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JIGSAW PUZZLE  作者: よぞら
Regret
8/57

8th piece Raspberry of bye

「……みち………愛路………愛路っ。」


 夢心地に誰かの声が聞こえる。


「まぁったく、こんきとこで寝よってのう。」


 独特の訛り。低めのハスキーボイス。翔の声だ。頭は起きているのに身体が鉛のように重くて動かない。


「しょうがないのう。」


 腕を掴まれ、手先が逞しく鍛えられた肩に回された。“よっこいせ”という掛け声のあとに身体が浮き上がる感覚がする。


「おーう。いつん間にか重うなって。」


 耳元の独り言に自然と顔が緩む。翔に会った時は今よりも身長も低く、体重もかなり少なかった。

 ゆったりとした揺れに再び思考が奪われていく。不思議と恐怖はなかった。ぬるま湯につかっているような温かさと心地よい闇が包む。

 暗闇から意識が浮上したとき何処からか仄かに甘い香りが漂う。

 さっぱりとした柑橘系の混ざった甘い香り。柊の匂いだ。指先が髪に絡む感触に再び意識が散乱していく。

 顔を撫でるような感触が擽ったくて身を捩ると胸の重さが消えた。少しずつ覚醒する脳の片隅で夢を見ていたのだと思った時、ザラリとした生暖かいものが頬を撫でる。


「うぅん。」


 寝心地の悪さに首を左右に振って身動ぎをするが一向に治まらない。何なのだと重く張り付いた目蓋を抉じ開けると、金色のつぶらな瞳と視線が絡んだ。


「ぎゃあっ」


 思わず飛び起きると勢いあまってベッドから落ちた。

 身体を打ち付けて唸る愛路をいい気味だと笑うように腹を踏みつけながらベッドから降りると長い尻尾を揺らす。


「半蔵ぅ。」


 名前を呼ぶが振り向くこともなく悠然と部屋から出て行った。居候仲間の不細工な黒猫だ。無駄に賢いブサ猫で愛路より長くこの家に住まう彼は自分の方が上だと言うように振舞ってくる。

 それにしても、もう少しくらい優しくしてくれてもいいじゃないかと息を吐いたところで、床に転がったまま首を捻った。何故ベッドに寝ていたのだと。

 この家でベッドを使っているのは翔だけだ。居候である愛路は布団を敷くこともあるが面倒臭いのでリビングのソファーかラグマットの上で眠ることが多い。

 寝起きで思考が纏まらない中、寝室の扉がカチャリと開いて家の主が顔を出す。風呂上りだろうか、半裸で頭にタオルを被った姿の翔。さすが肉体労働者の身体は引き締まっていて腕の筋肉は愛路より二回りは太い。

 裏の世界に両足突っ込んでいそうな強面の顔が貫禄を醸し出し実際年齢より10歳は老けて見えた。その足元には半蔵が擦り寄っている。彼は愛路が翔のベッドで寝ていると必ず起こしに来るのだ。


「愛路ぃ。飯じゃい。床で寝とらんと起きんしゃい。」


 折角の安眠を妨げた張本人を一瞥してから起き上がる。愛路の顔を見た翔が笑ったような気がした。

 寝癖でもついているのだろうかと手櫛で髪を整えながら欠伸をするとダイニングへ繋がるドアから甘ったるい匂いがした。

 空腹を誘われるが頭がぼうっとして立ち上がる気になれず座ったまま倒れ込むようにベッドへ頭を埋める。


「ほれ、二度寝すんな。」


 がしがしと乱暴に頭を撫でられるが一向に眠気が治まらない。寝起きはいい方なのにまだ夢心地に浸っていたかった。


「まーなーみーちー。」

「……あと五分。」


 ベッドに額を擦り付けて唸ると息をつく気配がした。


「おはようのちゅーしたらんと起きんか?」

「起きます。」


 はっと目を開けると口に半蔵を押し付けられる寸前だった。


「……翔。」


 非難の目で見上げるとグシャグシャ頭を撫でて部屋を出て行った。まだはっきりと目が覚めないが再び眠る勇気も無く身体を起こそうと身体を伸ばした。

 目を擦りながらダイニングへと行くとテーブルには朝食の用意がされていた。早速椅子に座り、手を合わせる。


「いただきます。」

「うっし。残したらコブラツイストじゃからのう。」


 そう言いつつ、翔自身は煙草に火を点けて新聞を広げる。何処のオヤジだと心の中でツッコミを入れながら、ホットケーキに蜂蜜を垂らした。


「翔はホントにやるから怖ぇよ。」


 フォークで蜂蜜を伸ばしながら呟くと有限実行じゃいと言って新聞を捲った。生活環境の所為もあり、ここで暮らす数年前から朝食を摂ることは稀だった。

 おかげで初めの内は食べきることが出来ず農家に謝れだの漁師に謝れだの言われながら見事なプロレス技を仕掛けられたものだ。

 関節技や絞め技なら何とか持ち堪えるが投げ技をされた時には堪ったものではない。技をかまされたときは受け身も出来ずに意識が遠のいたのだ。


「真ん中からそっちゃあ愛路んじゃから。」


 厚焼きのホットケーキにオムレツ、ソーセージ、温サラダにフルーツヨーグルトと男二人で囲うには洒落過ぎた洋食だ。


「日本の朝食は卵掛けご飯だけで十分じゃねぇか。」


 言った直後に丸めた新聞が脳天に直撃する。


「平成生まれが生意気じゃ。」

「翔だって平成生まれだろう。」

「揚げ足とらんと食べ。」


 新聞をテーブルの角に置き、短くなった煙草を灰皿に押し付けると翔は漸くフォークを取った。

 ミルクティーに角砂糖を落しながら視線を左手に移すと洒落たハンカチが結ばれている。昨夜、時間帯的には今日だが柊と逢った事を思い出す。夢を見て宛てもなく外を歩いて行き着いた先の公園でぼやけた星を見ていたら彼女がきたのだ。

 あの近くに柊のマンションがあるのだから来てもおかしくはないのだが仕事帰りならばタクシーをマンションに横付けするはず。

 散歩でもしていたのだろうかとありえない考えが過ぎった。真夜中に女性の一人歩きなど危険すぎる。柊をきちんと家まで送っただろうか。そもそもどうやって帰ってきたのか記憶にない。


「ヤベェ。」


 酒も飲まずに記憶が曖昧など言語道断だ。思わず頭を抱える。


「どうした?」

「翔……俺、記憶喪失かもしんねぇ。」


 思ったままに言えば翔はフォークを置き、コーヒーを飲む。


「安心しぃ。通常のボケじゃ。」


 あまりにバッサリ言い切られたので更に脱力する。便乗するように半蔵が鳴いた。


「ほれ、早ぅ食べんと俺の前に半蔵が鉄槌くだされん。」


 冗談に聞こえない忠告にフォークでホットケーキを切って口へ運んだ。一口食べて首を傾げる。焼き加減、甘さ、檸檬の隠し味。


「どうした?」


 フォークを加えて考え込むが答えが出るはずも無く、なんともないと言って食事を再開した。

 ほんのりとナツメグの香りがするオムレツにはチーズが入っている。温サラダのドレッシングはコショウの辛味と柚の酸味が混ざった市販では味わえない手作り感があった。


「柊の味がする。」


 無意識に呟くと翔が噴出して笑った。


「すごいのう。ご名答じゃ。」

「え?」

「今朝ん飯は柊さんが手作りじゃ。」


 嘘のような話に目を見開く。きっと間抜けな顔をしているのだろう。


「丁度、仕事が終わった後かのう。“迷子預かってまぁす”なんてメール来よって行ってみよったらお子様は寝んね中じゃろ?」


 迷子だのお子様だの形容され居た堪れなさにフォークを噛む。からかいモード全開で翔は話を続けた。


「しゃーないし家まで持って帰って寝かしつけたんじゃ。まぁ、俺は美人の酌で一杯できよって得じゃったがのう。んで、折角じゃからって飯作ってくれてのう。愛路起こすちょっと前に帰ったんじゃ。」

「なんで帰る前に起こしてくれねぇんだよ。」


 拗ねたように言えば、翔は楽しそうに口元を吊り上げた。


「一応、揺さ振ってみよったんじゃが起きんしのう。柊さんに起こすな言われたんじゃ。」

「え?」


 起きなかったならば仕方ないとしよう。しかし、柊が起こすなと言ったのは何故だろう。まさか避けられてしまったのだろうか。ネガティブな考えに暗い気持ちになり、どんよりと目を曇らせて俯く。

 すると笑いを堪える声がした。


「起きたら心置きなく別れの挨拶が出来んから寝かしときぃじゃと。」

「は?」


 耳を疑うような文脈に身体が固まった。聞き違いであってほしいと掛けると見つめると、目に涙を浮かべて笑っている。


「いやぁ、男前になりよったのう。」


 笑いながら翔が頬を指差すので何かついているのかと手の甲で拭ってみると赤いものが付いた。

 嫌な予感に椅子を倒しながら立ち上がり、バタバタと音を立てて洗面所に向う。


「7、6、5、」


 込み上げる笑いを抑えつつ、半蔵を抱き上げて翔はカウントダウンを始めた。


「3、2、1、」

「うわぁぁぁぁっ」


 0のカウントぴったりに愛路の悲鳴が轟き、翔はテーブルを叩いて大笑いした。


≪では占いでぇす。本日の第一位は乙女座のあなた。気になる異性と親しくなるチャンス。キューピット役として友達が大活躍。願い事を思い浮かべて行動すると更にツキ。ラッキーアイテムはラズベリーでぇす。≫


 点けっぱなしのテレビから陽気な声で占いが報道される。


「当たっとるのう。」


 未だに治まらない笑いを抑え、翔は甘いホットケーキを口に運んだ。

 占い結果第一位の乙女座の青年は鏡の前で固まっている。愛路の顔にはパールの混ざったラズベリーレッドのルージュが付いていたのだ。

 小さな物音ではっと我に返り慌てて顔を洗って紅を落す。やけに翔が笑っていると思ったらこうゆうことだったのだ。

 目蓋に、頬に、唇にうっすらとひかれた濃い鮮やかな紅は柊が付けていたものと同色。

 口紅で塗ったようなキレイなものではなく、所々かすれているそれは明らかに唇を押し付けた後だった。

 つまり口紅が付いていた箇所には柊の唇が触れたということだ。


「うわっ」


 そう思い立ったところで一気に顔に熱が集まり両手で頬を挟む。耳まで真っ赤になった愛路は濡れた顔のまま、ずるずると座り込む。

 早く飯を食べろと翔に叱られるまで座り込んでいたことは言うまでもない。


(◉ω◉)蛇足ですが翔と出逢った頃の愛路は168cm50kgと紛う事なき貧相なモヤシでした。今もモヤシですが。

ところで骨川筋衛門って死後ですかね?


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