第10話 盗賊団『毒狼の牙』
ルブルの家。
かつてシュストと殴り合いを繰り広げたルブルの父・ルガンは、豪快に骨付き肉をかじっていた。ムシャムシャと肉を咀嚼し、飲み込む。
一方のルブルはナイフとフォークで行儀よく食事をする。
両者とも茶髪であること以外全く似ていないが、紛れもなく二人は実の親子である。
「おう、ルブル」
「なに? お父さん」
「最近、塾はどうだ?」
「うん、楽しいよ!」
「そうか。いいツラになったしな。お前はやっぱり魔法が向いてる。俺が無理矢理訓練させてた時とは大違いだ」
「ううん、僕こそ……お父さんの期待に応えられなくてごめんなさい」
「謝ることなんかない。立派な魔法使いになってくれることが、俺の期待に応えてくれることになるんだ」
「僕、頑張るよ! そしてお父さんのような強い男になる!」
笑い合う父子。
キッチンにいる母も、そんな二人のやり取りを嬉しそうに眺めている。
「俺もじきに戦士団としての仕事に戻るだろう。次、家に戻れるのはいつになるか分からん。そしたら……母さんを頼んだぞ」
「うん、お父さん!」
ここでルガンは思い出したかのように――
「ああ、そうそう」
「どうしたの?」
「俺の仲間からちょいと小耳に挟んだんだが、『毒狼の牙』って盗賊団が騎士団と決戦して敗れたんだ」
「聞いたことある。長年暴れてた盗賊団だよね」
「そうだ。だが、首領を含めた十数名が騎士団の手から逃げちまったらしい。さすがに一筋縄じゃいかねえ連中だ」
手負いの獣となった荒くれ者どもを想像し、怖がるルブル。
「そんで今、連中はこの地域に逃げ込んでるらしい」
「え!?」
「散々悪さを重ねてきた連中だ。残党とはいえあなどれねえ。塾の行き帰りなんかは気をつけるんだぞ、ルブル」
「分かったよ。ありがとう、お父さん!」
忠告してくれた父に感謝しつつ、ルブルは明日にでもみんなに伝えようと決心した。
***
次の日、さっそくルブルは塾で『毒狼の牙』について話す。
「……というわけなんだ」
「マジかよ、怖いな」顔をしかめるカッツ。
「ウフフフ、騎士団も詰めが甘いわねえ。そんな連中を取り逃がしちゃうなんて」とメラニー。
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」カッツがツッコミを入れる。
シュストはというと、
「な~にが『毒狼の牙』だ。そんな迷惑かけるだけの連中はせいぜい『毒狼の虫歯』だな。牙なんてかっこいいもんじゃねえ」
盗賊団を虫歯呼ばわりする。
カッツが尋ねる。
「でもさ先生、本当に盗賊団が来たらどうすればいいんだろ?」
「そりゃ逃げることだ」
「逃げる!? 情けねえ!」
「情けなくなんかないだろ。盗賊と戦うなんざ騎士団や憲兵隊、あとはルブルの親父さんなんかの仕事なんだからな」
「そうかもしれないけど……」
納得いかない様子のカッツ。
「もし、逃げられないような状況だったらどうでしょう?」
とルブルが聞く。
「その時は……そうだな。なるべく犯人を刺激しないようにすることだな。挑発するようなことは絶対しない方がいい。あっちから要求があるならなるべく従うことだ」
「なるほど」
「そして……」
「そして?」
「チャンスがあったら……魔法の一つでもブチかましてやれ!」
グッと右拳を握り締めるシュスト。
「いいんですか!?」
「チャンスがあったらだけどな。ずっと従ってたって、何かの拍子に気まぐれで危害を加えられかねないしな。なにしろ相手は悪党なんだ」
「冷静に攻撃チャンスを探れってことね?」とメラニー。
「そういうことだ」
するとシュストは急に笑顔になって、
「ま、いざとなったら『先生助けて~!』って叫んだら駆けつけてやるから! 心配するな!」
メラニーがニヤリとする。
「あたしの時は、あともうちょっと遅れてたら危なかったけどね」
「ホントになぁ~! いや、あれマジで間一髪だったよな……すまん!」
謝りつつ、ロボスとの一件を雑談のネタにしているメラニーにホッとする。そして、シュストは得意げに言う。
「いずれにせよ、盗賊が俺んとこに来てくれれば、手っ取り早いんだけどな」
もちろん、俺が倒してしまうから、という意味を込めているのだが――
「ウフフ……先生の家来ても盗まれるものないしね。全然困らないもの」
「その通り! 盗れるもんなら盗ってみろ! ……ってちがーう!」
ノリツッコミをしてしまう塾講師であった。
……
午後の授業が始まってからしばらくして、魔法塾のドアがノックされる。
「シュストさん! シュストさん!」
「ん?」
ドアを開けると、近所の町民だった。
「すみません、授業中に!」
「いえいえ。どうしたんです?」
「それが……毒の何とかって盗賊団が町役場を占拠して……大騒ぎになってて……」
「なんですって!?」
驚くシュスト達。状況から考えて、『毒狼の牙』なのは間違いないだろう。
「シュストさんは魔法を使えるし……手を貸してもらえないか、と思って」
「もちろんです。すぐ向かいます!」
シュストは生徒三人に振り返ると、
「悪いけど、自習しててくれ。俺は『毒狼の虫歯』をやっつけてくるから」
と言い残し、教室を出ていった。
「先生、大丈夫かな?」
少し不安そうなルブル。
「大丈夫だろ。先生は魔法に関しては天下一なんだから。俺たちは自習してればいいんだよ」と笑うカッツ。
「そうよぉ、あたしを助けてくれた時もものすごく強かったもの」メラニーも微笑む。
「うん、そうだよね……」
しかし、ルブルは胸騒ぎを抑えることができなかった。何かとんでもないことが起こるような気がしていた。