第24話 シュストの過去 ~俺が宮廷魔術師だった頃~
シュスト・シュメールはラトレア王国のある地方の町で生まれ、12歳で同地方の魔法学校に入学、17歳で卒業し、「すごい魔法使いになるぞ」と王都に上京。
20歳の時に宮廷魔術師に選ばれる。
王都に留学していたアメリアと知り合い、恋仲になったのもこの頃である。
わずか10名の宮廷魔術師の仕事は、王家への魔術指南、王宮の護衛、魔法の研究などである。
シュストは魔術指南が特に性に合っていたらしく、シュストの指導は分かりやすいと王子や王女からも評判であった。
そして、シュストには同じ宮廷魔術師として同い年の仲間がいた。
一人はエリッツ・フォード。
もう一人はバルドロス・カタフィ。
若くして宮廷魔術師まで上り詰めた三人は、三人の天才『三天』などと呼ばれていた。
同世代なので、三人はつるむことが多かった。
「いやー、今日も疲れたな! パスタ食いに行こうぜパスタ!」はしゃぐシュスト。
「お前はホントあのパスタが好きなのだな」苦笑するエリッツ。
「まぁなー、安くてうまいし! バルドロス、お前も来るだろ?」
「俺はもう少し王宮で魔法研究をしたい。二人で食べていてくれ」
「そうか。熱心だなぁ。まあ、ほどほどにな」
特別仲がいいというわけではなかったが、二年ほどは平穏な日々が続いた。
***
そんなある日のことだった。
シュストが一人王宮内を歩いていると、バルドロスが話しかけてきた。青白い長めの髪と、切れ長の眼が特徴である。
「シュストよ、ちょっといいか?」
「ん?」
シュストから話しかけてそっけない態度をされることはよくあるが、バルドロスから話しかけてくるのは珍しい。二人は人気のない場所に移る。
「どうしたんだよ。まさか、愛の告白か?」
「そうではない」
シュストの吐いた冗談を表情一つ変えずに受け流すと、バルドロスが言った。
「シュストよ、独立しないか?」
「独立?」
きょとんとするシュスト。
「そうだ。宮廷魔術師なる職業、どんなものかと思っていたが……下らん。王家の連中に媚びへつらうような仕事ばかりだ。俺たちほどの魔法使いならばもっと大きく羽ばたける。そうは思わんか」
宮廷魔術師という職への不満を吐露し、バルドロスは続ける。
「今は誰でも魔法を学べる時代だが、本来魔法とは優れた者のみ習得を許される学問だ。俺は優れた人間のみを集め、魔法を教え、自分だけの勢力を作りたいと考えている。しかし、一人では難しいだろう。だからシュスト、貴様の力を借りたい」
言葉に熱が帯びていく。
「エリッツは所詮国に仕えることしか頭にない国家の犬だが、貴様は違う。魔力は優れているし、指導力もある。俺は貴様と組めば、強大な一勢力を築くことも夢ではないと思っている。どうだ、一緒に独立しないか」
バルドロスが手を差し出してきた。
しかし、シュストは――
「悪いけど……断る」
「なぜだ!」
声を荒げるバルドロス。自分の思想に賛同を得られなかったことに憤っている。
「確かに独立したいって思いは俺にもある。だけど、魔法を学ぶのは優れた人間のみでいいって考えには賛成できない」
「どういうことだ」
自分の中で考えをまとめてから、シュストは答える。
「俺は宮廷魔術師って仕事を通じて、人に魔法を教えることの楽しさを知った。王子様や王女様が、新しい魔法を使えるようになって喜んでる様子を見て、俺は悟ったよ。ああ、俺は人に教えるのが好きなんだなって」
バルドロスは黙って聞いている。
「俺もいずれ独立するつもりだ。ただし、お前とは逆に『誰でも魔法を学べる塾』みたいなもんを作りたいと思ってる。なるべく安い授業料で、色んな人に楽しく魔法を学んでもらって、教え子がピンチになったらちゃんと相談に乗る……そんな塾講師になりたいと思ってる」
そして、バルドロスをまっすぐ見据えると――
「だから、お前には協力できない」
きっぱりと断った。
「分かった、もういい。俺はエリッツとも、そして貴様とも相容れなかったようだ」
踵を返し、長めの髪をなびかせ、去っていくバルドロス。
シュストはそんなバルドロスの背中をいつまでも見つめていた。
***
それから一週間後のことだった。
王宮の研究室で魔法研究に取りかかるシュスト。
王家御用達の施設だけあって、さまざまな実験器具があり、魔法研究には困らない。
「さて、今日は予定通り炎魔法の研究でも……」
シュストが呪文を唱えた瞬間――
爆発が起こった。
「うわっ!?」
シュストは爆発から逃れたものの、火はあっという間に燃え広がり、研究室をみるみる焼いていく。
「くっ、水魔法!」
さらに燃え広がらないよう、氷魔法を唱える。
「氷壁魔法!」
シュストの素早い判断と対応で、どうにか延焼は防ぐことができた。並みの魔法使いでは大惨事になっていただろう。
「はぁ、はぁ……」
爆発音で大勢が駆けつけてくる。
その中にはエリッツやアメリア、そしてバルドロスも――
「何があったんだ!?」声を荒げるエリッツ。
「大丈夫、シュスト!?」とアメリア。
「これはひどいな……」顔をしかめるバルドロス。
王宮で火事を起こすなど、いかなる理由があろうと許されない。宮廷魔術師としてあるまじき失態だった。
***
ラトレア国王がこう告げる。
「シュスト・シュメールよ。そなたの才は惜しい。しかし、王宮で火災を起こした責は取ってもらわねば、周囲に示しがつかぬのでな。本日をもって、宮廷魔術師の職を辞してもらう」
「はい、陛下の寛大な処置に感謝いたします」
周囲には彼の同僚である宮廷魔術師たちもいた。
そのほとんどはシュストの辞職を惜しんでいた。
エリッツもまた、表情にこそ出さなかったが、同様である。
しかし、その中で一人だけうっすらと口角を上げている者がいた。
――バルドロスだった。
シュストはそれに気づいていたが、何も言わなかった。
バルドロスが何か仕組んでいたとしても証拠はないし、証拠が出たとしても、それに気づかなかったのは自分の責任だからと認識していたからだ。
「失礼いたします」
頭を下げ、退室するシュスト。
彼のおよそ二年間の宮廷魔術師生活が終わりを告げた。
***
その日のうちに、シュストは荷物をまとめて王都を出ることにした。
風呂敷に荷物を詰める。
「まったく……まるで夜逃げだな。似たようなもんだけど」
すると、アメリアがやってきた。
「ヤッホー」
「アメリア、どうした?」
「どうしたはこっちの台詞よ。どこ行くの、シュスト?」
「王宮であんな事故を起こした以上、もう王都にはいられない。どこか別の土地に旅立とうと思ってさ」
「ふーん、だったら私のお父様がいる地方に来ない?」
「え?」
シュストにとっては予期しない提案だった。
「リットーの町、なかなかいいところよ。そこでひとまず色々やってみたら? あんた、塾講師になるって夢もあったでしょ」
暗かったシュストの顔に明かりが灯る。
「ああ……そうしてみようかな」
「決まりね!」
傷心のシュストにとって、アメリアの提案はありがたかった。
こうしてシュストはアメリアとともに新天地へ向かう。
二人はそれぞれ塾講師とカフェの店主に……。
シュストの夢はここで終わる――