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第15話 メラニーは魔女になりたい

 ある日、塾でカッツがメラニーに言う。


「メラニー、確かお前の夢は“魔女”になることだったよな」


「そうよぉ」


「ずばり聞くけどさ、魔女ってなんなんだよ?」


「魔女は魔女よぉ」


 ルブルも話題に加わってくる。


「そういえば僕も、魔女って具体的にどういうものかよく知らないなぁ」


「メラニー、お前は知ってるのか?」


「あたしも、よくは知らないわ。絵本で読んで憧れたって感じだもの」


 シュストが教室に入ってくる。


「お、魔女の話題か」


 ここは俺の出番とばかりに、シュストが張り切る。元宮廷魔術師で塾を開いているだけあって、魔法の知識はピカイチである。


「よーし、今日は予定を変更して、ちょいとばかり魔女について語るかぁ!」


「わりとしょっちゅう予定変更してますよね」


「はうっ!」


 ルブルに図星を突かれるも、かまわず魔女について語り始める。


「魔女ってのは数百年前いたとされる伝説の一族だ。魔法を使う女だけの一族で、黒い衣を着て、悪さをしたり、男を誘惑したり、人々から恐れられてたらしい」


 だが、と続ける。


「当然そんな危ない連中を時の権力者が許すはずもない。大勢の兵士を動員して、“魔女狩り”なんつーもんが行われて、ついには全滅に追いやられたって話だ」


「本当にそんな人たちがいたんですか?」とルブル。


「微妙なところだな。なにしろまともな史料が残ってないし、それこそ子供にしつけをするために生み出された架空の存在だとか、革新的な考えを持つ女性が弾圧されただけとか、色々な説がある。俺個人の意見としては魔女が実在したかはかなり怪しいところだけど、いた方がロマンがある、といった感じだな」


「へえ~、先生ってロマンチストなんだ!」


 カッツの言葉にシュストも笑う。


「おう、俺は“ロマンのある塾講師”がキャッチコピーだからな」


「そんなの初めて聞いたよ……」


 シュストはメラニーに振り返る。


「メラニー、お前が魔女を目指してるのは知ってるし、この現代に魔女が生まれるのも面白いかもしれない」


「ウフフ、ありがとぉ」


「一つアドバイスしておくと……」


「なぁに?」


「魔法ってのは心の作用によるものが大きい。つまり、“その気になる”ってことが大事なんだ。その気になるのに一番手っ取り早い方法はなんだと思う?」


 メラニーは少し考えてから答える。


「形から入る、とか?」


「正解! ……って一発で当てないでくれよな。俺の立場がなくなる」


 笑いが起こる。


「魔女として形から入るのがいいということですか?」


「そういうことだな」


 実際、魔法使いを目指す者が本格的なローブを着たり、道具を持ったりするなどの行為は一定の効果があると言われている。形から入るというのは案外バカにできないものなのだ。


「俺はすげえ魔法使いになりたいから、つけヒゲでもつけて、偉くなったように見せようかな!」


「僕はお父さんみたいに強くなりたいから、筋トレをしてムキムキになって……」


 どうもおかしな方向に向かおうとしている男子二人に、シュストはおいおい大丈夫か、と不安になる。


「うーん、あたしはどうしようかしらねえ……」


 メラニーはどうすれば自分が少しでも魔女に近づけるのか考えるのだった。



***



 塾が休みの日、メラニーは町の商店街を歩いていた。

 そして、行きつけの服屋に立ち寄る。


「こんにちはぁ」


「おお、いらっしゃい。メラニーちゃん」


 中年の店主が優しく出迎えてくれる。


「黒いお洋服ってないかしらね」


「黒い服?」


「うん、あたし魔女になるのが夢なんだけど、形から入ろうと思って」


「ハハハ、メラニーちゃんらしいや。だったらこいつはどうだい?」


 店主は黒いワンピースを持ってきた。シンプルでしっとりしたデザインである。


「王都で最近作られたモデルだ。お得意様価格でお安くしとくよ」


「へえ、結構いいわねえ」


 メラニーは実際にワンピースを着てみた。


「うん……いいかも!」


「だろう? 似合ってるよ!」


「これ買うわぁ」


 メラニーが黒いワンピースを購入し、その恰好のまま外に出た。

 ウフフ……今のあたしは魔女――そんな気持ちで町を歩く。


 ところが、そんな彼女に思わぬ災難が降りかかる。


「……見つけたぜ!」


 声をかけられる。

 振り向くと、そこにはチンピラの集団がいた。

 メラニーはすぐに思い出した。ロボスに弄ばれた時、廃屋でたむろっていたチンピラ達であると。


「あんた達……!」


「おお、覚えていやがったか」


「忘れる訳ないでしょ」


 リーダー格の男が、いまいましげに言葉を吐く。


「俺らがあの魔法使いに負けてからというもの、ろくなことがねえ。ロボスの野郎は訓練所に送られ、俺たちはあいつの金や権力に頼れなくなっちまった」


 当時はさん付けだったロボスを呼び捨てにしているあたり、いかに彼の人望がなかったかが窺える。


「せっかくこの町のチンピラ界でトップだったのに、おかげでトップから陥落だ! それどころか他のチームにもナメられて……どうしてくれる!」


「なんなのよ、チンピラ界って」


「うるせえ!」


 貴族のボンボンとつるんで甘い汁を吸っていた連中が、そのボンボンがいなくなったらどういう運命になるかは、想像するに難くない。彼らはアウトロー業界の中でもさらに卑下される存在だったのだろう。

 リーダー格の身勝手な理屈は収まらない。


「とにかくだ! てめえにゃちょいとひでえ目にあってもらうぜ……!」


 身構えるメラニー。

 あの時、メラニーは震えて魔法を撃つこともできなかった。

 もしもシュストが駆けつけなければ、どうなっていたか分からない。

 だが、今は違う。ロボスとの一件を乗り越え、仲間と共に『毒狼の牙』首領にも立ち向かった。あの首領の凶悪さに比べれば、目の前のチンピラなど物の数ではない。


「ようするにあたしに仕返ししたいんでしょ? 受けて立つわ」


「な、なにっ!?」


「さあ、かかってきなさいよ。あたしだって、あんたたちに仕返ししたかったんだもの」


 全くビビっていないメラニーに、逆に腰が引けてしまうチンピラ達。

 しかし、ここで引いたら複数で女の子を囲んで何もしないまま尻尾を巻いたというどうしようもない集団になってしまう。それこそリットーの町のチンピラ界で復権することは不可能になるだろう。


「く、くそっ! やってやらぁ!」


 チンピラ達が襲いかかってきた。

 メラニーは黒いワンピース姿でいつものように笑った。


「ウフフフ……」


 この瞬間、彼らは思った。

 子供の頃絵本で見た伝説の魔女が仮に実在したとしたら、もしかしてこんな感じだったのかも――と。


雷球魔法サンダーボール!」


 雷の球がチンピラ達にぶつかり、激しく火花を散らす。


「んぎゃああああああっ!」


「ウフフ、まだまだいくわよぉ」


「ちょ、ちょっと待――」


「待たない。あの時は本当に人生が終わると思ったんだから。せいぜい怖がってちょうだいな」


 メラニーはニタリと笑うと、チンピラたちにこれでもかと制裁を喰らわせる。

 かつて彼女がどういう目にあったかを考えれば、これでも安いものだろう。



***



 数日後、塾が終わり、シュストが毎度おなじみのフレーズを口にする。


「復習きっちりやれよー!」


「は~い」

「はい!」

「はぁい」


 テキストやノートを片付けながら、カッツがルブルに話しかける。


「そういや聞いたかよ、ルブル」


「なんだい?」


「町に“魔女”が出たって話してる人がいたんだよ」


「魔女が?」


「そうそう。黒い服着た魔女が現れて、チンピラ集団を華麗にやっつけたとかなんとか……変な噂が立ってんだよ」


「へぇ~」


 そのままメラニーにも話題を振る。


「メラニー、お前は何か知ってるか?」


 メラニーは肩をすくめる。


「ウフフ……何も知らないわぁ」


「そっか」


「魔女の正体がメラニーさんだったら面白かったのに」


 一連のやり取りを聞いていたシュストは、メラニーの清々しい笑顔を見て、なんとなく事情を察した。

 そして、独りごちる。


「ひょっとしたら俺の教え子から現代の魔女が誕生するかもしれないな……」

生徒らがそれぞれの成長を見せ、物語としてはひと段落となります。

引き続きよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シュストが強いばかりでなく、間抜けな部分が必ずあってほほえましいオチになってるところが良いと思います。そういう部分が愛すべき人間像になって魅力になってるかなと。 [気になる点] 良い点がそ…
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