第14話 ルブル、父との決闘
ルブルの自宅にて、父親であるルガンが言った。
「ルブル、話がある」
「なにお父さん?」
「俺もそろそろ戦士団の仕事に戻る。今度家に帰ってくるのはしばらく先になっちまうだろうが、母さんを守ってやってくれよ。あと、しっかり魔法を勉強しろよ」
「う、うん……」
突如告げられた父との別れ。元々いない時期の方が長いとはいえ、やはりその時が来てしまうと寂しい。シュストのおかげで関係が良好になっていたのでなおさらだ。父の仕事が仕事なので、今生の別れになる可能性もないとは限らない。
引き止めたいとは思わない。それはただ父を困らせるだけと知っているから。
ルブルは父と何か相応しい別れをしたかった。戦士として旅立っていく父に対し、息子として何か手向けをしたかった。
だが、それが何かは彼自身よく分からなかった。
***
塾の教室で、それを友達に話すルブル。
「へえ、そりゃ寂しくなるな」
「しっかりお別れしないといけないわねぇ」
カッツとメラニーの言葉が、ルブルの心にも染みる。
そして授業後――
「先生!」
「どしたルブル」
「実はお父さんが戦士団の仕事に戻ることになりまして……」
「あー、そうなのか。そりゃあ寂しくなるな。俺も共闘したことあるし、一度挨拶に行かないとな」
「それで僕、お父さんに何かしてあげたいんですけど、何をしていいのか分からないんです」
「その様子だと“プレゼントをあげたい”だとかそういうわけじゃなさそうだな」
「はい。そういうのを喜ぶ人じゃありませんし……なんというか、お父さんに“留守はきっちり守るよ”ということを示したいんです」
シュストは腕を組みしばらく考えてから、
「いい方法がある」
「え?」
「お前の強さを示してやればいい。魔法を一発かまして、『僕はこんなに強いんだ』ってな。そうすりゃあのお父さんも安心するだろ」
「なるほど……!」
このアドバイスに、ルブルは意気揚々と帰宅していった。
***
帰宅したルブルはさっそく父に言った。
「お父さん」
「ん?」
「僕と……決闘して欲しいんだ!」
「……!」
全く予期していなかった言葉にルガンは驚く。が、息子の強い眼光を感じ取り、ゆっくりとうなずいた。
「いいだろう。手加減しねえぞ」
「ありがとう、お父さん!」
自分の強さを見て欲しいという息子の決意を、父は正面から受け止めた。
***
翌日、さっそくルブルはシュストに告げる。
「先生!」
「ん、どした」
「僕、今日お父さんと決闘します!」
「……へ?」
どういうことなの……となるシュスト。「なぜ」「ホワイ」という文字が頭の中を駆け巡る。
「色々考えたんですけど、僕がお父さんに強さを見せるのはこの方法しかないと思うんです!」
ルブルの目は燃えていた。
大人しい性格の中に、父譲りの闘志を宿している。
シュストとしては、魔法を見せるだけでよかったのに……と思うが、もはやそんな口を挟むのは無粋だと感じた。
「俺に立会人になれっていうんだな?」
「そうです!」
「場所は?」
「僕の家の近所にある空き地でやります」
「分かった。塾が終わったら、俺も向かうよ」
「お願いします!」
争いを好まない真面目少年と思っていたルブルにこんな一面があったとはな……と感慨深くもなるシュストだった。
***
授業後、シュストは指定された空き地に向かう。
すでにルブルら父子が待っていた。
「すみません。遅れてしまって」
「いや、かまわねえよ。それより先生、こんなことに付き合わせちゃってすまねえな」
「いいえ、嬉しいですよ。一人の魔法使いとして、立会人を精一杯務めさせてもらいます」
ルブルが言う。
「では先生、そこで見ていて下さい!」
「ああ、思い切りやってくれ」
向き合う父子。
決闘前に相応しいムードたっぷりの風が吹く。
魔法使いであるルブルはもちろん、父ルガンも素手である。
これはルブルが自分の強さを父に示す儀式なのだ。
とはいえ手加減は無用。両者の闘気が、シュストにまでビンビンと伝わってくる。
シュストは考える。
二人の距離は離れている。魔法を使えるルブルが先制攻撃をするのは間違いない。おそらく得意の風属性魔法を繰り出す。
その一発で倒せなければ、父ルガンはルブルに接近して、キツイ一撃をお見舞いするだろう。そうなれば、父の勝利だ。
つまり、最初の一撃が決め手……!
ルブル、精神を集中して最高の一撃をお見舞いしてやれ、と祈るような気持ちになるシュスト。
汗もかいてくる。もしかして、今この場で一番緊張してるの俺なんじゃ……とシュストが思った瞬間、ルブルが動いた。
「風よ!」
風の刃を飛ばす風魔法を唱える。
かなり大きい。上出来だと心の中で拳を握り締めるシュスト。
息子の一撃を、ルガンは両腕をクロスさせ、正面から受け止めた。
「ぐうっ!」
ルガンが動く。猛ダッシュで息子に近づこうとする。もう一度呪文を唱える暇はないだろう。万事休すか。
――と思ったその時。
ルブルはなんと自分の背中に風を当て、突進するという奇策に出た。
「おおっ!」
そうきたか。思わずシュストも歓声を上げる。
ルブル渾身の頭突きは――
「いい……一撃だ、息子よ」
片手で止められていた。
「あ……」
「今度は俺の番だな」
ルガンは拳を握り、それを息子の頭めがけ放つ。
「ちょっ……!」叫びそうになるシュスト。
だが、拳はすぐに開かれ、ルブルの頭にポンと置かれた。
「さっきの風の魔法……効いたぜ。強くなったな……」
「お父さん……」
「俺はもう安心だ。なんの心配もなく、戦士団に戻れる」
「うん……!」
父子のやり取りに、シュストも思わず涙を浮かべそうになる。
しかし、それを悟られるのは恥ずかしいと思ったのか、
「水魔法!」
自分に水魔法をブチまける。
「先生!?」
「なにやってんだ!?」
全身ずぶ濡れになったシュストは、申し訳なさそうにこう言った。
「せっかくの親子の場面に水をさしてしまってすみません……ヘーックション!」