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偶然の再会(ディオナ視点)

魔王討伐の旅から約二年後、ディオナとルカーシュが旅先で偶然再会する話




 ――魔王封印から、二年と少し。

 勇者を導き、支える使命を終えたルストゥの民・ディオナは長い長い旅に出ていた。あてはなく、いつ終わるかも分からない旅に最初こそ焦燥感を抱いていたものの――なにせディオナは生まれながらの使命を背負ってきて、そのためだけに生きてきたため、目的もなく生きるという経験が初めてだったのだ――二年も経てばすっかり楽しめるようになった。

 旅の合間、時折かつての旅の仲間に会いに行った。ディオナと同じように旅をしている仲間もいれば、拠点や街に住居を構えている仲間もいる。

 一番顔を合わせる回数が多いのは王属調合師であるラウラだった。彼女はフラリアの支部で働いており、思いつきで街に顔を出すディオナを毎回歓迎してくれた。

 他の女性陣二人――トレジャーハンターのマルタと天才魔術師であるエルヴィーラ――はディオナと同じように旅に出ているため、定期的に会うことは難しい。それでも魔王討伐の旅以降、数度は顔を合わせていた。

 アルノルトとヴェイクは王都に行けばそれなりの確立で会うことができる。連絡がつかないのは残りの二人――どこかで用心棒をやっているらしいユリウスと、この世界を救った勇者ルカーシュ。

 ユリウスは度々マルタと会っているようで、彼女から元気でやっている様子は聞いた。一方でルカーシュは旅に出て以来、誰の許も尋ねていないらしい。幼馴染であるラウラにも旅先から絵葉書を送るばかりで、顔を出すことはないらしく、ラウラが少し寂しそうに彼からの絵葉書を見せてくれたことを思い出す。




(お元気ならいいけれど……)




 ディオナにとって、“勇者”という存在は特別だった。

 幼い頃からお前は勇者のために生まれてきたのだと言い聞かされ、勇者を支えることが我らルストゥの民の誉なのだと教え込まれた。そして現れた“勇者ルカーシュ”は素晴らしい人物で、身も心も削って世界を救わんとする彼の支えになれるなら本望だと、文字通り死ぬ気で使命を全うしたつもりだ。

 今はもう、“勇者”はこの世界に存在しない。ディオナも使命から解放された。しかしそれでも、ディオナはルカーシュのことが気がかりだった。

 それは恋とか愛とか、甘酸っぱい感情とは少し違う。ただ彼には彼の望む幸せを手に入れて欲しいと願っていた。精一杯の我儘を言うならば、その幸せそうな笑顔を遠目から眺めたい、とは思っていたのだが、




「あれ、ディオナ?」




 ――まさか、街の大通りのど真ん中で、偶然の再会を果たすことになるとは思ってもみなかった。




 ***




 ディオナとルカーシュが偶然の再会を果たしたのは、かつて旅したオストリア国からほど近い、メリナ国のとある街だった。

 山の斜面に沿うような形で作られたこの街は観光地として有名で、山頂近くの宿屋から見る夕日は絶景だと聞いたため立ち寄ったディオナだったが、もはや夕日どころではない。

 お互いに世界中を旅する身でありながら、偶然同じ日同じ時間帯に同じ街を訪れ、こうして再会する確率はどれほどのものなのだろうか――

 もはや奇跡と言っても過言ではない再会に動揺しつつ、ディオナはルカーシュを酒場に誘った。




「お久しぶりです」


「うん、久しぶり。でもまさか、こんな形で再会するなんて思わなかった」




 ディオナはルカーシュの言葉に大きく頷いて、「こんな偶然ってあるんですね」と笑う。




「お元気そうで何よりです」


「ディオナこそ。どうしてこの街に?」


「宿屋から見える夕日が綺麗だと聞いて」




 ルカーシュはディオナの答えに少し驚いたのか青の瞳を丸くして、しかしすぐに「いいね」と目を眇めた。瞬間、懐かしい笑顔をきっかけに二年前の彼と今の彼が重なる。そして気づいた。ルカーシュの左目から、勇者の証である紋章が消えていることに。




「紋章が……」


「え? あぁ……紋章は旅に出て少ししたら消えたんだ。おかげで、勇者だってばれることもない」




 声を潜めてルカーシュは続ける。




「平和になった世界に勇者はもう必要ないってことだろうね」




 そう言ったルカーシュの視線の先には、大きな肉を嬉しそうな顔で囲む家族の姿があった。父親の隣には育ちざかりの男の子の姿があり、母親はその胸元に小さな赤ん坊を抱いている。その姿はまさに、ルカーシュが取り戻した平和の象徴と言えた。




「ディオナ、なんだか嬉しそうな顔してる」


「そ、そうですか? すみません……」




 全く自覚がなかったディオナは己の頬を引き締めるようにぺちぺちと叩く。そして自身から話題を逸らすように問いかけた。




「この二年間、どこに足を運ばれたんですか?」


「うーん、気の向くままって感じで、何か目的があった訳じゃないけど……」




 それからこの二年間の旅について、互いに報告をしあった。

 訪れた街、出会った人々、旅先でのトラブル。過去同じ街を訪れていたことが分かったり、聞いたことのない地名に今度足を延ばしてみようと参考にしたり、お互いお人好しな性分故に巻き込まれたトラブルについて反省をしたり、次から次へと湯水のように話題が湧いてきた。会話は途切れることなく、やがては窓から見えていた太陽も水平線の向こうに姿を隠し始めていて――

 ドン、と腹の底に響く大きな音を聞いた。




「なんの音?」




小さな子どもたちが「花火!」と声を上げながら店外へ駆けていく。どうやら外で花火が打ち上げられているらしい。

 ディオナはちらりとルカーシュの様子を窺う。すると彼もこちらを見ており、晴れ渡った青空のような美しい瞳がきゅ、と細められた。そして、




「せっかくだから、外に出てみよう」




 心を弾ませる少年のように無邪気な声で誘う。

 ディオナはルカーシュの言葉に頷いて、二人一緒に外へ出た。




 ***




 大通りに出ると、美しい花火がディオナとルカーシュを出迎えた。

 花火が夜空に輝く度あちこちから歓声が上がり、ディオナも思わず「ほぅ」と感嘆の息をつく。




「すごい……」




 ディオナの隣で佇むルカーシュも思わず、といったように呟いた。ディオナは小さく頷いて、自分とルカーシュの間に流れる穏やかな空気に身を委ねる。

 当然だが彼と二人きりで花火を見るのは初めてだ。静かな性格の二人は口を噤んで花火に見入っているが、旅の仲間であるマルタがこの場にいたら、きっと賑やかになっていただろう。

 ユリウスもマルタと騒いで、ヴェイクが落ち着くように注意して、アルノルトは少し離れた場所に立っている。エルヴィーラは兄の手を握って嬉しそうにしているだろうし、ラウラはきっとルカーシュの隣で――

 仲間たちの顔を一人一人思い出していたら、ディオナの胸にある一つの疑問が浮かんできた。その疑問は、この二年間ずっと胸の内に抱えていた疑問だ。

 花火に照らされる横顔にディオナは思いきって尋ねてみた。




「……皆さんに会いにいかないのですか?」




 かつての仲間と集まったとき、必ず一度はルカーシュの話になる。幼馴染のラウラですら絵葉書という一方的な交流しか取れない現状に心配しつつ、その内顔を見せてくれるだろうと最後は笑顔で終わるのだが、仲間全員が心の奥底で疑問に思っているはずだった。

 ――いつルカーシュは帰ってくるのだろう、と。




「もうしばらくは旅を続けるつもり。それで一回りも二回りも大きな男になって、みんなを驚かせるんだ」




 歯を見せて笑ったルカーシュは二年前と比べて、確かに大人びて見えた。魔王討伐の旅の中でも見違えるほど逞しくなったルカーシュだが、この二年の月日が更に彼を変えたようだ。

 言葉を濁すことなくきっぱりと答えられ、ディオナはこれ以上何も言えなかった。「そうですか」と呟いたきり黙り込んだディオナに、今度はルカーシュが尋ねる。




「ディオナは? みんなと会った?」


「ユリウス様とはお会いできてなくて、マルタづてで近況を聞いただけですが……他の方とは定期的にお会いしています」




 ルカーシュは花火を見上げながら「そっか」と相槌を打つ。




「エルヴィーラは大きくなってるんだろうなぁ」


「えぇ、それはもう。心身ともに素敵に成長していますよ」


「“お兄様”がハラハラしてる様子が目に浮かぶよ」




 くくく、と喉の奥で笑うルカーシュ。彼にしては珍しい笑い方だ。

 エルヴィーラも精霊の地を巡る旅をしており、この二年で顔を合わせた回数は片手で足りる程度だ。しかしだからこそ余計に、彼女の成長にディオナは毎回目を見張っていた。ぐんぐんと背は伸び、顔立ちからも幼さが削げ落ち始めている。黙っていると深窓のご令嬢といった風貌だが、ディオナからしてみればまだまだ甘えたな部分が垣間見える“妹”のような存在だった。

 美しく成長するエルヴィーラに気が気でないのは兄のアルノルトだ。面と向かって本人に言うことはないようだが、心配だとぼやく回数が随分と増えた、とラウラが苦笑していた。

 仲間のことを思い出すだけで、ディオナの胸の内はあたたかくなる。一人の夜に寂しさを覚えたとき、ディオナは仲間に会いに行く。自分がそうだからこそ、大きな男になってみんなを驚かせるのだと笑ったルカーシュは、寂しい夜をどう乗り越えているのだろうと気になった。




「寂しくはありませんか?」


「ときどき。でも、僕は一人じゃないから。どれだけ離れていても、みんなと繋がってる。もちろん、ディオナとも」




 ルカーシュの迷いのない口調に、ディオナは旅の中で幾度となく見てきた勇者の姿を思い出した。

 彼は人を心から信じることができる、純粋な心を持っていた。出会ったばかりの人々のために、出会ったことすらない世界中の人々のために魔王に立ち向かえたのは、その純粋な心故だろう。

 ルカーシュの心には、きっといつだって大切なひとたちがいるのだ。彼らを想い、信じることができるからこそ、ルカーシュは一人ではないと心の底から思える。その心が、信じる心が、ルカーシュの強さなのかもしれなかった。

 ――あぁ、彼が勇者でよかった。

 魔王討伐の旅の中で幾度となく思ったことを、今再びディオナは噛みしめる。




「そうだ、これあげる」




 不意にルカーシュは荷物の中から何かを取り出した。咄嗟に受け取るように差し出したディオナの手のひらの上に置かれたのは、ド派手な配色が目に痛い小さな置物だ。




「これは……?」


「この前買った勇者様のお守り」




 勇者のお守り。その単語に、ディオナは過去のできごとを思い出す。

 以前ラウラの許を訪ねたとき、ルカーシュから送られてきたのだと言って彼女は“勇者”が刺繍されたお守りをくれたのだ。剣を掲げた青年の刺繍は、正直あまりルカーシュとは似ていなかったけれど、人々が勇者を慕う心に胸を打たれた。

 それ以来、ディオナも旅先でついついお守りに目がいってしまう――のだが、今回の置物のような形のお守りはなかなか珍しい。




「以前もお守りをラウラづてで頂いて……」


「最近集めるのが趣味になっちゃって。これなんか勇者様のお守りのはずなのに、やけにおどろおどろしい配色だし……個性があって面白いんだよね」




 へへ、と僅かに頬を紅潮させて笑うルカーシュ。彼が手渡してきた置物は勇者というよりは魔王を思わせるような配色だったが、嬉しそうなルカーシュを前にディオナは無粋な突っ込みを入れることはしなかった。

 勇者のお守りは世界各地で目にする。形やデザイン、お守りに込められた意味まで違っていて、それをコレクションしていくことは中々面白いかもしれない。ルカーシュ一人で全て集めるのは難しいだろうが――二人なら、あるいは。

 ディオナはもらったお守りをぎゅっと胸元に抱いて、ルカーシュに微笑みかけた。




「私も今度見かけたら買ってみます。それで……次にお会いしたとき、交換しましょう」


「楽しみにしてる」




 次の再会がいつになるかは分からない。けれど約束をしなくても、きっとまた出会えるはずだとディオナは感じていた。もはやそれは確信に近かった。




「これからも良い旅を、ディオナ」


「そちらこそ……良い旅を――ルカーシュ」




 ディオナは勇者ではない、一人の友人の名をそっと呼んだ。




本日、勇者様の幼馴染~コミカライズ6巻が発売となります!


「勇者様の幼馴染という職業の負けヒロインに転生したので、調合師にジョブチェンジします。6」

漫画:加々見絵里様

キャラクターデザイン:花かんざらし様

原作:日峰

出版:FLOS COMIC様


表紙等詳細な情報は活動報告に掲載しております。

ぜひぜひお手に取っていただけましたら嬉しいです。

よろしくお願いいたします~!

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