第18話 王宮でのトラブル
翌朝になった。
枕投げで集中砲火を浴びたシュスト以外は、清々しい顔をしている。
シュストの「どこか行きたいところはあるか?」という問いに、カッツが手を挙げる。
「先生、王宮に一般公開してる部分があるらしいんだけど、そこに行きたい!」
「あ、僕も行きたい!」
「あたしもー!」
しかし、シュストは乗り気ではない。
「うーん……」
「先生はあまり王宮に行きたくないんですか?」
「ん、ああ、まあ、ちょっと……な」
すると、カッツが――
「だったら先生は近くでちょっと待っててくれよ。俺たちだけで行って、すぐ帰ってくるから」
「そうしてくれるか。悪いな」
王宮に行かずに済み、ホッとするシュスト。
しかし、このことが思わぬ災いをもたらすことになってしまう。
***
ラトレア王国では、王宮敷地内のごくわずか一角であるが、一般市民でも入れるスペースが設けられている。
流石に城内には入れないが、美しく豪華な王宮の建物の数々は、まさに外とは別世界。
王家や城をより身近に感じてもらうために開放したらしいが、かえって遠くに感じてしまう。
塾の三人組も、王宮を見上げながら感想にならない声を上げるしかない。
そこに、聞き覚えのある声が話しかけてきた。
「ん? 昨日のガキどもじゃねえか」
昨日大広場で絡んできた、茶髪で派手なローブを着た魔法使いだった。
緊張が走る。
「何やってんだ、お前ら?」
「王宮見学だよ……」
「ふん、エリッツさんのことも知らねえ連中が、王宮見学ゥ? 笑わせやがる」
ニヤニヤ笑う若者。
「そういうあんたは何しに来たのよ」
メラニーの問いに、
「礼儀を知らねえガキどもだな。まぁいい、教えてやる。俺は宮廷魔術師候補のキース・ドゥロイってんだ。あのエリッツさんにも目をかけて頂いてる。当然、王宮にも出入りするってわけよ」
鼻につく笑顔で、誇らしげに語る。
ルブルが穏便に話を切り上げようとする。
「そうだったんですか。昨日は勉強不足ですみませんでした。僕たちは王宮を出ようと思います」
「待てよ。お前らも魔法を使えるんだろ?」
呼び止められる。すんなり帰すつもりはないらしい。
「ええ、まあ……」
「やっぱりな。で、どこの魔法学校通ってんだ? 後輩だったら嬉しいんだが」
考える三人。ルブルが代表して答える。
「僕たちは……魔法塾に通ってます」
その途端、若者は笑い出した。
「塾!? アハハハ! “塾通い”かよ! どうりでエリッツさんを知らねえわけだ」
ルブルがカッツとメラニーに目配せする。我慢しよう、という合図だ。二人もうなずく。
「塾通いの分際で王都旅行? 王宮見学? 真面目に魔法を学んでる奴らをバカにしてるのか? ええ?」
「いえ……すみません」
これ以上この男と話していても不快指数が高まるだけだろう。
「あの……本当にすみませんでした。失礼します」
強引に話を切り上げ、立ち去ろうとする。
「ああ、そうそう。まさか魔法塾の生徒だけで来てるってわけじゃないよな。お前らの塾の講師も来てるのか?」
「ええ……まぁ」
「ハッ、塾講師なんてやってる魔法使いは底辺もいいとこだがな。どうせお前ら教えてる奴もカスみたいな奴だろ」
この場にはいないシュストをバカにし始める。
「そのカスにも言っておけよ。今の筆頭宮廷魔術師の名前ぐらいちゃんと教えとけ、おかげで恥をかきましたってよ」
悔しさで、拳を握り締めるカッツ。
「カッツ君!」
「分かってるよ! ……でも」
カッツの堪忍袋の緒が切れる。
「キースとか言ったな! 先生はカスなんかじゃねえ!」
反論され、キースが顔をしかめる。
「あ?」
「悪い、ルブル……」
「ううん、いいよ。僕だって、先生をバカにされたら許せないもの」
キースが今度は笑みを浮かべる。これで口実が出来た、といった表情だ。
「おもしれえ。だったら格の違いを見せてやるよ」
思わず身構えるカッツとルブル。
「おいおい慌てるなよ。こんなとこで魔法なんかぶっ放したら、すぐに兵士が飛んでくるぜ。ここは“魔力比べ”といこうじゃねえか」
「魔力比べ?」とカッツ。
「魔力比べも知らねえとはとことん田舎者だな」と嫌味を述べてから「両手から魔力を放出して、互いに押し合う。当然、魔力が上のやつの方が押せる。シンプルだろ?」
「よーし、やってやる!」
勝負を受け、カッツが前に出る。
ルブルとメラニーは心配そうに見つめる。
「心配するなって。見ててくれ!」
カッツとキースが、両手をくっつける。
「じゃあ……始めるぜ」
「おう!」
二人が同時に魔力を放出する。
両者とも動かない。が、キースは余裕を保っているが、対するカッツは早くも苦しい表情になっている。
「なんだ、こんなもんかぁ?」
「うぐぐぐ……!」
「どうしたどうした!」
「うぐぅ……」
さすがに宮廷魔術師候補を自称するだけあって、カッツより明らかに格上だった。
「所詮は塾通い……やっぱ話にならねえなぁ!」
「く、くそぉ……!」
カッツもすでにこの男に自分が勝つのは無理だと分かっていた。しかし、せめて一矢報いないと、後ろにいる二人やシュストに顔向けできない。
魔法は精神的な作用によるものも大きい。その“一矢報いたい”という想いが、カッツにさらなる魔力の放出をもたらした。
ほんのわずか、カッツがキースを押し返したのだ。
「うおっ!?」
ところが――
「このガキィィ!」
これにプライドを傷つけられたキースが本気になってしまう。カッツを魔力で地面に押さえつける。豪腕の男が力ずくで押さえつけるのとほとんど変わらない。
「調子に乗ってんじゃねえぞ、ガキ!」
「ぐえっ……!」
ルブルが手助けしようとする。
「おっと! これは一対一だぞ! それにお前が手を出したらこのガキは無事じゃ済まねえぜ!」
「ぐ……!」
憤怒の形相を浮かべるキース。
「さあ、謝れ! 認めろ! お前らはカスだったってよ!」
「だ、誰が……」
「認めろォ!」
完全に頭に血が上ってしまっている。
そこへ兵士が駆けつけてくる。
「おい、なにやってる!?」
舌打ちし、カッツを解放するキース。駆けつけた兵士に対しても、悪びれずヘラヘラと説明する。
「なんでもありませんよ。ただ王宮に来てた子供らと遊んでただけです」
「王宮で騒ぎを起こしたら、ただでは済まさんぞ」
「はい、分かっております」
兵士がいなくなると、すぐさま意地の悪い顔に戻る。猫の被り方は心得ているようだ。
「ゲホッ、ゲホッ!」
咳き込むカッツにルブルとメラニーが肩を貸す。
「いいかガキども。これに懲りたら、二度と王都にも王宮にも足を踏み入れるんじゃねえぞ」
「誰が来るもんですか」
睨みつけてくるキースに、メラニーは舌を出して返した。
***
王宮の敷地を出て、三人はシュストと合流した。
「戻ったか。王宮はどうだった?」
カッツが率先して感想を述べる。
「でっかくてさ! すげー楽しかったぜ! なぁ、みんな?」
「はい、とても楽しかったです!」
「ウフフ、将来はああいうところに住みたいわねぇ」
「おいおい、魔女の次は王女にでもなる気か?」
「それも悪くないわねぇ」
三人はキースとのトラブルのことは一切話さず、その後の王都観光を楽しんだ。