第2話 生徒がいじめられたらやり返す
狭い教室の中、塾講師と生徒が二人きりになる。
シュストが問いかける。
「カッツ、なんで俺がお前を残したか分かるか?」
「復習をちゃんとやらず、テキストも忘れたから……」
「まあ、そうだな。もし、それが俺への反抗心とかでやってるなら、俺も悲しくて泣いちゃうところなんだが……そんな感じでもなかった」
シュストはカッツのカバンをちらりと見ると、
「カバンを開けてくれないか」
ギクリとするカッツ。
「な、なんで……」
「テキストを忘れたわりに、明らかに中身が入ってるのが気になる。でも、俺が勝手に開けるのはよくないし、だから開けてくれないか」
「嫌だよ、プライバシーの侵害だ!」
あくまで断るカッツに、シュストはため息をつく。
「そうか……」
言葉を続ける。
「俺は色んな魔法を知ってる。やろうと思えば、お前に無理矢理全てを喋らすこともできる」
怯えたような表情を見せるカッツ。
「だが、それをやったら俺は塾講師として終わりだと思ってる。だからこういう時、俺には……こうすることしかできない」
何をする気だとカッツが思った瞬間――
「もし悩みがあるなら……俺を頼ってくれえっ!」
机に手をついて頭を下げるシュスト。
「え……」
「俺は確かに塾講師としてまだ経験が浅い。だけど、こういう時はやっぱり頼って欲しいんだ。そりゃあ俺に相談したところで、『先生に相談しても意味なかったわ』ってなるかもしれないけど、だけどもしかしたら力になれるかもしれないし……」
顔を上げるシュスト。
「だから頼む! 話してくれ! 万が一俺が力になれる可能性もあるし! ほら、クジでも買うぐらいの気持ちでさ。でないと俺は自分が情けなくて情けなくて……。このままじゃアメリアにも『生徒に頼られない塾講師って価値あるの?』なんて言われちゃう……」
「分かったよ、先生! カバン開けるよ……」
「ありがとう……!」
説得が通じ、目を輝かせるシュスト。カッツは「悩んでたのは俺なのになぁ」と思うのだった。
カバンを開けると、そこにはボロボロのテキストがあった。
シュストの表情が変わる。
「これは……!」
「ごめん……」
「これが『お前の授業なんか受けてられっかバーカ』の意志表示だったら流石の俺も泣くけど、そうじゃないんだろ?」
「うん……」
「誰にやられた?」
カッツは昨日の出来事を話した。このような嫌がらせをたびたび受けていることも。シュストは聞き終わると、
「新しいテキストはすぐ用意する。あと……こんな目にあったんじゃ、今日はろくに授業聞けなかっただろ。今日の分はきっちり補習するよ」
「ありがとう、先生……」
「じゃあ、とりあえず今日は帰れ。なんなら俺がついていくか?」
「ううん、大丈夫。話したらスッキリしたし」
「そっか。じゃあ、また明日な」
「うん!」
笑顔で出ていくカッツに「今日は復習しなくていいぞ」と声をかける。
そして一人きりになった教室で、シュストは普段の彼では考えられない険しい形相になっていた。
***
「ただいまー」
昨日カッツのテキストを引き裂いたレオナルドは上機嫌で魔法学校から帰宅していた。
絶望したカッツの顔を思い出しては笑みがこぼれそうになる。次はどんなイジメを仕掛けてやろうか……などと考えながら自分の部屋に入る。
「本でも読むか」
と、本棚に入っている小説を手に取った。
「な、なんだこれは!?」
表紙に落書きがしてある。
他の本を調べてみる。
「これも! ……これも! 誰がこんなことを!」
「俺だよ」
レオナルドが振り返ると、そこにはシュストが寝そべっていた。すっかりくつろいだポーズをしている。
「ど、どうやってここへ……!」
「移動魔法だ。かなり疲れるし、大した距離は行けないが、外からこの家の中に入るぐらいなら十分だ」
「移動魔法だと!? 超のつく高等魔法じゃないか! そんなの出来る奴は、この王国でも数えるほどしか……!」
「じゃあその数えるほどしかいない奴に会えたってことだな。おめでとう、サインやろうか?」
「いるか!」
断られつつも、すぐそばにあった本にサインをしたためる。
「書くなっ!」
「なんだよ……ケチ。せっかく練習したのに」
肩をすくめるシュストに、レオナルドが問う。
「なんだお前……! なんでこんなことする! 何しにきた!」
「レオナルド君……だっけ。俺みたいな奴が来ることに何か心当たりはないか?」
レオナルドは少し考え、すぐに思い当たった。
「カッツか! そうか、あいつが泣きついて……」
「ハァ? あいつはお前なんかにちょっかい出されたぐらいで俺に泣きつくような奴じゃねえよ」
「な、なに……?」
「俺がここに来たのはなぁ……」
ギロリと睨みつける。
「ボロボロにされたテキストの仇を取るためだ……! 頑張って作ったのにあんな姿にしやがって……!」
カッツのためじゃないのかよ、と驚くレオナルド。
「覚悟してもらおうか。せめて同じ目にあわせなきゃ気が済まねえ」
“同じ目”というフレーズに怯えたレオナルドは助けを呼ぼうとするが――
「沈黙魔法」
口をパクパクさせる。声が出なくなった。
「まるで溺れてるお魚さんだな」
さらに緊縛魔法もかけられ、動きも封じられる。
「じゃ、声も出せない動けないところで、ちょいと痛みを味わってもらおうか」
「……!」
シュストはレオナルドに電撃を浴びせる。
レオナルドは悲鳴を上げることすらできず、ただひたすらに電撃の痛みを味わい続けた。
……
「……まあ、こんなとこかな」
「うう……」
レオナルドは痛みは味わったが、肉体的なダメージはほとんどなかった。シュストとていじめっ子の体を害するのは本望ではない。
「今日はこれぐらいにしといてやる」
シュストの制裁が終わった。ほっと一息つくレオナルド。
その安堵を見抜いたように言う。
「だが、今日お前がこれぐらいで済んだのは、“テキストの仇”だったからだ。これがもし、カッツのために来てたら……こんなもんじゃ済まさなかった」
どうなっていたかを想像し、青ざめるレオナルド。
「俺はいつでもこの家に入れる。本に落書きだってできる。魔法学校に通う優等生ならこの意味、分かるよな?」
「は、はい……」
「よろしい。じゃ、しっかり学校で勉強しろよ!」
塾講師としての顔で挨拶すると、シュストは家から消えた。
残されたレオナルドは、自分の身の安全はあの男に握られているという事実に、うなだれるしかなかった。
***
次の日、シュストはカッツに新しいテキストを手渡す。
「ほらカッツ」
「ありがとう、先生!」
「なあに、俺の産みたてホヤホヤのテキストだ。大切に育ててやってくれよ」
「う、うん」
すると、ルブルとメラニーが尋ねる。
「あれ、どうしてカッツ君だけ?」
「そうよぉ、どうして新しくなるの? ずるいんじゃない?」
「こいつ、テキスト間違えて捨てちゃったらしいんだ。だから、しょうがないだろ」
すると、メラニーは――
「じゃああたしもテキスト捨てれば新しくしてもらえるんだ」
「捨てないでええええええ!!!」
シュストの悲鳴のような声が轟いた。
***
帰り道、カッツが歩いてると、
「!」
レオナルドとその取り巻きに出会う。委縮してしまうカッツ。
「レオナルド……」
だが、レオナルドは取り巻きたちを制して、
「あいつにはもう手を出すな! いいな!」
と大人しく去っていった。
カッツはシュストが何かしてくれたのだな、となんとなく察した。
「先生……ありがとう」
***
一方、シュストはアメリアのカフェで、コーヒーをガブ飲みしていた。
アメリアは唖然としている。
「カッツの奴はよ、ひどい目にあっても俺に泣きつかなかったのに、俺は家まで押し入って復讐かましちゃって……俺ってダメな塾講師だわ……。あ、おかわりくれ」
「あーもう、辛気臭いったらありゃしない! ていうかそんなに飲むと眠れなくなるよ!」
呆れるアメリアであった。