第12話 魔法塾生徒トリオの戦い
その頃、シュストの塾では生徒三人が自習をしていた。
盗賊退治に向かったシュストの話題になる。
「先生……どうなったかなぁ」と相変わらずのルブル。
カッツが答える。
「大丈夫だよ。先生はお前の父さんにも勝ったぐらいなんだろ? だったら盗賊なんかに負けるわけねえよ」
「ウフフフ……そうねえ。先生が負けてるところは想像できないわ」
メラニーも自分を助けられた時のことを思い出しつつ、シュストの勝利を信じる。
「ただ……先生って詰めが甘いところがあるから、そこがちょっと心配ねえ」
突然、塾のドアが開く。
三人はシュストだと思ったが――
「ほう、ガキばかりいるじゃねえか。ちょうどいい。人質になってもらうぜ」
――無精髭を生やした男だった。顔には傷跡があり、見るからに悪人の臭いがする。手にはナタのような剣を持っている。
「なんだよ、お前……」
震える声ながら、カッツが勇ましく問いかける。
「俺は『毒狼の牙』の首領よ」
教室に緊張が走る。今度はメラニーが尋ねる。
「あんたたち、町役場を占拠してたんじゃないの?」
「してたんだがよ……。魔法を使える野郎とゴツイ野郎が乗り込んできて、あっという間に手下どもを片付けやがった。なんとなく嫌な予感がした俺は、さっさと逃げて無事だったんだがよ」
“魔法を使える野郎”は間違いなくシュストとして、ゴツイ野郎は誰だろう?
そんな中、ルブルは僕のお父さんかもしれない、と推測する。
「んで、安全に逃げるため、とりあえず人質が欲しいからここに入ったってわけだ! 休憩もしておきたいしな!」
カッツが食ってかかる。
「ふざけんな! 誰が人質になんかなるかよ!」
そう口にした途端、いきなり首を掴まれる。
「ぐえっ!」
「騒ぐんじゃねえぞクソガキ! ……人質は一匹で十分なんだ。ここで一匹減らしてもなんの問題もねえ」
「うぐ……」
乱暴に投げ捨てられるカッツ。
ルブルが落ち着いた態度で言う。
「すみません、盗賊さん。僕たち協力しますから、だから乱暴はやめて下さい」
「へっ、分かりゃいいんだ」
カッツたち三人が固まる。首領は教卓の上にあるジュースを飲んでいる。シュストのジュースだ。
「ちっ、甘ったるいジュースだぜ!」
ボトルを床に叩きつける。ガラスが割れる。
「くそっ、あいつ!」
「待ってカッツ君。今はとにかく落ち着こう」
「そうよぉ、先生も刺激するなって言ってたじゃない」
「うん、そうだな……ごめん」
興奮したことを反省するカッツ。
三人は小声で話し始める。
「だがよ、どうする。ずっとあいつに従うのか?」
「いや、あの男はかなり凶暴だ。何をするか分からないよ」
「そうよぉ、先生たちにやられてムカムカしてるみたいだし、あたしらに何かしてきてもおかしくないわ」
「ってことはやっぱり……」
「うん、やろう」
「ウフフフ、チャンスがあったら……ね」
覚悟を決める三人。
そこに首領が怒声を発する。
「何をゴチャゴチャ言ってんだてめえら! 妙な動きしやがったらブッ殺すからな!」
悪名高い『毒狼の牙』を率いていながら、騎士団に敗れ、町役場でシュスト達に敗れ、逃亡を余儀なくされてしまっていることにだいぶイラついているようだ。
険しい目つきで生徒達を睨み、なかなか隙らしい隙を作らない。
こうしている間にも、外では捜索が進んでいるだろう。首領が塾に立てこもったのははっきりいって悪手だ。どんどん追い込まれていく。そのうち、自暴自棄になって生徒たちに危害を加えるようになる未来も見えている。
「クソがっ……!」
乱暴に机を蹴り飛ばす。八つ当たりの対象が物から人になるのも時間の問題だ。
――やるしかない。
カッツ、ルブル、メラニーの三人はアイコンタクトをして、うなずく。
首領が三人を見る。
「おい、てめえら! そろそろお前らのうち、誰かを人質にして外に出る! 誰にするか決めるから――」
メラニーがうずくまった。
「ううっ……」
「あ? どうした?」
「気分が悪くなって……」
舌打ちする首領。女の子であるメラニーは人質の第一候補だった。その彼女の体調が悪くなったとなると、連れ回すのに色々面倒になってしまう。どのみち安全な場所までたどり着いたら、メラニーを無事に済ませるつもりはないが。
「ちっ、ふざけやがって!」
メラニーの容態次第では、カッツかルブルを連れ回すことになる。その判断をするため、首領が近づく。
その時だった。
「雷魔法!」
メラニーの手から雷撃が放たれる。
「ぐおああああああっ!?」
雷に痺れてしまう首領。
かつてシュストにやった不意打ちがここで生きた。
しかし、これだけでは倒れない。すかさず襲い掛かってくる。
「このガキィィィィィッ!!!」
しかし、三人は冷静だった。
「炎魔法!」とカッツ。
「風魔法!」とルブル。
二人の追撃を受け、首領がダメージを受ける。
が、これでも倒せない。
ところどころ切り裂かれ、焦げた体で、血走った眼を浮かべている。
「クソガキども……やりやがったな……地獄を見せてやるァ!!!」
カッツが啖呵を切る。
「お前みたいな“虫歯”に負けるもんか!」
この煽りに完全に頭に血が上った首領は、顔を真っ赤にして突撃してくる。三人は焦らず呼吸を合わせ、同時に魔法を唱えた――
***
シュストは塾の外にたどり着いていた。魔法を使って探知し、首領が中に逃げ込んだことも確信している。
しかし、どうやって生徒たちを助けるか決めあぐねていた。
移動魔法を使って中に入ったとしても、例えば生徒たちが刃を突きつけられているような状況だと、彼らに危険が及ぶ。驚いた拍子にグサリとやられかねない。
「みんな……!」
歯ぎしりするシュスト。
すると、内側からドアが壊れた。
「うおっ!?」
塾の中から転がってきたのは――『毒狼の牙』の首領。
火、風、雷魔法の一斉攻撃を喰らって、白目をむいている。
「これは……!?」
驚くシュスト。中からは三人の生徒が出てきた。
「よっしゃあ、決まったぜ! トリプル魔法!」
ガッツポーズを決めるカッツ。
「三人の力が一つになったんだ!」
とルブルも珍しく興奮している。
「ウフフ……ざまあないわね」
気絶している首領を見下して、笑うメラニー。
三人は力を合わせて、塾に押し入った首領を倒してのけた。
「先生! 俺たちで虫歯を引っこ抜いてやったぜ!」
カッツのこの言葉に、シュストも笑顔を浮かべる。
「いい治療だったぞ」
さあ、抱きついておいで……とばかりに両手を広げるシュスト。が、誰も駆け寄ってこない。
まあ、そりゃそうだよなと思うシュストだったが、
「先生っ!!!」
三人が一斉に駆けつけ、抱きついてきた。
「正直いって殺されるかと思った……!」
「先生が魔法を教えてくれたおかげで助かりました!」
「あたしも……怖かったよぉ……」
三人ともそれぞれの反応を見せる。シュストもそれぞれの頭を撫で、優しく励ました。
「よくやったぞ、三人とも」
倒れている首領の体がピクリと動く。
「うぐ……殺し……てやる!」
長年暴れまわった悪党としての執念か、首領は目覚めていた。
「先生、後ろ!」カッツが気づく。
しかし、シュストはとっくに気づいていた。
「虫歯野郎、俺に見せ場を与えるためだけに起き上がってくれてどうもありがとう。……炎蛇魔法!」
炎で出来た蛇が、首領に巻き付いて動きを封じる。
「あぢぢぢぢぢぢっ!!!」
「どうした、殺してやるんじゃなかったのか?」
「ぐをあああああああああっ!!!」
「よくも俺の生徒をこんな目にあわせやがって……特大のゲンコツを喰らわせてやるよ」
シュストの目は怒りに満ちていた。首領への怒りと、自分への怒り。結果的に助かったものの、三人とも殺されてしまう可能性もあったのだ。
「大地よ、球体を成せ」
地面の一部が浮かび上がり、直径30センチほどのボール状になる。
「あぢぢぢっ! な、なんだそりゃっ! ――あぢぢぢっ!」
「さぁ~て、こいつを頭にぶつけたらどうなるかな」
「や、やめっ――」
「土球魔法!」
球体が高速で首領めがけて飛んでいく。
当たれば間違いなく頭が砕ける。
カッツら三人も思わず「先生っ!」と叫ぶ。
轟音が響いた。
土の球体は……炎の蛇に巻き付かれた首領のすぐ横に墜落していた。
「あ……ああ……」
「どうせ極刑だろうが……頼もしく成長してた俺の生徒たちに感謝しな。もし傷でも負わせてたら、間違いなくぶつけてた」
恐怖とダメージで失神してしまう首領。
まもなく他の場所を捜索していた憲兵たちや、ルガンも駆けつけてくる。
「すごい音がしたぞ!」
「盗賊の頭がいる!」
「捕まえろ!」
こうして『毒狼の牙』首領は連行されていった。
シュストはもちろんだがルガンもまた、この成果や、息子とその仲間が活躍したことに大いに喜んでいた。
……
騒動が収まり、シュストは三人に言う。
「古来より、“実戦に勝る修行はない”という。今回のことは三人を大きく成長させたはずだ」
「はいっ!」
「今日味わった経験をしっかり自分の心の中で復習すれば、お前たちはきっとすごい魔法使いになれる!」
拳を握り締めるシュスト。
「……ってあれ? “また復習かよ”ってツッコミを期待してたんだけど」
カッツが首を振る。
「いや、今日のことは絶対忘れないよ先生!」
ルブルもカッツに同意する。
「そうですよ。三人で悪い奴を倒して……先生がトドメを刺してくれて、絶対忘れません!」
メラニーが微笑む。
「いつか、あたし一人でもあんな奴ぐらい倒せるようになるわぁ」
頼もしい生徒を持った……とシュストも嬉しく思う。
「よし……今日はこれで解散! 帰ってゆっくり休むように! 復習は……たまにはしなくていいや!」
***
三人を帰宅させ、アメリアの店でコーヒーを頼むシュスト。
「とびっきり苦いの頼む」
「はーい」
差し出されたカップに入った黒い液体を一口飲む。
「にげえええええ!」
「リクエストに応えただけよ」
「どうやったらこんな苦いコーヒー作れるんだよ……」
舌を出し苦しがるシュストに、アメリアがクスクス笑う。
「聞いたわよー、大活躍だったそうじゃない。『毒狼の牙』の残党をやっつけたとかでさ」
「ああ」
普段のシュストならばここで武勇伝を語るところであるが――
「なんで浮かない顔してるの?」
「盗賊団のボスが危険に対する嗅覚の鋭い奴で……逃がしちまったんだ。塾の生徒たちに危害が及ぶところだった」
「ふうん……でもその様子だと、無事だったんでしょ? でなかったら、私の店に来るわけないものね」
「……ああ。あいつらが何とか撃退してくれてな」
カウンターに突っ伏す。
「本当によかった……!」
塾に逃げ込まれたのは彼にとってはまさに痛恨だったろう。が、生徒たちは独力で何とかしてみせた。
アメリアはそんなシュストの頭をそっと撫でる。
「よしよし。あんたもまだまだ復習が必要ね」
「……その通りだな」
塾講師とて、甘えたくなる時はある――