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第1話 塾講師シュストと三人の生徒達

「今日の授業はここまで! いいか、復習はきっちりやれよ!」


 小さな教室に塾講師シュストの声が響く。

 耳にかかる程度の黒髪に黒い瞳。白のワイシャツに黒のスラックスという、あまり魔法講師らしくないファッション。


「授業を聞くだけなら誰でもできる! だけど、後でちゃんと自分が理解できてるか確認するのが大事なんだ! でないと、せっかく学んだことが身につかない……」


 遮るように生徒の一人、男子生徒のカッツが言う。


「先生っていつもそれ言うよな! もう耳にイカだっての! ちゃんと復習するって! なぁ、みんな?」


 隣に座る、大人しい男子生徒ルブルが答える。


「カッツ君、それを言うなら耳にタコじゃ……。だけど先生、確かに同じことを言いすぎな気が……」


 唯一の女子生徒、メラニーがウフフと笑う。


「だからこの塾、生徒が三人しかいないのねえ……」


 彼女につられ、みんなが笑う。


「あーっ! 一番言っちゃいけないことを……いいか、人の心は傷つきやすいんだぞ! 特に俺のように優秀な魔法使いの心はガラスのように繊細で、割れやすく……」


 またもわめくシュスト。


「さいならー!」とカッツ。

「さようなら、先生」お辞儀をするルブル。

「ウフフ、またね……」と笑うメラニー。


 挨拶をして、退室していく。


「復習しろよー!」


 シュストはそう叫ぶと、独りごちる。


「あいつらも……すっかり生意気になってきたな。入ってきた当初は、もっと俺を尊敬してたもんだが……あいつらの教師の顔が見たいもんだ」


 少し考えてから、


「……俺か」とつぶやいた。



***



 このラトレア王国では魔法を学ぶのならば、何ヶ所かある魔法学校に通うのが一般的である。優秀な教師陣、豊富なカリキュラム、恵まれた施設。卒業できれば学歴になるので、進路にも困らない。友人ができればそれは人脈に繋がる。

 しかし、学校の入学料や授業料は非常に高い。裕福な家でなければとても出せない額だ。それでも魔法を学びたい少年少女はというと、成熟した魔法使い等が経営している魔法塾に通うことになる。

 シュストもまた、そんな魔法塾講師の一人。彼は王都から少し離れたリットーの町で、魔法塾を開いていた。


 授業が終わったシュストは、塾近くにあるカフェに向かった。

 カウンター席しかない小さなカフェだ。


「ちいっす、アメリア」


 アメリアと呼ばれた女店主は、エプロンをつけ、金髪をポニーテールに結わいており、シュストに笑みを浮かべる。


「あらシュスト、塾終わったの? 生徒三人しかいない塾」


「うるせえ、このカフェなんて客が一人もいないじゃねえか」


「いなくてもいいの。どうせ金持ちの道楽だし」


 アメリアの言う通り、彼女は金持ちだった。それどころか伯爵の娘、立派なご令嬢だった。商売する気はまるでなく、マイペースで経営している。

 コーヒーを用意しながら、アメリアが尋ねる。


「で、どう? 三人の生徒ちゃんたちは」


「三人とも……いい感じだ。いずれは俺クラスの魔法使いになるだろうさ」


「あんたクラス……ってことは見込みなしか」


「なんだと!? 宮廷魔術師やってた俺に向かって……!」


「冗談よ。ところで、あんたが塾講師始めてからずいぶん経つけど、あの子たちにはそのこともう話したの?」


「いや……自分の先生が元宮廷魔術師なんて知ったら、あいつらきっと驚いちゃうだろ? だからそう簡単にバラすわけにはいかない」


 一拍置く。


「驚いて、きっと『先生が宮廷魔術師だったなんて……感激です!』って号泣するに決まってるんだ。しかし、俺は言うんだ。『昔なんて関係ない。今の俺はしがない塾講師さ』ってな。どうだ、カッコイイだろ!?」


「うんうん、カッコイイ」


 全く感情を込めていないアメリア。


「あいつらに俺の経歴をバラした時のことを考えただけで……俺の人生はバラ色だ!」


「世の中みんなあんたみたいな精神構造だったら、きっと落ち込む人とか出ないんでしょうね」


「その通り! いやー、そのうち講演会でも開こうかな、マジで」


 アメリアはそんなシュストにコーヒーを出す。


「じゃあ、そんなあんたにピッタリのコーヒー」


「お? 人生を満喫してる俺に、ミルクと砂糖たっぷり甘々まろやかコーヒーか?」


 一口飲む。


「……にげえ!」


「たまには苦い目にもあわないとね」


 顔をしかめるシュストに、アメリアは笑った。



***



 一方、シュストの生徒の一人であるカッツは家に向かっていた。

 赤髪のツンツン頭で、三人の中では最も活発な生徒である。シュストも彼のそんな勝気なところを高く評価している。


 だが――


「よぉ」


「レオナルド……!」


 カッツが出会ったのは魔法学校の生徒レオナルドとその取り巻き。

 彼らはリットーの町近くにある「ブレス魔法学校」に通っている。王国最大手といっていい魔法学校である。


「なんの用だよ」


「いやいや、“塾通い”に現実の厳しさを教えてあげようと思ってな」


 魔法塾は魔法学校に比べ、安価で魔法を学べる。が、学歴にはならないし、塾講師の質の差も激しい。ゆえに塾通い組は、魔法学校の生徒から下に見られることが常だったし、このように差別やイジメに走る者も珍しくなかった。


「ウチの魔法学校は新しくすごい先生も入って、ますますカリキュラムが充実してる。それに比べてお前は塾なんかに通って、ホント終わってるよな。きっとろくな仕事につけねえよ」


「……別に。たとえ終わってても、俺は塾を楽しんでるからいいよ」


 カッツは無視して通り過ぎようとする。が、これがレオナルドの癇に障った。


緊縛魔法バインド!」


 淡い光がカッツの体を縛り付ける。


「な……なにしやがる!」


「塾通いのくせに調子こいてんじゃねえぞ! おい……そいつのカバン開けろ!」


「や、やめろ!」


 取り巻きが指示通りカバンを開けると、シュストお手製のテキストが入っていた。


「これが塾のテキストか。ぷぷっ……手作り感満載だなオイ!」


 大笑いするレオナルド。


「いいんだよ! 先生が一生懸命作ってくれたんだから!」


「ふうん……じゃあそれをボロボロにされたら少しはショックか?」


「! や、やめろ!」


 この反応に気をよくして、レオナルドは意地の悪い笑みを浮かべる。


「やれ!」


 命じられた取り巻きはカッツの目の前で、何冊ものテキストを引き裂いてみせた。


「や、やめろよ! やめろよぉっ!」


「塾通いのくせにカッコつけるからこうなるんだよ! バ~カ!」


 カッツにレオナルドたちを止める術はなく、テキストは一冊残らず無惨な姿になってしまった。



***



 次の日、シュストの塾はいつも通り始まった。


「お前ら! きっちり昨日の復習はしたか!?」


 毎度毎度のこの言葉に、


「もちろんしましたよ」真面目に答えるルブル。


「ホント先生ってそればっかり。飽きないわねえ」と笑うメラニー。


 だが、カッツからだけ返事がない。


「ん、カッツ? どうした? 復習、やったか?」


「ごめん……やってない」


「そ、そうか。まあ、たまにはそういう日もある。だが、復習しないとどんな知識もすぐ忘れちゃうからな。俺なんて昨日の晩何食べたかも覚えてないし。これヤバイよな」


「……はい」


「そう落ち込むなって! 別に怒ってるわけじゃないから!」


 冗談も通じず、カッツのいつになく神妙な態度に、シュストは戸惑ってしまう。


「じゃあ、テキスト出して。今日は魔法の歴史……何ページからだっけ」


「45ページまでやりました」とルブル。


「悪い、助かるわ……」


 クスクスと笑うメラニー。


「笑うなぁ! いいか、人を笑っていいのは笑われる覚悟がある奴だけだ!」


 わけの分からないことをのたまうシュスト。


「別にあたし笑われていいもん」


「よーし、じゃあ笑ってやるからな! 覚悟しろよ! ワハハハハハハハハ!」


「先生、早く授業を始めて下さい」


「……はい」


 ルブルに冷たく言われ、授業を始めようとする。ところが、カッツは机にテキストを出さない。


「……あれ? カッツ、テキストは?」


「ご、ごめん先生……忘れちゃって」


「マジか。まあしょうがない。ルブル、見せてやれ」


「分かりました。カッツ君、どうぞ」


「悪い……」


 この日は一日中、カッツはルブルにテキストを見せてもらうのだった。



……



 やがて、今日の授業が全て終わる。


「じゃあ、今日の授業はここまで! いいか、復習はきっちりやれよ!」


 毎度おなじみのフレーズ。


「さようなら!」

「フフフ、またね先生」


 ルブルとメラニーの二人も、いつも通り帰宅する。

 しかし、シュストは一人だけ呼び止めた。


「カッツ。お前はちょっと残ってくれ」


 呼び止められたカッツは、緊張の面持ちでシュストに振り返った。

連載形式となります。

よろしくお願いいたします。

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[一言] 期待しています! とりあえず、ブックマークします!
[良い点]  あれれ? 連載!? いつものコメディじゃない! がんばってください!
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