自慢の幼馴染、ラウラ
「勇者様の幼馴染~」書籍一巻発売時に特典で書き下ろした短編です(ルカーシュ編)。
「おはよう、ルカーシュ」
寝ぼけ眼で自室からリビングへと出てきた僕を出迎えてくれたのは――あと数日でこの村を離れる自慢の幼馴染、ラウラ・アンペールだった。彼女は食卓の椅子に腰かけていた。
「昨日、夜更かししてたの? 瞼がちょっと腫れてる」
そう言って笑った際に揺れた髪の色は、光に透けるアッシュゴールド。仕方ないなぁ、と優しく細められた瞳の色は、凪いだ海のようなブルーだ。
「うん、なんだか寝付けなくて」
苦笑して答えれば、途端に眉が顰められた。僕のことを心配してくれているのだろう。
ラウラは同い年でありながら、姉のように振る舞う。実際僕と比べて落ち着いているけれど、それでも弟のように――もっと言えば、庇護対象のように――扱われるのはどうも面白くない、というのが正直なところだ。男のプライド、とまではいかないが、僕だって幼馴染に頼ってもらいたい。
実を言うと、昨晩寝付けなかった原因もそこにある。ラウラは数日後、王都に王属調合師見習いになるための試験を受けに行くのだ。その試験に合格すれば、王都に住み込みで働くこととなる。つまり、今までのように会えなくなってしまう。そのことを考えると寂しいし――ずっと一緒だった幼馴染が僕を置いて、全く知らない世界へと旅立つことに恐怖を感じていた。
「父さんと母さんは?」
「おじさまとおばさまは朝の散歩」
その言葉はラウラと両親の優しい嘘だ、と瞬時に分かった。ラウラは大人びているけれど、案外感情が表情に現れる。それに僕と彼女は生まれてからずっと一緒だったのだ。幼馴染には嘘をつくとき、下唇を潤すように舐める癖があることを、僕はとっくの昔に見抜いている。
きっと両親はラウラと離れることをあからさまに寂しがっている僕を気遣って、二人で過ごす時間を少しでも持たせてくれようとしているのだろう。いつもは朝の散歩なんて行かないのに。
「ラウラ、朝ご飯は?」
「おばさまが私の分も用意してくれたんだ。一緒に食べよう」
ラウラの言葉に従い、彼女の向かいの席に腰かける。テーブルの上にはいつもの朝食――パンと卵とスープ――が用意されていた。
「いただきます」
「いただきます」
合図したわけでもないのに綺麗に重なった「いただきます」に、顔を見合わせて笑った。
パンを咀嚼しながら、目の前の幼馴染を改めて見やる。こうして食卓を共にする機会もぐっと減るのだろうと考えると、寂しさが胸底に募った。
ラウラの夢――王属調合師になるという夢のことは、心の底から応援している。彼女にはその才能があると思うし、数日後に控えた試験も絶対合格するだろうと自信を持って言える。けれど、幼馴染として心配も顔をのぞかせる。
ラウラはとても芯の通った性格をしている一方で、一度思い込むと中々考えを変えられない頑固な面もある。それに、頑張りすぎるきらいがあるのだ。その上本人にその自覚がない。
――今朝だって僕がきちんと寝られているか心配したくせして、自分もあくびをかみ殺している。
「ラウラも昨日遅くまで起きてたの?」
「え、どうして?」
「あくび。隠そうとしてる」
思わず指摘すれば、ラウラはぱちぱちと数度長い睫毛を瞬かせた。そしてくしゃりと破顔する。
「ルカーシュには分かっちゃうんだね」
何気ないその言葉が嬉しくて、思わず僕も目を細める。
「幼馴染だもん。それぐらい分かるよ」
――僕がその単語を口にした瞬間、一瞬だけラウラの笑顔が強張った。しかしすぐに取り繕うように歯を見せて笑う。いつもと同じ反応だった。
ラウラは僕の口から“幼馴染”という単語が出る度、うまく言葉にできないけれど、あまりよくない反応を見せた。何が彼女にそういった反応を取らせているのかは全く分からない。けれどラウラの笑顔が一瞬固まるのを見る度、僕は寂しくなってしまう。
幼馴染という存在は、望んで得られるものではない。様々な偶然が重なって出来る、奇跡のような縁だ。僕はラウラのことが大好きだし、自分の夢を追う幼馴染のことを誇りに思っている。そして同時に、ラウラにも同じように思って欲しい。
それはとても我儘なことだと分かっているけれど――
「ラウラ、朝ご飯食べ終わったら、僕らも散歩に行こう」
たとえ遠く離れたとしても、唯一無二の幼馴染でいたいと強く願いつつ、自慢の幼馴染に笑いかけた。