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第17話 楽しい王都観光

 王都の入り口に馬車が止まった。

 シュストが御者に礼を言う。


「ありがとうございました。道中、騒がしかったでしょう」


「一番騒がしいのはあんただったよ」


「……はい、すみません」


 黙ってしまうシュスト。大笑いする生徒達。


「ま、おかげで退屈しなかったがな! せいぜい王都を楽しんでくれよ!」


 中年御者は笑みを浮かべると、またどこかへと馬車を走らせていった。四人はその背中に手を振って見送った。



……



 ラトレア王国の王都ラトル――

 巨大な王宮と巨大な城下町のある、軍事面においても産業面においても王国のまさに心臓部。

 一歩入ると、シュストらがいるリットーの町とは比べ物にならないほど人が溢れ、活気に満ちていた。


「すげー、すげー!」


 きょろきょろしながらはしゃぐカッツ。


「カッツ君、人とぶつからないように気をつけなよ」


「分かってるって!」


 男子二人は目を輝かせている。


「あたしはこう騒がしいのは好きじゃないかも」


 二人とは違い、王都を一歩引いた態度で眺めるメラニー。


「おーい、みんな集合!」


 引率者らしく、シュストが仕切る。三人とも初めて来る土地で心細さもあるのか、素直に従う。


「ここからだと一番近いのは……大通りに行こう。王都のメインストリートだ」



***



 王都中心部の大通りにやってきた四人。やはり人がごった返している。気後れしてしまう三人とは対照的に、シュストは余裕の表情である。


「みんな、朝から馬車に揺られっぱなしでお腹すいたろ。とりあえずご飯にしよう」


 シュストがすいすい前を歩いて行く。しかし、さすがに王都だけあってレストランや食堂が無数にある。どれもおいしそうに見えてしまう。


「店多すぎだろ! どれもこれも入りたくなる!」

「ホントだね。僕らの町よりずっと多いや」

「こりゃあ迷っちゃうわねぇ」


 迷える生徒達に、シュストが手を差し伸べる。


「あの店へ行こう。あそこのパスタは絶品なんだ」


 シュストに引き連れられ、四人はあるパスタ店に入った。

 カッツは不安そうに尋ねる。


「本当に大丈夫なのかよ先生? テキトーに入ったんじゃないだろうな」


「任せとけって。絶対美味いから! しかも安い!」


 若い女の店員がやってきて、注文を取る。

 まもなくパスタが出てきた。

 具は少なく簡素な盛り付けであるが、食欲をそそる匂いがする。


「あたし、こういうシンプルなパスタが好きなのよねぇ」


 メラニーは見た目だけで気に入ったようだ。


「いただきまーす!」


 ズゾゾゾと音を立てて、麺をすするカッツ。


「うっめえ! このパスタうっめえ!」


 フォークで麺を巻いて、上品に食べるルブル。


「カッツ君、あまり音を立てるとみっともないよ」


 メラニーもフォークで麺を巻いているが、巻きすぎてボールのようになっている。


「これぐらい巻いた方がおいしいのよねえ」


「さすが魔女志望……」眉をひそめるカッツ。


 三人とも味を気に入ったらしく、夢中になって食べている。


 シュストも三人がおいしそうに食べているので、満足そうにしている。やがて、全員食べ終わり、会計はシュストが支払った。


 外に出てメラニーが提案する。


「今度は甘いものが食べたいわねえ」


「いい店を知ってる。あそこのクレープはうまいんだ」


 シュストに案内され、クレープを売っている屋台に立ち寄る。


「好きなの注文していいぞ。なるべく安いやつな」


 矛盾したシュストの言葉にはブーイングが出るも、クレープの味にはブーイングは出なかった。カッツもルブルもメラニーもおいしそうにクレープを食べている。


「チョコバナナうっめえ!」

「イチゴクレープもおいしいですね」

「ブルーベリーもいけるわぁ」


 生徒らの反応を見て、微笑むシュスト。

 口元にチョコレートをつけたカッツが疑問を口にする。


「だけど先生、なんでこんないい店知ってるんだ?」


「え……」


 口ごもるシュスト。自分が元宮廷魔術師だということは出来ればまだバラしたくない。どうせバラすならもっとドラマチックに……などと思っているからだ。


「そりゃあ、俺だっていい大人よ? 王都に来たことぐらいだってあるさ!」


「ふうん……」


 この答えに、一応カッツは納得したようであった。


「よし、腹も膨れたし、王都の観光名所をいくつか回るか!」


 塾講師先導による、王都観光巡りが始まる。



***



 王都の大教会。ラトレア王国最大の教会で、荘厳な装飾が施されている。あまりの神々しい空気に、いるだけで心身が癒やされるような心持ちになれる。


「ここで祈ると、願いが叶うと言われてるんだ。さ、みんなそれぞれ祈ろう!」


 神の像の前にひざまずき、祈りを捧げる四人。


「……こんなところでいいだろう。みんな、何を願った?」


 シュストが尋ねる。


「俺はやっぱり、すごい魔法使いになれますようにって!」とカッツ。


「僕はお父さんの無事を祈りました!」とルブル。


 メラニーはというと――


「あたしは先生とアメリアさんの仲を祈ったわぁ」


「え、俺のこと? 魔女になりたいじゃなくて?」


「魔女になりたいなんて、神様に祈っても効果なさそうじゃない」


「あー……まあ、確かに」


 三人とも、それぞれしっかり考えて祈りを捧げていた。塾講師として感心すらしてしまう。


「先生は何を願ったんだよ?」


「お、俺は……内緒!」


 シュストは黙ってしまう。

 ずる~いと口にする生徒たちだったが、シュストは「お金が欲しいです」と祈ったなどと言えるわけがなかった。



***



 王宮近くにある大広場にやってきた一行。

 王都における演劇や演奏会など市民を交えた大がかりなイベントはここで行われることが多い。


「先生、あっちに人だかりができてる!」


 カッツが指差した方向には大勢が集まっている。


「お偉いさんが演説をやってるみたいね」


「もしかしたら王様かも! 行ってみよう!」


 カッツが走り出す。仕方なく他の三人もついていく。


「演説してるのは……若い人みたいですね」とルブル。


 壇上で演説をしているのは、意匠をこらした豪華なローブをまとった青年だった。金髪碧眼で透き通るような白い肌、端正な顔立ちをしている。


「今後、魔法はますます普及していくことでしょう。しかし、魔法は使い方を間違えれば恐ろしい結果をもたらします。我々ひとりひとりが、魔法という力と真摯に向き合い――」


 青年の魔法に関する演説に、市民たちは熱心に耳を傾けている。


「あの人、魔法使いっぽいわねぇ」


 メラニーが推測する。


「だな。かなり偉い人なんだろうけど、なんて名前なんだろうな」


 こう口にするカッツ。

 すると、一人の若者が生徒たちに近づいてきた。


「おいおい……。この王都にいて、エリッツさんを知らないのかよ!」


 やたら派手なローブを着た茶髪の若者が、カッツ達に絡んできた。


「エリッツ……?」


「エリッツ・フォード。ラトレア王国の筆頭宮廷魔術師だ。つまり、王国ナンバーワンの魔法使いってことだ」


 宮廷魔術師は文字通り、王宮に勤める魔法使いのことを指す。定員はわずか10名で、魔法分野で功績を挙げるなり、優れた魔力を持っているなりしなければ就くことができないエリート中のエリート。

 筆頭宮廷魔術師はその中のトップ。彼がいう「王国ナンバーワンの魔法使い」という言葉もあながち誇張ではなかった。


 カッツとメラニーは若者に対して不快感を示すが、ルブルがすかさず謝った。


「僕たちは旅行で王都に来てまして……宮廷魔術師のことをよく知りませんでした。すみません」


「ふん、田舎者が……とっとと帰りやがれ! 芋臭さが匂ってくんだよ!」


 茶髪の若者はどこかに立ち去っていった。


「ケッ、ムカつく奴!」


「ホントねえ、自分が王国ナンバーワンなわけでもないのに偉そうに。服装もやたら派手で、性格出てるわぁ」


 若者の悪口で盛り上がる二人。

 そんな中、ルブルだけがシュストがぼんやりしていることに気づく。


「どうしました? 先生?」


「あ、いや……なんでもない」


 カッツがシュストに問いかける。


「なあなあ、あのエリッツって人、先生と同い年ぐらいだよな? あの人と勝負して、先生勝てるか?」


 シュストは少し考えると、


「うーん……どうだろうな」


「なんだよー、そこは『俺が勝つに決まってる』とか言ってくれよ」


「塾講師として、テキトーなことを言うわけにはいかないしな」


 メラニーが笑う。


「まるでいつもはテキトーじゃないみたい」


「コラ、メラニー! そういうことを言うな! 俺は傷つきやすいんだから!」


 そして、シュストはさりげなく振り返ると、独りごちる。


「エリッツ……元気そうでなによりだ」



***



 シュストらは町外れの宿屋にやってきた。


「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」


「二部屋お願いします」


「かしこまりました」


 二部屋にしたのは、男子と女子を別々の部屋にするためだ。


「あれ? メラニーだけ一人で一部屋使えるのかよ。いいなぁ」


「仕方ないよ、カッツ君。男女が同じ部屋なのはやっぱりまずいし」


 これを聞いて、メラニーがウフフと笑う。


「別に同じでもいいけどねぇ……」


 メラニーの妙な迫力にたじろく男たちであった。



……



 同部屋となったシュスト、カッツ、ルブルの男たち。

 さっそくシュストが提案する。


「よっしゃ、枕投げやるか!」


「枕投げ?」とルブル。


 カッツは枕投げを知っているようで、


「知らないのかよルブル。枕を投げつけて遊ぶ男の決闘さ!」


「男の決闘……!」


 ルブルの内なる戦士魂が刺激される。


「始めるぞー!」


 シュストが不意打ち気味に枕を投げる。カッツの肩に命中した。


「やったな、先生!」

「僕も手伝うよ!」


「お、二対一か? いいだろう、かかって――」


 顔面に枕がヒットする。意外と威力がある。


「ちょ、ちょっと待て! もっと軽く投げ――」


 男子二人は聞かない。枕を投げ、拾う。枕を投げ、拾う。これを繰り返し、シュストの反撃を許さない。


「やるじゃんルブル!」


「僕もお父さんみたいになりたくて、ちょっと体を鍛えてるからね!」


「や、やめ――! ハメ技はダメだってぇ! 俺にもターンをくれぇ!」


 自分が提案した枕投げで二人にボコボコにされるシュストだった。

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