目立つ後輩、アンペール
「勇者様の幼馴染~」書籍一巻発売時に特典で書き下ろした短編です(アルノルト編)。
「おはようございます、アルノルトさん」
自分の調合室へと向かう道すがら、ここ数ヶ月ですっかり耳に馴染んだ控えめな声に振り返れば――そこには予想通り、その才能から何かと目立つ後輩が立っていた。
彼女の名前はラウラ・アンペール。風に揺れる髪の色は多少珍しいアッシュゴールド。こちらを窺うように見上げてくる瞳の色はありふれたブルーだ。顔立ちは整っている方だろう。
「ああ」
朝の挨拶に短く返事をすれば、アンペールは苦笑した。
俺と年齢・性別の違いはあるが、それにしては身長はやや低め。性格を一言でいうならば、良く言えば落ち着いている。悪く言えば自分に自信がなく、他者の言動に影響されがちな部分がしばしば目につく。
今もこちらに向けられる視線はどこか遠慮がちで、俺との間に落ちている沈黙をどうにかしようと明らかにそわそわしていた。そんな後輩は口を開きかけては閉じる、を数回繰り返し――
「いい天気ですね」
「そうだな」
沈黙を気にした後輩が、何とか話題を絞り出す。普通であればその努力にこちらも報いるべきなのだろうが、生憎そのような気の利いた性格はしていない。決して開き直るわけではなく、ただ苦手なのだ。それは彼女も把握しているのだろう、他の人間とは違い、面と向かって非難の言葉を口にしたり刺々しい視線を向けてきたりすることはない。
(初めからそうだったな、こいつは)
アンペールと初めて会ったのは俺が十一の頃。第一印象は「俺の弟子入りを断ったベルタさんが気まぐれで弟子にとったヤツ」。つまりは最悪だった。なんてことない顔で次々と薬草の名前を言い当てるのも、初めての調合だと言いつつ完璧な回復薬を作り出したのも、何もかもが幼い俺の癪に障った。
どちらかと言えば才能がある、天才だ、と言われる側であったことから、幼い俺は傲慢になっていたのだろう。それに元来の負けず嫌いな性格も相まって、はじめはアンペールを敵視した。圧倒的才能を見せつけられて、激しい嫉妬心に襲われた。しかしその一方で、その圧倒的な才能に“希望の光”を見出したのもまた事実だ。
――この少女なら、妹を救えるかもしれない、と。
「今日も研修が終わったら薬草園を案内してやる」
「は、はい。いつもありがとうございます」
先輩として気の利いた言葉一つ言えない俺は、いつものように薬草園の案内の約束を取り付ける。するとアンペールは恐縮したように肩をすくめて、しかし確かに頷いた。
(こうして先輩という立場でアンペールに薬草園を案内するようになるなんてな)
幼い頃の俺は、圧倒的な天才に対する苛立ちを覚えつつも、突如目の前に現れた“希望の光”に縋るように、「王属調合師」の道をアンペールの目の前に突き出した。そもそもなぜ彼女が調合師を目指し始めたのか知らないが、それでも彼女は俺が突き出した選択肢を選んだのだ。アンペールの将来を俺が決めたとは思わないが、こうして今、彼女が王属調合師見習いの制服を身に着け、俺の数歩後ろをを歩いていることに、何とも言えない感情が湧きあがってくる。
この巡り合わせを運命と呼ぶにはあまりにも陳腐で、アルノルト・ロコらしくない。――けれど。
「研修中、気を抜くなよ」
いつもはかけない一言を送れば、青の瞳が見開かれた。驚きのあまり口は半開きで、初めて見る表情だ。
鳩が豆鉄砲を食ったような天才の姿に、思わず口角が上がりかける。それを自覚した瞬間、ぐっと下唇を噛み締めてアンペールに背を向けた。上がった口角を見られないようにするためだ。
そうして歩き出した、その瞬間。
「は、はい!」
背後から上がったか細い声。控えめながらも背中に刺さる視線。それを感じつつ、俺は廊下の角を曲がる。
(声が震えていたな。動揺したのか?)
あそこまで驚かれるとは、正直言って予想外だった。自業自得だろうが、どうやら自分は別れ際声をかけるだけで驚かれるぐらいには、気の遣えない先輩だと思われていたらしい。
不意に、先ほどの間抜けた後輩の表情が脳裏に蘇った。大きく見開かれた瞳に、微かに震える半開きの唇。
(……なかなか間抜けな表情だったな)
――今度こそ俺の口角は緩み、気づけば一人笑みを浮かべていた。