第13話 カッツ、自分をいじめてた子と再会する
「今日はここまで! 復習はきっちりやれよ!」
授業が終わり、毎度おなじみのフレーズが教室に響く。
返事をし、席を立つカッツ。
彼は今、自信に満ちていた。少し前には仲間と盗賊のボス捕縛の役に立ったし、自分の魔法の腕も着実に上がっていると自覚していた。
だが、そんな心を見透かしたように――
「カ~ッツ」
「な、なんだよ先生」
「お前の考えてることは分かるぜ。どうせ『俺、最近好調だな~』とか思ってるだろ? そういう時こそきっちり復習するんだぞ。油断してると人間ってのはすぐサボるからな」
「わ、分かってるよ!」
見事に心根を当てられ慌てるカッツ。すると、すかさずメラニーが顔を綻ばせる。
「調子に乗ってサボる。先生にも身に覚えがあるんでしょうねえ」
「――なぜそれを!?」
図星だったようだ。
この一連の攻防を、ルブルは「実にバランスの取れたやり取りだなぁ」と思いながら見つめていた。
***
塾からの帰り道。
カッツはふと、レオナルドにいじめられていたことを思い出す。もっとも今や彼がいじめられることはないし、仮にレオナルドから何か仕掛けてきても、はねのけられる自信はある。とはいえ、一件がトラウマのようになっているのも事実だった。
実際、未だに彼はいじめられる夢を見てしまったりする。夢の中で嫌がらせをされ、苦しみながら目を覚ますのだ。
払拭できる日は来るのかなぁ……大人にならないと無理か。などと考えながら歩くカッツ。
路地裏から、何やら声が聞こえる。
「Aクラスにも上がれねえグズがよ!」
「オラァ!」
「お前なんか三流だ、三流!」
ブレス魔法学校の生徒達が、集団で一人の生徒に暴行を加えている。
その一人の生徒はいうと――レオナルドだ。
かつてカッツをいじめていたレオナルドが今度はいじめられている。
まるで状況が分からず、見ていることしかできず、いじめが止んだ後にカッツは駆けつける恰好になった。
「レオナルド……!」
「カッツか……。へっ、みっともないとこ見られちまった」
「さっきの……なんなんだ?」
汚れた体をはたきながら、レオナルドが起き上がる。
「なんでもいいだろ」
「気になるだろ。聞かせろよ」
しぶしぶといった感じで、レオナルドが口を開く。
「ウチの学校、新しい先生……バルドロス先生が来てから、成績や魔力によるクラス分けを徹底し始めてさ……。みんな勉強を頑張るようにはなったんだけど、その分ギスギスするようになっちまった」
「……」
そういえば新しい先生が入ったなんて話をしてたな、とカッツは思い出す。
「上のクラスの連中の中には、ああやって自分の優位を示すために下のクラスの奴をいじめる奴も出てきて……あんだけイキがってた俺なんて恰好の標的だよな。いつの間にか取り巻きたちも離れちまった……」
厳しそうな魔法学校の現状に、カッツは何も言えなくなる。
「まあ、自業自得だけどよ。じゃあな」
「ああ……」
自分をいじめていたあいつが今度はいじめられて、自分は嬉しいのか、それとも悲しいのか。カッツには自分の気持ちがよく分からなかった。
***
次の日の塾にて、カッツはシュストに質問する。
「先生」
「ん、どうしたカッツ。悪いが金なら貸せないぞ」
「違うよ! もしこの塾にさ……ものすごーく大勢の生徒が来たとして……」
「おお、泣かせることを言ってくれるじゃないか」
「当然、出来る生徒・出来ない生徒が出てくると思うんだ」
「そりゃそうだな」
「その時……先生はどうする? 指導に差をつける?」
カッツは「差なんてつけるもんか」という答えを期待した。
が、期待に反して、シュストはあっさりと「そりゃつけるだろうな」と言った。
「え、そうなの?」
「だって……生徒の出来具合を考慮せずに一緒な教え方をしてたら、きっとみんな参っちゃうだろ? 出来る生徒は退屈しちゃうし、出来ない生徒はついてこれない」
「うん……」
ただし、と付け加える。
「それで出来る側の奴が威張ったりするようになったら、俺はそいつを本気で叱るけどな」
「え……」
「俺が塾を開いたのは色んな人が魔法を学び、そして魔法を生活で役立てたり、魔法で食っていけるようにするためだ。魔法で威張らせるためじゃない」
シュストは自分の答えに多少不安があったのか、
「これで答えになってるか?」
と問いかける。
「うん、ありがとう、先生!」
聞いていたルブルもシュストに感心する。
「先生も意外に色々と考えていたんですね!」
「そうだぞ! 俺も意外にそういうところがあって……って意外?」
「“色んな子”っていうほど、ウチの塾、色んな子がいないけどねえ……たった三人だし」
メラニーの言葉に傷心するシュスト。
「あーっ、だからそれを言うと俺が傷つくからやめろ! だけどいいんだ! お前たちは少数精鋭だから! このままいけば将来的には『シュスト親衛隊』と名乗れるぞ! どうだ、かっこいいだろ!」
「絶対名乗らないわよ、そんなの」
話は変な方向に進み、というよりシュストが進ませ「親衛隊の歌を作ろう」などと言い出す。ついには鼻歌を歌い出すが、みんなで無視した。
とにかくカッツは嬉しかった。
“塾通い”であることに劣等感を抱くこともあったが、こうして皆でワイワイできる環境にいられることが嬉しかった。
「ありがとう、先生。俺、先生の生徒でよかった」
「お、おう。どういたしまして」
「俺、お礼言われるようなことしたっけ……?」と困惑するシュストだった。
***
帰り道、再びカッツはいじめの現場に遭遇する。
レオナルドが三人相手に殴る蹴るをされている。レオナルドも魔法の心得はあるのに、どうせ敵わないと悟っているからか、いじめが酷くなるのを恐れてか反撃しようとはしない。被害者だった時の自分を見ているようだ。
意を決して、カッツはその中に飛び込んだ。
「やめろ!」
「あ? なんだてめえ」加害者生徒の一人が言う。
「それ以上レオナルドをいじめるなら……俺が相手になるぞ!」
「お前、魔法を使えるのか?」
「魔法塾に通ってる!」
「プッ、こいつ塾通いかよ! そんなのが俺らの相手になるかよ!」
昔のカッツならこの言葉に劣等感を抱き、委縮していただろう。しかし今は――
「相手になるか、試してみるか?」
「とりあえず動けなくしてやるよ! 緊縛魔法!」
魔力がカッツを縛り付ける。が――
「解除魔法!」
すかさず魔法を解除する。
「なにいっ!?」
そして、自身の最も得意とする炎魔法を唱える。
「火球魔法ッ!」
巨大な火球がいじめっ子たちめがけ飛んでいき、その近くに着弾した。
いじめっ子たちでも出せないような大きさだった。格の差を感じ取り、彼らはそそくさと退散してしまう。
「……ふぅ」
どうにか撃退できたが、ひるまずに三人が魔法を撃ってきたら危なかったかもしれない。ほっと一息つくカッツ。
「レオナルド、大丈夫か!?」
「くそっ、なんでだよ。なんで助けたんだよ!」
レオナルドから出てきたのは感謝ではなく、怒りの言葉だった。
「……」
「俺がお前にしてきたこと、忘れたわけじゃないだろ。なのになんで助けた? 俺への憐れみのつもりか?」
カッツはゆっくりと首を振った。
「そんなんじゃねえよ。言っとくけど、お前にされたことは忘れちゃいない。多分、一生許せないと思う」
“一生許せない”の部分が効いたのか、下を向くレオナルド。
「だけど、先生なら……俺の塾の先生が俺の立場なら、きっとお前を助ける。そう思ったから……お前を助けたんだ」
「くっ……!」
レオナルドもまた、シュストから制裁を受けたことがあり、どういう人間かは分かっているつもりだった。
「じゃあな」と家に歩き出すカッツ。
すると、背後からレオナルドの声が。
「待てよ」
「ん?」
「ありがとう……。あと……許してくれなくてもいいから、言わせてもらう……。ごめん……」
ここでまた、カッツはシュストを思い出す。先生ならきっと――
「いいよ、もう。水に流すよ」
そう言って、カッツはその場を立ち去った。
カッツはなんとなく、もういじめられている頃の夢は見ないだろうな、と感じていた。
そんな彼らを物陰から見つめる一人の男があった。
――シュストだ。
「フッ、カッツの奴……一人で三人を追い払うとはな。おかげで俺の出る幕がなくなって、ただの不審者みたいになっちまった」
近くにいたおばさんがシュストを細目で見つめる。
「あなた、さっきから物陰に隠れて何やってるの?」
「いえ、決して怪しい者では……」
***
アメリアの店に寄るシュスト。いつも通りコーヒーを注文する。
飲みながら、カッツの一件を話す。
「ふうん、よかったじゃない。あの子もいつまでも腕白坊主ってわけじゃないのね。見直しちゃった」
「ああ、それはよかったんだが……」
「? 出る幕がなくて悔しいの?」
「そうじゃなくて……」
「じゃあ、なんなのよ」
「あいつさ、“先生が俺の立場ならお前を助ける”みたいなこと言ってたんだけど……」
「うん」
「俺があいつの立場だったら本当に助けてたかなって不安になってきちゃって……。なぁどう思う? 俺だったら助けたと思う?」
「知らないわよそんなの! 自分で判断してよ!」
「うーん、俺も立派な塾講師にならねば……」
教え子の成長を喜びつつ、自分はその成長に応えられているのか、悩みながらコーヒーを飲むのだった。