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新人王属調合師見習い アンナ・ルンベック(前編)

勇者の旅から二年後、新しく入ってきた新人王属調合師見習いから見たアルノルト(とラウラ)の話。



 ――憧れの王属調合師見習いになって、早数か月。

 あたし、アンナ・ルンベックは忙しい日々を送っていた。

 賑やかな同期に恵まれ、優しい先輩に恵まれ、まだまだ二年前の魔王襲撃の傷が癒えないこの世界のために、日々回復薬の調合と勉学に励む。そんな充実した見習い生活のある日のこと。

 いつも通りの時間に、いつもと同じ実習室の扉を開けたところ――優しいチェルシー先輩ではなく、黒髪の男性がそこに立っていたのだ。

 驚く私に、男性は感情の読めない声で告げる。




「君の教育係であるガウリーが、急遽家庭の事情で一週間の休暇を取ることになった。その間、君の教育係は私が担当する」




 ――黒髪の男性の名前はアルノルト・ロコ。あたしたち若手調合師を束ねる立場にあるいわゆる上司であり、天才調合師として様々な伝説を持つ、雲の上の存在とも言うべき人物だ。

 彼と初めて出会ったのは見習いの試験に合格したその日。合格者を応接室に集めたアルノルトさんは、にこりともせずに「おめでとう」と祝福の言葉をかけてくれた。

 アルノルトさんの名前は出会う前から知っていた。なぜなら彼は二年前、魔王討伐の旅に同行していた“英雄”なのだから。

 歴代二位の高得点で見習い試験に合格したとか、最年少で正規の王属調合師になったとか、魔術師としても類まれなる才能を持っているとか、これまた最年少で出世街道を駆けあがっているとか――

 聞こえてくる噂はどれも規格外だ。ともなればアルノルトさんに興味を持つ人も少なくない。もとより好奇心旺盛なあたしは多いに興味を持ち、どうにかお近づきになれないか、なんて下心を数か月前は持っていた。

 けれど今、アルノルトさんが不在のチェルシー先輩のかわりにあたしの教育係を担当してくれると言われて、一番に抱いた感情は、




「お、お忙しいのでは……」




 アルノルトさんに対する心配だった。

 彼はとにかく忙しそうなのだ。若手調合師を取りまとめ、指導し、各地の支部に派遣した王属調合師からの報告を受け、ときには上の偉そうなおじさんとやりあって――いつ見かけても仕事に追われている。

 お近づきになるのを諦めたのも、声をかけることも憚られるほどに忙しそうだったから。幼い頃から何度も母に諫められたあたしの好奇心でさえ、アルノルトさんの忙しさを前にすると恐縮してしまうのだ。

 それなのに普段の忙しさにプラスしてあたしの教育係代理を務めるなんて! 




「新人の教育は最優先事項だ。君が気にすることではない」




 しかし心配するあたしをよそに、アルノルトさんはなんでもないことのように言う。

 実際王属調合師見習いになったばかりのあたしは、一人で調合することを許されていない。それにあたしがここで断固として遠慮したところで、アルノルトさんがチェルシー先輩の代理を務めることはもう決定事項なのだろう。

 ここで下手に引き下がっては、アルノルトさんに余計な手間と時間を取らせるに違いない。

 そう判断し、あたしは思考を入れ替えた。

 アルノルトさんと一週間行動を共にすることなんて後にも先にもないだろうから、いっそのことめいっぱい勉強してめいっぱい疼く好奇心を満たしてしまおう――と。




「ガウリーから実習内容は引き継いでいる。ルンベック、一週間よろしく頼む」


「よろしくお願いします!」




 かくして、天才調合師兼魔術師のアルノルトさんと過ごす一週間が始まったのだった。




 ***




『アルノルトさん? すっげー怖えよ! 鬼上司! たった五分寝坊しただけなのに「お前のせいで周りの人間に迷惑がかかる、自覚しろ」とかなんとか言ってめっちゃ睨んできてさぁ、あまりの恐ろしさにちびるかと思ったぜ。何考えてるか分かんねぇし、愛想もねぇし、苦手だわ』




 いつだったか、アルノルトさんの指導を受けた同期の男子がぼやいていたのを思い出す。

 アルノルトさんは確かに怖い。おそらくそれは、顔が整いすぎているからだと思う。一つ一つのパーツの作りが完璧なだけでなく、そのパーツの配置もまた完璧なのだ。整いすぎた顔は作り物のように見えてかえって恐ろしく見えるのだと、アルノルトさんと出会ってから知った。

 ――そう、だから調合の際横に立たれると、恐怖と緊張で指先が震えてしまう。




(そんなにじっと見ないでください!)




 痛いくらいの視線を感じながら心の中で叫ぶ。

 挨拶を終えた後、とりあえず好きなように調合してみろと言われて、あたしはさっそく調合に取り掛かっていた。慣れた薬草を手に取り、すり潰して、水で濾して、火にかけて――

 その最中、アルノルトさんは少し離れた場所に座り、あたしの手元をじっと眺めるだけで一切口を挟んでこない。それが余計に怖くて、最後回復薬を容器に移すときなんて手が震えて少量だがこぼしてしまった。

 容器に移し終わったのを見届けて、アルノルトさんは椅子から立ち上がる。足が長くて座高が低いせいか、立ち上がると思っていた以上に長身なのが分かり、その迫力にますます身を縮こまらせた。

 あぁ、これから恐怖のダメだしが始まるのだろうか――




「ルンベックの調合は危なげがないな。随分と実践に慣れているようだが、地元で師を取っていたのか?」




 構えていたところに淀みない口調で褒められて、驚きのあまり数秒思考が停止した。

 傍らに立つアルノルトさんを見上げる。そのとき彼の視線はあたしが調合した回復薬に注がれていたのだが、返事がないことに焦れたのか、数秒すると促すようにこちらを一瞥した。

 そこでようやく我に返ったあたしは頷いて応える。




「は、はい。私の母が町唯一の調合師で、幼い頃から手伝っていたんです。それで調合師を志すようになりました」




 あたしの母は王属調合師ではないけれど、小さな町唯一の調合師だ。多くの人々から慕われ、頼られる母が誇らしくて、手伝いをするうちに自分も調合師になりたいと思うようになった。

 どうせ調合師になるなら極めてやろうと思い、王属調合師を志した。そして三度目の受験でようやく合格できたのだ。

 アルノルトさんの視線が宙を彷徨う。腕を組み、何かを思い出そうとしている様子だった。




「……合格発表の際、お母上は君を抱き上げて喜んでいたな。よく覚えている」




 数秒の後、アルノルトさんは合格発表の際についてきた母の姿を思い出したようだ。

 確かに娘の合格を知った母は、歓喜の大声を上げてあたしを抱き上げた。そしてそのままくるくるとその場でまわったのだ。

 あのときはあたしも合格できたことが嬉しくて、母に自慢の娘だと言ってもらえたことが幸せで、自分を抱き上げる母の体にしがみつきながら声を上げて笑った。――が、数か月後にこうして冷静に振り返られると、途端に羞恥心が湧いてくる。




「す、すみません、王属調合師は母の念願だったので……年甲斐もなくはしゃいでしまって」




 照れ隠しでついつい早口になってしまう。

 いつでも冷静沈着なアルノルトさんからしてみれば、騒がしく間抜けな親子に見えたはずだ。このときばかりは自分のことを棚にあげて、母を憎らしく思った。

 ――しかし、次の瞬間アルノルトさんの口から飛び出てきた言葉は、予想外のものだった。




「そんなことはない。いいお母上だ。ルンベックの丁寧な調合を見ていてもそれは分かる」




 揶揄うような声音でも馬鹿にするような声音でもなく、アルノルトさんは普段通りの真顔で、あたしの目を真正面から見つめてそう言ってくれた。

 あたしはアルノルトさんのことをほとんど知らない。たくさんの伝説や噂は耳にするけれど、言葉を交わした回数はそれこそ片手で足りる程度だし、どのような性格をしていて、どのような考え方をする人なのか、まだまだ分からないことだらけだ。

 ――けれど先ほどの言葉は嘘でもお世辞でもなく、心からの言葉だと信じることができて。

 言葉を選ばずに言えば、アルノルトさんは愛想がない。同期の男子は鬼上司だと愚痴っていた。その印象に引っ張られてしまったのだろうか、こうもあたたかな言葉をかけてくれる男性ひとだとは思いもしなかった。




「あ……ありがとうございます」




 はにかんでお礼を言う。アルノルトさんはなぜお礼を言われたのかピンと来ていないようで、小さく頷くだけだった。

 正直不安はまだあるけれど、この一週間、なんとかやっていけるかもしれない。

 背筋を伸ばす。先ほどよりも高揚している己の心を自覚しつつ、あたしは調合器具に手を伸ばした。




 ***




 アルノルトさんがあたしの教育係代理になってくれてから、二日目の朝。

 実習室へ向かう途中の廊下で見知らぬ人に呼び止められた。




「あぁ、君! その制服、王属調合師だよね?」


「はい?」




 あたしを呼び止めた人は鎧を身に着けていて、おそらくは騎士団に所属している男性ひとだったのだろう。

 足を止めたあたしにほっとした表情を浮かべて駆け寄ってきた。




「これ、アルノルト殿に届けてくれるかな」




 差し出されたのは分厚い封筒。

 反射的に受け取ると、「よろしく」という言葉を残して男性は踵を返す。その背中を見送った後、手元の封筒を見た。

 先ほどの男性の言葉から察するに、この手紙はアルノルトさん宛だ。だとすると気になるのは、その差出人――




(差出人はラウラ・アンペール……消印はフラリア……)




 ラウラ・アンペール、そしてフラリア。その二つの単語は聞き覚えがあった。

 おそらく実際に会ったことのある人物ではないはずだ。顔が一切浮かんでこない。それならば誰かとの会話の中で出てきた名前だろうと見当をつけ、記憶を辿る。

 そして――思い出した。




(フラリア支部にいる天才少女!)




 あのアルノルトさんを凌ぐ歴代一位の最高得点で見習い試験に合格した伝説の天才少女だ。昨年まで王都に勤めていたようだが、あたしと入れ替わるような形でフラリア支部へ派遣されてしまったため、噂こそよく耳にするものの実際に会ったことはない。

 あたしの教育係であるチェルシー先輩の同期とのことで、度々話題には登場した。随分と仲が良いらしく、自慢の同期だと先輩が誇らし気に胸を張っていた覚えがある。

 そんな天才少女が、アルノルトさんに一体どのような手紙を寄こしたのだろう。




(報告書かしら?)




 しかしそれにしてはかわいらしい封筒だった。

 既に疼いている好奇心をどうにか落ち着けて、いつも通りの時間に実習室へ向かう。すると大量の書類を抱えたアルノルトさんと扉の前で丁度鉢合わせた。

 朝の挨拶を済ませた後、間髪入れずに預かった手紙のことを報告する。




「先ほど、アルノルトさん宛の手紙を預かりました」




 アルノルトさんは手紙を確かめるように目を眇めた。この場で渡してしまおうかとも思ったが、今の彼は大量の書類を持っている。




「そうか、手間をかけたな」


「いえ」




 アルノルトさんから受け取った鍵を使って実習室の中へ入る。そしてラウラ・アンペールからの手紙を机の上に置き、調合の準備を開始した。

 準備を一通り終えた後、ちらりとアルノルトさんの様子を盗み見る。すると彼は持ち込んだ書類の整理を終え、今まさにラウラ・アンペールからの封筒に手を伸ばすところだった。




(……あ)




 おそらくは差出人の名前を見た瞬間、アルノルトさんの切れ長の瞳が僅かに細められた。些細な変化ではあったが、普段の仏頂面が印象深いため、眉間の皺が薄くなっただけでもはっとする。

 どうやらアルノルトさんとラウラ・アンペールはそれなりに親しい関係のようだ。――名前を見て、表情を和らげるぐらいには。




「報告書ですか?」




 思わずあたしは問いかけていた。

 アルノルトさんは封筒の封を切りながらこちらを一瞥する。




「なぜそう思った」


「ちらっと見えた消印がフラリアだったので、支部からの連絡かと」




 些細な表情の変化も見逃さないよう、じっとアルノルトさんを見つめる。すると彼は一瞬言葉を選ぶように視線を巡らせ、それから口を開いた。




「観察力があるな。……だがこの手紙は個人的なものだ」




 個人的なもの。そう言われてしまえば、あたしはこれ以上踏み込めない。しかし難儀なことに、あたしの好奇心は先ほどとは比べ物にならないほど疼きだした。

 一体その手紙には何が書いているのか。どうして地方の支部で働く後輩の王属調合師と手紙のやり取りをしているのか。

 問いかけては失礼だし、そもそも問いかけたところで答えは得られないに決まっている。そう分かっているのにあたしの好奇心が落ち着く気配はなく、アルノルトさんが封筒から手紙を取り出すその指先をじっと見つめてしまう。

 その視線に気づいたのだろう、黒の瞳がこちらを向く。そして、




「ありがとう、ルンベック」




 ――あたしにお礼を言ったアルノルトさんは、確かに微笑んでいた。

 初めて見る笑顔。それは想像よりもずっと柔らかで、どこか幼くて、普段の彼とは、まるで別人で。

 不愛想だと誰もが口にし、ときには鬼上司だと恐れられる彼にそんな表情をさせるラウラ・アンペールとは一体どんな人なのか、そして彼らの関係は一体どのようなものなのか、ますます気になって仕方なかった。




本日で勇者様の幼馴染~本編完結から一周年&明後日11月17日(木)にコミカライズ5巻が発売となります!

後編はコミカライズ発売日に更新予定です。


「勇者様の幼馴染という職業の負けヒロインに転生したので、調合師にジョブチェンジします。5」

漫画:加々見絵里様

キャラクターデザイン:花かんざらし様

原作:日峰

出版:FLOS COMIC様


表紙等詳細な情報は活動報告に掲載しております。

ぜひぜひお手に取っていただけましたら嬉しいです。

よろしくお願いいたします~!

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