシュストが無名魔法使いとしてリットーの町で塾講師をしているのは幸運だった。そして、彼に頼る事しかできない現状が歯がゆくもあった。
そんなエリッツの心を見透かしたように、シュストが言う。
「もう俺らが引き受けたんだ。ここからは任せてくれ」
「ああ……頼む。むろん、私にできることがあれば何でも協力させてもらう」
「何でも!?」
「え」
「じゃあ、とりあえずいくらかお金を……」
「先生!」
金の無心はルブルに止められる。
「じょ、冗談だよ冗談!」
「生活に困っているのなら、私からちゃんと出すが……」
エリッツの言葉に焦るシュスト。
「いや、そんなマジトーンで話されるとみじめになるから! 一応生活には困ってないんで!」
「そうか……」
メラニーが笑う。
「エリッツさんって、案外悪い人じゃないみたいねえ」
これにシュストがこう答える。
「まあな。こいつは悪い奴じゃないよ。魔法は一流だし、国への忠誠心も一流だし、おかげで女には縁はないけど」
「うるさい」
旧知の仲らしいやり取りをしたところで、エリッツは去っていった。
「引き受けた以上は……俺たち四人で魔法学校とバルドロスをきっちり調査しよう!」
生徒達も元気よく返事する。
「はいっ!!!」
***
この日、シュストはアメリアのカフェに向かった。
アメリアはあえてエリッツとのことは聞かない。シュストから言い出すのを待っているのだ。
やがて――
「エリッツの頼み……引き受けることになったよ」
「そうなんだ」
アメリアもあくまで平然と答える。
「しかし、やっぱり不安もある。あの三人がバルドロスに何かされないか、とか」
「大丈夫よ。あの子たちもずいぶん逞しくなったじゃない。昔はどこにでもいる少年少女って感じだったけど、今じゃ三人とも“魔法使い”に見えるわ」
「まあ、そうだけどさ」
カッツたちが自分から今回の調査に乗り出す、というのはシュストの思惑を超えた出来事だった。
「私はあまりよく彼を知らないけど、バルドロスさんが悪人って決まったわけじゃないし、とりあえず我が子を送り出すつもりで魔法学校に行かせてあげればいいのよ。可愛い子には旅をさせよってやつ」
「あいつらあまり可愛くないけどな」とシュストも笑う。
「ホントは可愛いと思ってるくせに」
「うるせえよ」
シュストは照れ臭そうに言うと、コーヒーを注文する。
「はーい」
程なくしてコーヒーが出てくる。
「お、今日はどんなコーヒーかな?」
カップに口をつける。
「にげえ! たまにはもっとまろやかなの出してくれよ! 出せるくせに!」
「分かってないわね。ここで苦い思いしておけば、これ以上苦い事態にはならないでしょ?」
「ああ、そういうことか……」
妙な理屈に納得しつつカップに口をつける。
「でもやっぱり苦いの苦手!」
顔をしかめるシュストを見ながら、アメリアは声を出して笑った。
それから数日で体験入学の手続きは終了し、カッツたち三人の入学日も決まった。三人は初めて魔法学校というものを体験することになる。




