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1 再会


 俺には可愛い幼馴染がいた。



 当時の俺らはまだまだ子供で、仲良く一緒にお出かけしたり、互いに好きだと言うだけの淡い関係。今こうしてある程度年齢を重ねてみると分かる。


 所詮、子供の恋愛なんてものは、距離が離れてしまえば互いに心の距離も離れてしまう。


 そんな事あったよね…と過去の思い出になる。


 その程度のものだ。



 別に全てがそうだと否定するつもりは無い。


 中にはどんなに距離が離れても互いに想い合い、いつか再会し愛を育む。そんな奴らだっているのかもしない。


 ただ……。


 俺たちは、それとは違ったカタチになった。それだけの話だ。






(ねぇいっくん。わたし引っ越しても忘れないからね。わたしの事も忘れたらダメだよ。


 絶対いつかまた会うんだから。ずっと好きでいてね。


 僕だって忘れないよ。ずっと好きだからね。


 すぐに大きくなって、けーちゃんに会いに行くよ。


 絶対だよ?


 うん。絶対の約束。)













 懐かしい夢を見た。




 明日から大学一年生。俺は県外の大学へと進学し、アパートに引っ越した。


 大学が始まってしまえば慣れない生活は負担になると親から言われ、入学の一週間前には一人暮らしを始めている。


 始めは戸惑う事も多かったが、最寄の駅やスーパー、飲食店やコンビニ等の場所を把握してしまえば、後はどうとでもなった。


 元々実家では家事を一通り手伝っていたから、それ程苦労する訳もなく、生活に不便するなんて事はなかったのだ。



(あの頃の夢を見るなんて、一人にはまだ慣れないって事か……。


 今までは家族と一緒だったのが、急に一人になってしまって不安だったのかもな。)



 確かに当時は互いに好き合っていたんだと思う。俺にとっての初恋だった。


 だが、連絡する手段もなく。特別親同士の仲が良かった訳でもない為、引っ越し先も知らない。


 ずっとあの子の事を想って…というのは、俺には出来なかった。



 勿論最初は落ち込んだりもした。


 だが、時の流れというのは良くも悪くも過去を思い出にしてしまう。


 中学、高校…。何度か異性と付き合ったり別れたりをしながら、人並みの青春時代を過ごしたつもりだ。


 小学二年生の頃の初恋は、今でも懐かしくはあるが…。それだけだ。


 恐らくはあちら側もそうだろう。



(あの子は今頃どうしてるのだろうか…。)



 物思いにふけっていると、呼び鈴の音が響く。まだ聞きなれない音だが、自分を呼ぶ音だというのは理解している。


 チャイムが鳴ったからドアを開ける。ごく一般的な行動だが、碌に知り合いの一人もいない自分に客というのは、新聞や宗教の勧誘かと思い至ったのだが、既に鍵を開け返事までしてしまっている。


(居留守は今更無理か…。)


 俺は渋々ドアを開けた。



「こんにちは。今日から同じアパートに引っ越してきました。佐倉恵奈(けいな)です。学生ですので、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが宜しくお願いします。」


 こんなアパートの玄関には不釣り合いな、美しい顔立ちでサラサラと風に靡く肩まで伸ばした黒髪の女性がそこには立っていた。



「これはご丁寧に。俺もつい先日引っ越してきたばかりの学生ですが、近場の店はいくらか把握していますので、困りごとがあれば遠慮なく訪ねて下さい。」



(佐倉恵奈(けいな)……か。あの子も確か、そんな名前だったかな。そうだったら嬉しいが…。)


 似たような名前の人間なんていくらでもいるだろう。


 偶然再会ってのはいくらなんでも虫が良すぎる。恐らくそれはないだろう。



「あぁ。自己紹介がまだでしたね。俺は渡辺(いつき)。すぐそこの大学に入学した一年生です。」


 つい今しがた考えていた妄想を振り払い、自己紹介をする。



「え?」



 彼女は目を見開き、何を思ったのか唐突に質問してきた。



「もしかして、〇〇に住んでましたか?」 


「えぇ、まあ。」



 質問の意図が分からず、反射的に答えてしまう。





「いっくん?」



 彼女の透き通るような声が、昔呼ばれていた懐かしい俺のあだ名を奏でる。


 かつて互いに好意を伝えあった女の子の記憶が再び呼び覚まされ、ふと懐かしい彼女の呼び名を口にする。





「けーちゃん?」



 まさか本当に…と彼女が何を考えているのか、ありありと顔に表れていた。



「昔した約束……。覚えてるかな?」


「忘れてないよ。証拠になるかは分からないけど、けーちゃんって呼んだだろ?」



 ふふっと彼女は笑い、そうだね。懐かしいね…と薄っすら涙を浮かべる。



「ずっと連絡も取れなかったし、忘れてても仕方ないって思ってたんだ。」


「それは俺も思ってたよ。仕方ない事だって、ね…。」



 二人は懐かしみながらお互い様、と笑い合った。


 こうして再会出来たのも何か運命めいたものを感じる。


 思い出だった過去が現在へと影響を及ぼしたのか、彼女ともう少し話していたい思ってしまう自分がいた。



「さっきも言ったけど、良かったら周辺を案内するよ。」



 咄嗟に俺は案内を口実に彼女を誘う。



「ありがとう。こっちからお願いしたいと思ってたのよ。」






 再会した俺達は町をぶらつき、思い出話に花を咲かせながら、かつての時間を取り戻すかのように距離を縮めていく。


 何気ない会話の一つ一つが楽しく、それは時間の流れが加速したかのようで、瞬く間に時が過ぎていった。


 案内を終えアパートに辿り着く頃には既に夕日が昇り、せっかくの再会だからと俺の部屋で夕食を摂る。


 夕食後も離れがたい気持ちが強く、それは彼女も同じだったのだろう。彼女には自分の部屋に戻る素振りが見られず、ふと気づけば日を跨いでいた。


 意図せず、彼女との距離は互いに肩が触れ合い、息遣いまで聞こえてきそうな程に接近している。どちらからともなく距離は更に近づいていき、自然と唇と唇が触れ合う。



 二人で過ごす時間は何事にも代えがたい宝物のようで、かつての思い出を深く掘り起こしていった。








 その日、二人は何の障害もなく、結ばれた。

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