第16話 そうだ、王都行こう
外を歩くと風が気持ちいい。暑すぎず、寒すぎず。ラトレア王国は過ごしやすい季節を迎えていた。
休み時間、教室で背伸びしながらカッツが言う。
「あー……気持ちいいな。なんつうか旅行日和だよな!」
ルブルも同意する。
「うん、この時期遠出する人は多いよね」
メラニーは淡い紫色の髪をかき上げ、ウフフと笑う。
「といってもあたしらの親はみんな忙しいし、どこかにお出かけっていうのもなかなか難しいわねえ」
すると、彼らのやり取りを聞いていたシュストが――
「よし、旅行行くか!」
あまりに突然の提案に、きょとんとする生徒達。
「マジで言ってんの、先生?」
「大マジだよ。魔法学校だって、年に一度ぐらい生徒連れて旅行みたいなイベントあるし、塾がやったって問題ないだろ」
まさかの展開に喜ぶカッツ、ルブル、メラニー。
「――で、お前ら。どこか行きたい場所あるか? リクエストしてくれれば、森でも山でも海でも……」
これを聞くと三人は揃って、
「王都!!!」
「お、王都……!?」
まさかの答えに狼狽するシュスト。
「うん、一度行ってみたかったんだよなぁ、王都」
「……せっかくの機会だ。もっと他にいい場所があるんじゃないか? この町だって結構栄えてるし、王都と大して変わらないぞ」
「でも……僕も行ってみたいです! 馬車で三時間もあれば行けるみたいですし……」
「そうよぉ。それとも行きたくない理由でもあるの?」
「うぐ……!」
理由はあるのだが、明かす気になれないシュスト。三人揃っての希望を無下にするわけにもいかず、覚悟を決める。
「よーし、行こうじゃないか! 王都!」
「オーッ!」
そこへカッツが――
「ところで先生!」
「ん?」
「おやつは持ってっていいの?」
「そりゃもちろんいいだろ。どんどん持っていけ。なんなら俺に分けてくれ」
「じゃあさ、バナナはおやつに入るの?」
「え……!?」
この質問を受け、シュストは真剣に悩み始める。
「えぇと……バナナは甘いからおやつだろ? でもバナナをアリにすると、他の果物もみんなアリになるから、キリがなくなって……。いやでも、甘いし……」
とことん悩んでしまう。
「悪いカッツ、この件は宿題にさせてもらえるか。今晩ゆっくり悩ませてもらう」
「いいよ、悩まなくて! どうせ持っていかないし!」
こうして、ふとしたきっかけからあっという間に王都への旅行が決まってしまった。
***
この日、シュストはアメリアのカフェに立ち寄る。
「なんだか表情が重いわね。どうしたの?」
「今度……王都に行くことになってさ」
「あら、どうして?」
「あいつらが旅行の季節だなぁなんていうから、俺がじゃあみんなで行くかって言ったら、王都に行きたいっていうもんだから……」
「あんたのせいじゃない」
「うぐ……まあな」
コーヒーを入れるアメリア。
「はい、どうぞ」
「サンキュー」
「あんたが王都に行くの……二年ぶりぐらい?」
「そうだな……宮廷魔術師をクビになって以来だ」
「行きたくないのは、昔の仲間に鉢合わせちゃうのが嫌だから?」
「うん。すっかり疎遠になっちゃったし……それに、クビになった時のことを思い出すからな」
「ふーん、あんたもナイーブなところあるんだ」
「俺のような優秀な魔法使いの心はガラスのように繊細なの」
「はいはい」
ため息をつくシュストに、アメリアが励ますようにニコリと笑う。
「まあまあ、あまり細かいことは気にしないで、久々の王都を楽しんできなさいよ! あの三人と一緒にさ!」
「……そうだな。やっぱり俺はお前に相談すると、心の整理をつけやすいみたいだ。ありがとよ」
「どういたしまして~」
気持ちが楽になったのか、シュストはコーヒーに口をつける。
「にっげえ!」
「人生もコーヒーも苦い方がいいのよ」
「俺にだけわざと苦くしてるくせに……どうやって作るんだこれ」
「企業秘密よ」
王都では苦い出来事が起きなきゃいいなぁ、とシュストは願う。そして、思い出したように言う。
「あ、そうだ」
「なに?」
「バナナっておやつに入ると思う?」
「そりゃもちろん入るでしょ。甘くておいしいもの」
「甘くておいしければおやつなのかよ!?」
「おやつよ」
ここまで断言されると、もはやシュストにも何も言えない。
後日、シュストは三人の家に行き、それぞれの保護者から旅行する許可を取った。
晴れて二泊三日の王都旅行が現実のものとなった。
生徒達にとっては初めての、そしてシュストにとっては久しぶりとなる王都訪問となる。
***
出発当日の朝、リットーの町の出入り口には、生徒たちが集まっていた。特に男子二人はワクワクが抑えられないといった表情だ。
「親無しでの旅行なんて生まれて初めてだぜ」
「僕もだよ」
「ウフフ……二人とも子供なんだから。それにしても先生遅いわねぇ」
だいぶ遅れてシュストが走ってやってきた。
「おはよう! 待たせたな!」
カッツが文句を言う。
「先生遅いぜ! 何してたんだよ!」
「いやぁ、ゆうべワクワクしてたらなかなか寝付けなくて……」
呆れるメラニー。
「もっと子供がここにいたわぁ……」
ルブルがフォローする。
「でも分かりますよ。僕も昨日はなかなか眠れなくて……」
「ルブル! お前は分かってくれるか!」
ガシッと両手を握る。これにはルブルも困ってしまう。
そんなやり取りをしていると、手配していた馬車がやってきた。
一目で熟練を思わせる中年の御者が声をかけてくる。
「あんたらかい? 王都に行きたいって連中は?」
「はい、そうです」
「んじゃあ後ろに乗ってくれ」
「生徒ともどもよろしくお願いします」
頭を下げるシュスト。
馬車の後ろは大きな箱状になっており、シュストら四人が乗れるスペースがある。
シュストが塾講師らしく生徒たちに釘をさす。
「いいか? 馬車の中ではあまりはしゃぐんじゃないぞ。御者さんにも迷惑がかかるからな」
生徒達が元気よく返事をする。
馬車が動き出す。
揺られながら、四人はいよいよ旅が始まるんだな、とそれぞれ物思いにふけるのだった。
……
10分後、シュストが自分のバッグからカードの束を取り出す。
「よし、みんなでカードゲームやろうぜ、カードゲーム!」
「さっきあまりはしゃぐなっていったじゃん」
「カードゲームははしゃぐうちに入らないんだよ。さ、やるぞ!」
ウキウキしながらカードを配るシュスト。
「旅の醍醐味ってのはな。目的地に着くまでのこの道中だったりするんだよ」
「分かる気もするわぁ」
珍しくメラニーに同意され、シュストのテンションがどんどん上がっていく。自分のカードを見て勝気に笑う。
「いい手札だ! お前ら、負けないからな!」
……
30分後、今や一番カードの勝ち負けに執着しているのはシュストだった。
「くそおおおっ! また負けたぁっ!」
「先生弱すぎ~」
「すぐ顔に出ちゃうのよねぇ」
カッツとメラニーがからかう。
「うぐぐぐ……もう一回だ! 今度は金を賭けよう!」
「賭けはダメですよ、先生」
「ごめんなさい」
ルブルにたしなめられ、謝るシュスト。その後もこの塾講師はカードゲームで連戦連敗だった。
……
一時間後、シュストは見事に乗り物酔いしていた。
「ちょっと気持ち悪くなってきた……」
「大丈夫ですか?」
「ありがとよ、ルブル……。俺のバッグに酔い止め薬が入ってるから、取ってくれるか」
「分かりました」
ルブルの介護を受けるシュスト。
カッツは呆れ、メラニーはいつものように笑っている。
「この揺れの中、あんだけカードに熱中してたらそりゃ酔うって……」
「ウフフフ……絶対こうなると思ってたわ」
ルブルに水を勧められる。
「飲みますか?」
「ああ……悪いな。馬車乗るの久しぶりだったから……うぇっぷ」
……
馬車が走り出してから三時間、前方にようやく王都が見えてきた。
「あれが王都だぞ!」
すっかり回復し、得意げに指差すシュスト。
その方向には、城壁ともいえる立派な壁に覆われた巨大都市の姿があった。
三人も感嘆の声を上げている。
「あれが王都かぁ! でっけぇ~! 城も見える!」
「立派だなぁ……」
「ウフフ……王都がヘボだったら流石に恰好つかないものね」
シュストも少し感傷にふける。
「変わってないな……」
「先生、何か言いましたか?」
「いや、なんでもない……」
御者が掛け声を上げ、馬車がスピードを上げる。王都がみるみる近づいてくる。