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第23話 エリッツの依頼

 バルドロス――シュストにとっては久しぶりに聞く名前であり、思わず目を見開いた。


「バルドロス? こりゃまた懐かしい名前が出てきたな。元気にしてるのか?」


「奴もすでに宮廷魔術師を辞めている。およそ一年前のことだ」


「あ、そうなの? あいつも辞めたのか」


「奴は今……このリットーの町近くにあるブレス魔法学校にいる」


「え……!?」


 こんな近くにいたのかよ、と驚くシュスト。


「知らなかった……」


 二人の会話を聞いていたカッツがあることを思い出す。


「そういえば、レオナルドが言ってた! 『新しい先生が入ってから成績によるクラス分けが徹底されるようになった』って! その先生がバルドロスって名前だったよ!」


「そうだ。奴は急速な学校改革を推し進めている」


「あいつ、そんなことしてたのか……」


「それだけではない。奴は魔法学校内で何かよからぬ企みをしている恐れがあるのだ」


「よからぬ企み……?」


 何やら暗雲が立ち込めてきた。


「ブレス魔法学校は今やバルドロスが牛耳っている。生徒はもちろん、教師や校長ですら奴の言いなりだ」


 エリッツの言葉にシュストは唖然とする。


「マジかよ……なんでそんなことに」


「“元宮廷魔術師”という肩書を使えば、造作もないことだろう。どんな職場でも優遇されることができる」


「そんなにすごかったのか。“元宮廷魔術師”って肩書き……」


 生徒数わずか三人の塾を経営している自分とは大違いである。


「まして、奴は実力も確かだからな」


「それは言えてるな……」


「そこでシュスト、お前に頼みたいのは奴の企みを暴いてもらいたいのだ」


「は……!?」


 これまではどこかお気楽に話を聞いていたシュスト、ハンマーで殴られたような気分になる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ……なんで俺が!? お前がやればいいだろ! 『おめー何か悪いことしてんだろ。白状しな』ってさ」


「それは無理なのだ。魔法学校は極めて高度な自治が認められている。内部でどんな授業が行われてようと、基本的に国が介入することはできない。宮廷魔術師はまさに国を代表する魔法使いだしな」


「ああ……そうか」


 ルブルが疑問を口にする。


「すみません、魔法学校の高度な自治というのは?」


 いい質問だなと言いたげに、嬉しそうにシュストが笑う。


「説明しよう! 魔法というのは偉大な学問であり、大きな力を得ることのできる手段でもある。だから、それを教える機関にはめったなことじゃ国が介入できないようになってるんだ。これはラトレアだけでなく、全世界で共通になってる大原則だな」


「なんで国が介入しちゃいけねえの?」訝しむカッツ。


「国が介入できるようにしたら『学校の卒業生は全員、王国の兵士になるように』なんて法律を作ることも可能になっちまう。そうなったらもはや魔法は学問じゃなく、ただの武力になってしまう。実際、こんな法を作ろうとして大ブーイングを浴びて、廃位させられた君主だっている。とにかく、国と魔法はなるべく分けるようにって考えるのが今の世の基本だ」


「勉強になりました!」とルブル。


「先生、たまには塾講師らしいところ見せてくれるわねぇ」笑うメラニー。


「そう、たまには塾講師らしいんだよ。きっちり復習しておけよ!」


 機嫌がよくなり、エリッツの依頼にも乗り気になる。


「つまり、俺がやるべきことは魔法学校でバルドロスが何企んでるか調べればいいんだな?」


「そうだ。そして悪しき企みをしていたら……出来たらお前の手で倒して欲しい」


「は……? 倒すのまで俺かよ! そこはお前がやればいいだろ! 今や筆頭宮廷魔術師なんだし、いくらでも兵を動かせるだろ!」


 シュストのもっともな疑問にエリッツは――


「私が一番恐れているのは、バルドロスが悪しき企みをしていることではなく……奴に“逃げられてしまうこと”だ」


「あー……」


 瞬時にエリッツの言いたいことを理解するシュスト。


「もし、大々的にバルドロスを討伐しようとし、逃げられたら……それこそとんでもないことになる。地下に潜り、賊のような集団に魔法を教えるようになるかもしれん」


「ヤバイな、それは……」


 例えば、かつてシュストらと交戦した盗賊団『毒狼の牙』が魔法を使える集団だったら、恐ろしく厄介な集団だっただろう。


 シュストにも事態の深刻さは呑み込めてきた。

 仮にバルドロスが何か企んでいたとして、魔法学校で教師をしながら堂々とその企みを進めている今は――ある意味“チャンス”なのである。

 大々的に兵を動かして、追い詰めて、逃げられて、地下に潜られたら取り返しのつかない事態になってしまう。


「なんか……プレッシャーになってきたな」


「すまん」


「まあバルドロスが何か企んでると決まったわけじゃないし、とりあえずやらせてもらうよ。しかし、魔法学校を調べるといっても一筋縄じゃいかない。まさか、俺が魔法学校に出向いて『よう、バルドロス。何か悪だくみしてるんだって?』なんてわけにもいかんし」


「調査の方法は、私から提案がある」


「え?」


 エリッツはカッツ、ルブル、メラニーの方を向いた。


「この三人に協力してもらいたい」


「え、俺たち?」目を丸くするカッツ。


「一目で分かった。君たちはいずれも優れた魔力を秘めている。シュストの教育のたまものだろう。君たちには体験入学という体で、ブレス魔法学校に入学してもらいたい。その手続きは私からさせてもらう」


 エリッツは淡々と続ける。


「おそらくバルドロスは君たちに興味を持つだろう。その時、奴が何をするか探って――」


「ちょっと待てよ、エリッツ」


 シュストが口を挟み、睨みつける。


「わざわざ塾の授業中に入ってきたのはこういうわけだったんだな。俺の生徒も巻き込む算段だったか」


「……そうだ」


「ふざけんなッ!」


 声を荒げるシュスト。エリッツは全く動じないが、アメリアやカッツ達はビクッとする。


「俺の力が必要ならいくらでも貸してやる。だがな、生徒達を巻き込むことは許さねえ。それだったらこんな話、最初からお断りだ。もし、こいつらに何かあったら、俺は親御さんに顔向けできねえよ」


「親というのなら、私から説得してみよう。宮廷魔術師からの頼みを断れる親はおるまい」


 宮廷魔術師の権威は大貴族にも匹敵する。エリッツが三人の親に頼めば、まず間違いなく許可を取れる。


「そういう問題じゃないんだよ! 危険な目にあわせたくないんだ!」


「……」


「もし、こいつらを巻き込むっていうのなら、俺はお前と戦わなきゃならない」


 シュストが魔力を高め、臨戦態勢に入る。

 エリッツも同じように秘めた魔力を開放する。

 王国トップクラスの魔法使い同士が、狭い教室内で睨み合う。一触即発。


 ――が、先に矛を納めたのはエリッツ。


「久しぶりに会ったというのにこんな話をしてすまなかった。私が無神経だった。とりあえず、今日のところは失礼しよう」


「……」


「だが、お前としてもバルドロスには借りを返したいはずだ。お前が宮廷魔術師を辞するきっかけになった小火ボヤ……あれはおそらく“奴の仕業”だったのだからな」


「……証拠はねえよ」


「明日、また来る」


 そう言い残し、エリッツは塾から出ていった。

 間髪入れず、シュストはテンションを塾講師モードに変える。


「さあ、授業を再開するぞ! アメリア、お前も授業を受けるか? 楽しいぞ!」


「受けないわよ」


 カフェの営業があるアメリアも出ていく。

 その後、シュストはなるべくいつものように振舞った。



……



「復習はきっちりやれよー!」


 授業を終えたシュスト。

 後片付けをし、夕食を取り、明日の授業の準備をし、ベッドに入る。


「ふぅ……」


 昔の同僚が突然やってきて、昔の同僚が悪事を企んでいると言われ――今日は疲れた。体以上に心が。

 そのためか、シュストは普段より深い眠りについた。


 そして、夢を見た。


 かつて、自分が宮廷魔術師だった頃の夢を――

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