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第19話 終身名誉塾講師vs宮廷魔術師候補

 夕食を済ませ、昨夜の宿屋に戻るシュスト達。

 カッツとルブルは一対一でカードゲームに興じているが、そんな中、シュストはメラニーだけを呼び出した。


「なぁに、先生」


「うーん……聞くべきか迷ったけど……」


 シュストは単刀直入に聞く。


「王宮で何があった?」


 これにはメラニーも感心する。


「鋭いわねえ、先生……」


「そりゃ気づくさ。王宮から出てきた後のお前たちは明らかに様子が変だった。無理に元気に振舞ってるというか……」


「……」


「言いたくないなら言わないでもいいけど……」


「ううん。何があったかだけは聞いてもらった方がいいかも」


 メラニーは王宮でキースという若者に絡まれたことを話した。


「なるほど……とんだ災難だったな」


「でもねぇ、カッツが言うのよ。『トラブルがあったことは先生には内緒にしよう』って」


「どうして?」


「先生が旅行を提案したことを後悔しちゃうかもしれないから……」


「……」


 旅行を提案したせいで、生徒たちが嫌な目にあってしまった。カッツはシュストがそう思ってしまうのが嫌だったのだ。だから内緒にすることにした。


「偉いな……本当に偉い」


「でしょ?」


「だとするなら、俺もその気持ちに応えて、最後まで楽しく旅行しないとな!」


「そうそう!」


 シュストはメラニーにこう返事をし、カッツ・ルブルとカードゲームに興じた。もちろん連戦連敗だった。


「また負けたぁぁぁぁぁ!!!」


 シュストの情けない声が響き渡る。


 そして、三人が寝静まった後――


「……どうやら、俺はカッツほど偉くなれないみたいだ」


 音を立てず宿屋を出ていくのだった。



***



 夜は更けていたが、王都の酒場は盛り上がっていた。

 その中には昼間カッツに格の違いを思い知らせた魔法使い、キースの姿もあった。

 宮廷魔術師候補だけあって周囲からも一目置かれており、酒を注がせる立場にある。赤ら顔で先ほどの一件を武勇伝のように語る。


「そういや昨日今日とエリッツさんのこと知らない田舎者どもに会ったぜ」


「え、エリッツさん知らないってマジ?」


「ああ、だからお灸をすえてやったよ。二度と王都に来るなってな」


「アハハ……そりゃいいや」


 仲間におだてられ、気持ちよさそうに酒を飲み干すキース。


「お、カラになっちまった。おい、酒は!? 酒はまだかよ!?」


 怒鳴るキースの顔に、酒がぶっかけられる。


「ぶっ!?」


 顔面酒まみれになり、キースは怒号を発する。


「誰だ!?」


「俺だ」


 すぐ横に立っていたのはシュストだった。


「誰だぁ!?」


「教えてやろう。終身名誉塾講師シュスト・シュメールだ」


「なんだそりゃ……ふざけやがって……!」


「サインやろうか?」


「いらねえよ! いきなりなんのつもりだ!」


 睨みつけられたシュストは顔つきを変える。


「王宮では俺の生徒が世話になったな」


「あ……!」


 キースは気づいた。こいつはさっきの三人組の塾講師だと。


「ああ、あのカスどもの先生か」


「そうそう、カース君。あ、ごめん。キース君だったっけ。カスなのかキスなのか分からなくなっちゃった」


 これに怒ったキースはテーブル上のボトルや食器を手で振り払う。派手な音がした。

 周囲がざわつく。

 キースは名の知れた魔法使いである。「キースに絡むなんてバカな奴だ」という声も聞こえる。


「お前、俺に喧嘩売ってるのか?」


「俺の今までの行動が、喧嘩売る以外に解釈しようがあるのかよ」


「いっとくが、俺は宮廷魔術師候補だ。てめえなんかじゃ相手にならねえよ」


「そりゃすごい。でもほら……“候補”なら誰でもなれるし。そこのおっさんだって、今すぐにでも宮廷魔術師候補になれる。自称すりゃいいんだから」


 話を振られた酔っ払ったおっさんが、「おう、俺も宮廷魔術師候補よ!」とノッてしまう。


 酒場に笑いが響く。


「ざっけんな!」怒るキース。


 だが、シュストは――


「“ふざけるな”は俺の台詞だ。俺の生徒を侮辱して、暴力まで振るって、ただで済むと思ってんのか?」


 怒りを帯びた目で両手を出す。


「カッツともやったんだろ。受けてくれよ、“魔力比べ”だ」


「俺と魔力比べ? お前が? 笑わせんな!」


 あくまでシュストを格下扱いするキース。


「みんなの前で負けちゃって笑われるのが怖いのか? カース君」


「この……!」


 挑発に乗る形でキースも両手を出す。


「やってやるよォ!」


 魔力比べが始まった。酒場の客たちも大いに盛り上がる。


「キースと魔力比べ!?」

「勝てるわけねえよ!」

「いや、相手の男もなかなか自信ありそうだぞ」


 最初は余裕の笑みで押し込みにかかるキースだったが――


「!?」


 全く押せない。一センチも押し込めない。


「な、なんで……!」


「どうした。もっと本気でやってくれよ」


「クソがァ!」


 怒りの形相で、さらに魔力を放出するキース。が、シュストは余裕の表情。

 やがて――


「ぐわっ!」


 弾き飛ばされてしまう。


「う……ぐ……」


「はい、俺の勝ちな。スッキリしたから帰るわ。じゃあな」


 背を向けるシュストにキースが怒鳴る。


「待てや!」


「なんだよ?」


「今のは……酔ってたからだ! 酒さえ飲んでなきゃ……」


「じゃあ、酔い覚ましの薬やるよ」


 シュストに薬を手渡される。危険がないことを確認すると、キースはそれを飲んだ。みるみる酔いが覚めていく。

 同時になんでこんな薬を持ってるんだ、とも思う。


「どうよ、俺お手製の薬は? あんまり薬作りは得意じゃないけど。なかなかのもんだろ」


「くっ……!」


 シュストのこれは本音で、薬作りはさほど得意ではなく、回復魔法の技量もアメリアには劣る。とはいえ、彼でも酔い覚ましぐらいはお手の物であった。


「酔いは覚めたか? 覚めたところでもう一回やろう」


「泣かせてやる!」


 魔力比べ二回目、開始。


「うおおおおおっ……!」


「あんまり変わってないじゃん……」


 酔っていたからはまさしく言い訳にすぎず、またも弾き飛ばされる。


「はい、俺の勝ちー」


「ちくしょう……クソがぁぁぁぁぁっ!!!」


 大恥をかかされ、ついに激怒したキースが魔法を繰り出す。


炎砲魔法ファイアキャノン!」


 砲弾のような大きさの炎の塊がシュストめがけて飛んでいく。


「おいおい、酒場でんなもんやるんじゃねえよ!」


 ――が、シュストがあっさりとかき消してしまう。


「な……!?」


 さらに魔法を唱えようとするが――


「頭を冷やせ! 水閃魔法ウォータービーム!」


 水流がキースの顔面に命中する。


「ぶがはっ!」


 派手に倒れるキース。ずぶ濡れで仰向けになる。

 この一撃で冷静になったのか、あるいはようやく実力差を感じ取ったのか、戦意喪失してしまう。


「あう、ぐぐぐ……!」


「ったく、腕相撲に負けたら殴りかかってくるようなことしやがって……」


「なんなんだお前……! 俺は、宮廷魔術師候補で、エリッツさんにも目をかけられて……」


「残念だったな。宮廷魔術師候補も、終身名誉塾講師には及ばなかったことだ」


「なんだよその役職……」


「終身名誉宮廷魔術師候補になれば、俺に追いつけるかもしれない」


「一生候補じゃねえか、それ……」


 完敗を喫しうなだれるキースに、シュストが言い放つ。


「“先輩”から一つアドバイスをやろう」


「え……」


「お前には宮廷魔術師になるにあたって足りないものがある」


「ぐ……! 品格が足りない……とかか?」


 首を振るシュスト。


「そうじゃない。宮廷魔術師になるのに、別に品行方正である必要はない。お前に足りないのは結局修行だよ。俺に相手にもされないようじゃな……」


「うぐ……!」


「だが……候補になったとか、エリッツに褒められたとか、んなことを笠に着てるようじゃ到底宮廷魔術師にはなれねえよ。この言葉、よく復習しておくんだな。でないと俺の生徒にもほんの数年で抜かれることになるぞ」


「ぐ……! うぐう……」


 キースの鼻っ柱はすっかり折れたようだ。うつむいたまま力なく吐息を漏らしている。

 すっかり冷え切ってしまった酒場の空気を見て、シュストが慌てる。


「あ、これで俺の用事終わったんで……。あとは楽しく飲んで下さい! それじゃ!」


 逃げるように酒場から走り去っていった。



***



 次の日、王都の門に馬車を呼び寄せ、いよいよ故郷であるリットーの町に帰る時が来た。二泊三日の旅が終わる時だ。


「もうすぐ手配してた馬車が来る。王都をよく見ておけよ」


 王都をしみじみ眺めながら、カッツが話しかける。


「あのさ、先生」


「ん?」


「昨晩俺らが寝てる時さ……あのキースって奴と戦った?」


「え!? 戦ってねえよ」


「だって、服に焦げ跡残ってるよ」


「ウソ!? ちゃんとかき消したはずなのに!」


 焦げ跡などなかった。


「あ……」


「鮮やかなカマかけだったわねえ。カッツ」


「まぁな」


 完璧に引っかかったシュストには何も言えない。

 ルブルが問いかける。


「僕らが眠ってる間にあの人のところに行ったんですか?」


「ん……まあな。ちょっと聞き込みしたら酒場にいるのがすぐ分かったから、軽く抗議を……」


「抗議したぐらいで、魔法をかき消すような事態にならないだろ」


「うん……ごめん。とりあえず懲らしめといた」


「ごめんね。あたしが先生に話しちゃったの」


 キースと揉めたことをバラしてしまったメラニーが謝る。しかし、カッツはそれを責めなかった。


「先生、あいつやっつけてくれたのか?」


「ああ……とりあえず“魔力比べ”で押し倒して、水ぶっかけてやった!」


「へへ……やったぁ!」


 喜ぶカッツ。ルブルも微笑んでいる。


「先生、俺やっぱり悔しかったんだ。あんな奴にバカにされて、しかも負けちゃって……」


 すると、シュストは肩に手を置いた。


「負けてねえよ」


「え」


「お前は負けてない。負けてるのは……ほら、あっちの方だ。宮廷魔術師がどうとかイキがって、絶対あいつ周りからウザがられてるし……」


 メラニーがからかう。


「先生、いいこと言おうとしたけど上手く言えなかったって感じぃ」


「うぐ……いいんだよ! とにかくカッツ、お前はよくやった! もちろん、ルブルとメラニーもな!」


「うん!」

「はい!」

「はぁい」


 馬車が到着する。


「それじゃ帰るぞ!」


 帰りの馬車に揺られながら、シュストは三人に聞く。


「色々あったけど、王都旅行はどうだった?」


 三人とも声を揃えて「楽しかった!」と答える。


 シュストも旅行を企画してよかったと思う。


「よーし……この旅行で楽しんだこと、学んだことはきっちり復習するんだぞ!」


「先生ったらそればっかり!」


 馬車の中は笑い声で包まれた。

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